
灼熱地獄
2026年8月30日
今年の夏はいったいどうなっているのでしょう。十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」が重なる丙午(ひのえうま)の年は、どちらも強い火の性質を持つため、六十年に一度の「火の年」なのだそうです。9月に入ってもまだまだこの暑さは続くという予報ですから、まさに灼熱地獄の様相を呈してきました。
ちなみに「灼熱地獄」という四字熟語は、実は存在しないそうです。「灼熱」「地獄」それぞれの言葉はあっても、二つが合わさった形は辞書には載っていないのだとか。「灼熱」は焼けてあつくなること、焼けるように暑いことを意味し、「地獄」は、悪業(あくごう)をなした者が死後にその報いとして苦界(くがい)を受ける場所のこと。地獄には8種類あり、その6番目が「焦熱(しょうねつ)地獄」と呼ばれるそうです。「灼熱地獄」は、この焦熱地獄からの連想で生まれた言葉なのかもしれません。
地獄と言えば、このところ連日のように、保険詐欺や高齢者を狙った詐欺のニュースが流れています。自分勝手な政治家が、地震の最中に旅行へ出かけて「天国だった」などと口にする始末。人間のモラルの低下には、本当に地獄を見ているような気分にさせられます。昔は「弱きを助け、強きを挫く」と言われたものですが、今は弱い者ばかりを狙った事件が目につきます。闇バイトが横行し、若年層を狙った詐欺も後を絶ちません。警察は何のために存在しているのか、行政は何をしているのか。これを許してしまっている社会そのものに問題があるはずなのに、なぜもっと素早く動けないのかと、もどかしく思ってしまいます。
夏と言えば、中学校の水泳部時代を思い出します。朝の練習から日が暮れるまで、ほぼ毎日10km近く泳いでいた気がします。おかげで持久力も体力もつき、自信にもつながりました。ただ、あれだけ絞った体も、進学を機に泳ぐのをやめたとたん、筋肉があっという間に脂肪に変わり、動きも鈍くなってしまいました。それ以来、あれほど好きだった夏がすっかり億劫な季節になり、社会に出てからも、夏に体を動かす習慣は戻らないままでした。
そんな折に起きたのが3.11です。地震、津波、原発事故と、世の中が大きく揺らぐ出来事が続きました。「自分は何をすべきか」と自問自答する日々の中でご縁をいただいたのが、すべて人力で行う昔ながらの米作りでした。すっかりなまっていた体には堪える衝撃で、田んぼに鍬を入れながら、いつ終わるとも知れない田起こし作業に、後悔の念すら浮かんだこともあります。
そんな私を見かねてか、お世話役の澤田さんが、80歳という年齢にもかかわらず、私が手つかずのまま残していたところを、ほんの1時間足らずで田起こしして見せてくれました。しかも息ひとつ切らさず、そのまま農作業へと出かけていかれたのです。澤田さんの半分ほどの年齢だった私は、ただ呆然とその背中を見送ったのを、今でも覚えています。ぬかるんで足を取られる田んぼの中でも、澤田さんの軸は少しもぶれていませんでした。それも、これまでどれだけ体を動かし続けてこられたかの表れなのでしょう。
当時の私はと言えば、朝の作業時間は2時間が限界で、工具を田んぼに置き忘れて帰ったことも何度あったか分かりません。つい数年前まで、夏場の作業時間は1時間半が限界でした。それがどうしたことでしょう。昨年還暦を迎えたというのに、体は年々どんどん動けるようになっているのです。昨年からは、お米と一緒に在来種の大豆も作り始め、今年はその在来種の大豆「たのくろ豆」を、大規模に栽培することにしました。米作りだけでもやっとだったはずなのに、不思議と体に余裕がある。この灼熱地獄のような夏でも、大豆の世話のために草刈りから草取りまで動き続けられている自分がいます。ようやく、あの80歳の頃の澤田さんに、少しは近づけたのかもしれない――そう感じた瞬間でした。
