葉っぱ 米作りに挑戦

2013年5月1日

 昨年の秋ごろ、身近な方のお声かけから米作りの現場を見てきた。その場所はすでに放置されて何年にもなるとのことだったが、4年ほど前から名城大学の農学部の先生が生徒と米作りをしているため、一緒にやられたらどうかという話しだった。これは渡りに船ということで、早速訪ねたのがちょうど収穫が終わった頃だった。稲架掛けがすんで藁を近所の人達がもらいに来ていた。この辺り土地は窒素成分も十分あるので、農薬も化学肥料も一切使用することなく作ることができるというお話しをその先生に伺い、来年はお手伝いさせてもらいたいとお願いしたところ、二つ返事で了解いただいた。
 4月の中旬に、草取りと代掻きをする連絡をいただき、いよいよ田植えの準備がはじまった。昨夜から降り続いていた雨も、田んぼについた時にはすっかり晴れて気分も上々。山に囲まれた静かな場所で、時折聞こえてくるうぐいすの鳴き声が何とも心を癒してくれる。人間は、ないものに憧れると言ったのは綾小路きみまろだったか?「一人の人は結婚に憧れ、結婚すれば一人に憧れる。小さいものは大きなものに、大きなものは小さなものに憧れ…結局ないものねだりなんです。」というセリフだったような。
 この土地の方とのお話しの中で、今ではこの辺りの人が誰もやりたがらない場所に、わざわざ遠くから来ていただいて有難いという言葉を頂いたことで、きみまろではないが、世の中は難しいと感じた。
 先生から任された田んぼは2枚。もう4年も収穫しているため、本当に雑草取りと田起しをすればすぐ田植えが出来るそうだ。田んぼと戯れて下さいという激励の言葉をかけられて、早速作業にとりかかった。足を田んぼに入れるとひざ下近くまでズッポリ。戯れるという意味がすぐ分かった。バランスを崩したら、すぐにでも泥遊びに早変わりである。しっかり重心をきめて作業していると、結構体に堪えた。これは機械でやりたくなるのも当然である。きつい作業だ。それでも次第に重心移動に慣れてきて、今月中旬の田植えまでには終えることが出来る気がした。今後の経過はブログで細かく報告して行きたいと思っている。
 なぜ米作りかと言えば、日本人がその気になれば、米くらいは自給自足でやっていけるはずである。それを自分でも体験し実践したいからだ。これから幾多の困難が待ち構えている。そんな気がしてならない。
脅かすつもりではないが、今の政治を見ていても、国家はもはや一個人を守ってくれない。汗水流して働いた年金は、訳の分からないことに使われる。福島の現状を見てもそうである。復興を優先するのが当然だろうに、全国各地の公共事業に多額の税金が投じられ、後は野となれ山となれだ。アベノミクスというくだらない経済用語を誰がつけたか知らないが、金さえあればなんとかなるという旧態然としたやり方を、メディアは寄ってたかって持ち上げる。こんな馬鹿らしいことが現実に行われているのだ。
 3.11で我が国は一体何を学んだのだろうか。
せめて一人一人が土地を耕すことからはじめなければ、この国は不毛な地になる気がしてならない。

下記は、伊勢神宮のHPより引用させていただきます。
 古来、日本は稲作を中心に発展し、瑞々しい稲穂がたわわに実る「瑞穂の国」と称されてきました。お米は日本の気候風土でよく育ち、栄養価が高く保存もできるため、日本人にとってはまさに「命の根」(稲の語源)だったのです。日本人がいかにお米を大切にしてきたかは、日本の神話からも紐解くことができます。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から天降(あまくだ)る際、天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天上の田で育てた稲穂を授け、「地上で大切に育て継承しなさい」と命じました(斎庭〈ゆにわ〉の稲穂の神勅)。つまりお米は、神から授かった聖なる食べ物であるのです