葉っぱ 新庄劇場

2006年11月1日

 52年ぶりの日本一に、今年ほど期待のかかる年はなかった。ナゴヤドームでの初戦を制し、これは楽勝かと思いきや、予想外の4連敗で、地元名古屋に帰る間もなくあっけなく日本シリーズは終わった。それを応援したラジオ放送では、3連敗して日本ハムに大手がかかっていても、「ハムカツサンド?」ハム勝つ三度!と洒落をいって笑わす余裕があった。3勝はしても4勝は出来ないということだ。思わずしきりにうなずいて中日のうっちゃりに期待したのだが、結局勢いは止められなかった。
 今年のプロ野球を振り返れば、まさに新庄劇場と言わざるを得ない。ペナントレースが始まったばかりの4月に突然の今年限りの引退発表をした。監督やチームメイトにも寝耳に水の話だったそうだ。レースも序盤、チームのことを考えると悪影響が出たりするのだが、逆に日本ハムは快進撃を進める。中盤では破竹の11連勝(球団最多タイ記録)を記録、終盤になってもその勢いは衰えず、堂々のリーグ優勝。日本シリーズに乗り込んできた。そしてそのシリーズにおいても大きな存在感となって中日を圧倒したのである。
 5年前、新庄は、阪神の提示した5年12億年(推定)という破格な年棒を蹴って、2200万円(推定)の大減俸となってメジャーリーグに挑戦する。金額の桁を間違えて契約をしてしまったと語っていたのが印象的だが、ここでも新庄劇場の断片は存在する。メジャーリーグのスタメンで4番を打つ日本人初の選手となり、さらには優勝争いにまで浮上したメッツで4番を張りつづける新庄の勝負強さにあやかろうと、メッツのロッカールームではナインが試合前に新庄の椅子に手を当ててからグランドに出る光景が見られたそうだ。メジャーでもそのパフォーマンスぶりをあげたらきりがないだろう。あるインタビューで「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボクにまかせて」と言った言葉はまんざらでもない。
 過去、メジャーリーグに挑戦した日本人投手が、試合の中でピンチを招いたとき、ピッチングコーチが駆け寄り、一声「楽しんでるか?」とその投手に問いかけたそうだ。普通ならこの大変なときに何を言ってやがると言うことになるだろう。しかし、その時日本とメジャーの気持ちの置き方の違いにハッと気づき、だから自分は、遠くからこの場に臨んでやってきたんだと後年語っている。
 「楽しむ」この簡単そうで難しい言葉の響きが、今年の日本シリーズの明暗を分けたことは、だれの目から見ても明らかだろう。楽しむというあたかも神秘的な響きが、新庄からチームへ、そしてファンへと大きなうねりになって一つの劇場を作り上げ、最後まで演じきってしまったのではないだろうか。
 話しは変わるが、好きな言葉の一つに塞翁が馬という言葉がある。人生の吉凶禍福は転変が激しく予測ができないということだ。何事も自分の思った方向には決してすんなり行くものではない。すんなり行くどころか、自分の意思とは正反対のことでもしなければならないときがある。ところが存外、そのことが後で役立ったりするものだ。予測できないことだから不安があり、反面楽しみもある。後で考えてみればその一瞬を、楽しむ心持で接することが出来たら、一層豊かな生き方ができるのではないか。夜長の大敗を引きずって飲み続けているほろ酔い時に、ふと思ったのだった。