覆水盆に返らず
2005年11月1日
必ずといってもいいほど目を通すある雑誌のコーナーがある。メタルカラーの時代と題して山根一眞氏が連載するものだ。メタルカラーとは、事務職を意味する「ホワイトカラー(白い襟)」に対して、創造的工業技術者の呼称として「金属の襟・Metal Collar」の持ち主という意味あいを込めて命名したもの。高い技術力を支えるキーマンに光をあて、その技術が産み出されていく経緯を対談形式でまとめていく内容である。先月号の連載に興味深いことが取り上げられていた。
8月末に「カテゴリー5」という最大規模のハリケーン・カトリーナがニューオリンズ市を直撃、市の8割が浸水し死者も数多く出るなど壊滅的被害を出した災害は、いまだ復旧のメドも立たない。そんな自然災害の危険性と対策を、水資源機構の青山俊樹氏に尋ねるものだった。
驚いたことは、ニューオリンズ市の被害拡大の原因が、長年にわたる大規模な地盤沈下が原因だったことだ。石油や天然ガス、地下水の汲み上げでニューオリンズ市全体の約7割が、海抜0m地帯になってしまったため、ひとたび水が入るとなかなか引かないらしい。こんなことはニュースでは語られない情報だろう。さらに驚いたことは、このニューオリンズ市が46年前の伊勢湾台風と同じ状況だというのである。伊勢湾台風の被害拡大も主に、工業、農業用水のために地下水の汲み上げのための地盤沈下が原因だったことが、その後の精密な測量でわかったそうだ。大工業化のツケにより、都市部の地盤沈下はひどく、とりわけ名古屋周辺部はひどいようある。1978年にはほぼ止まったそうだが、沈下した地盤が元の高さに戻ることはないという。そういえば東海豪雨では、名古屋都市部はすぐに水に浸かってしまった。家にも帰れず、渋滞する車の中で水がひくのを祈った記憶が鮮明に蘇る。これが、今回のような巨大台風だったらどうなっただろうか。地球温暖化による異常気象で干ばつが多くおこり、渇水が続けば地下水を汲み上げるしかない。地盤が下がり、そこへ台風や大雨が押し寄せ大洪水になる悪循環。まさに「ウォーター・クライシス」が、現実に目の前に迫ってくるようだ。「氾濫区域」に居住している人口は、カトリーナで大きな被害を被ったアメリカでさえ7%にすぎないが、わが国では50%に達している。対岸の火事と安閑とせず、いつこのようなことが起こってもおかしくないという備えが必要だろう。特に治水、防災対策などの恒久的な建設が必要になる。そういった予算であれば大いに賛成だが、声が届かぬと、無駄なものとして先行きのことまで省きたがるのが世の常である。こちら側も一方的に反対しがちな公共工事やダムなどの治水工事だが、確かな情報を得ることで、危機意識が生まれ、関心は高まるもの。覆水盆に返らずで終わらぬよう、こぼれて失ったものを現代の智慧によって、違う形にせよ取り戻す努力が必要とされるのは間違いない。憂いがないように。