日本と原発
2015年3月1日
先月の下旬に映画「日本と原発」を観る機会を得た。早いもので3・11から今月で既に4年になる。このドキュメンタリー(実際にあった事件などの記録を中心として、虚構を加えずに構成された映画)を観ることで、改めて今の日本の立ち位置を再認識することが出来た気がする。なし崩しに原発を再稼働する現状を前に、もう一度全国民に見ていただきたい映画と感じた。 大多数の人が原発の再稼働など望んでいないはずであるし、そう願いたい。しかしその願いとは裏腹な方向に着々と進んでいる現実がある。だれも戦争など望んでいないはずなのに、平和憲法を曲げてまで武器を輸出しようという輩が政権を握っている。原発も、ダムの問題も、今度のリニアにしても根っこは同じで国策である。電力にしても鉄道にしても根は国営から民間に移行しただけのことだ。形が変わっただけでやってることは同じである。
万が一の事故検証もせずに国民の電気料金や税金を使って、同じ国民の土地を収奪し、挙句の果てには問題が起きたらお手上げで人任せ、問題も解決してなければ、避難している人が数多くいる中で、収束さえ不可能な状況である。こんな事故を引き起こしながら経営責任さえ問われない。その上責任をたらい回しにした挙句、再稼働などとよく言えたものである。
原発でその土地を奪われる人がいる。ダムでもその村は川底に沈み、そこに住んでいた人はその土地を離れなければならなくなる。そんな場所が今でも全国で数多く計画されている。ではリニアはどうだろうか。東京から一直線で名古屋へ地下トンネルを通すと言う。簡単に一直線というが、そこには住んでいる人もいれば多様な生物が生息している。世界有数の自然遺産がある。それらを度外視して建設しようというのがリニアである。リニア (linear) とはlineの形容詞で直線を表すように、直線で進まないと時間がかかってかえって非効率になるシロモノだ。数十分短縮という時間のために、その沿線上の住人の生活や自然環境を破壊する権利がだれにあるというのだろうか。そして誰にとって有益な事業なのだろうか。
本来、そこに住む人に良くて、更にはそれが日本国民にとっても良いから税金が使われるのが筋である。多額の税金が無駄な堤防や箱物にすり替えられた。しかも安倍政権がこの1年3ヶ月で海外にばら撒いた円借款は52兆円にのぼるという。これが今回の震災や原発事故を経験した国がやることだろうか。
3・11を機にはっきりしたのは、国家は国民を守ってくれないということである。
「…沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。」菅原文太さんが沖縄で語った言葉は、今、すべての日本国民にも当てはまるはずである。人ごとではない。
「日本と原発」イベント予定 http://www.nihontogenpatsu.com/event
名古屋では、3月14日(土)10時から 生協生活文化会館4階ホールにて行われます。
「日本と原発」上映実行委員会 (西) TEL:052-808-3241