ヘルシングあい便り

Iさんのと別れ2020.02.01

 北区からこちらに移転して以来、決まって毎週火曜日に買い物に来てくださっていたIさんが、先月亡くなられました。肺炎がもとで入院したそうですが、回復しかけていたところに別の菌への感染で重篤になり、そのまま息を引き取ったそうです。駆けつけたときには既に遅かったのですが、息が苦しそうなお顔ではなく、安らかな表情をされていたのでホッとしました。
 週に一回の店での会話も、あまり自分からは話さない方で、世間話に毛が生えた程度。それでも振り返れば、かれこれ15年のお付き合いになるので、累積すれば結構なボリュームになるのかもしれません。
 モスグリーンのジャンパーに、ジーンズ、そして大きめのリュックを背負い、トレードマークのベースボールキャップを深めにかぶり、野菜を物色するのがいつものスタイル。会話の中で、特に記憶に残っていることといえば、毎日多少の具が違うだけで、同じものしか作らない料理のこと。どんなものをいつも作っているのか尋ねたところ、ここで買った野菜や豆類などを刻んだりして地粉で混ぜて、お好み焼きのように焼いて食べるということで、それが自分の健康の秘訣とニンマリした表情が思い出されます。
 また、こちらの計算ミスでがあったときも、翌週に、何か試されてる気がするんだよなあとつぶやきながら、いくら多くもらったから返金するよと言って、伝票と一緒に持ってこられたことも。
 最近になってからは、買い物に来なくなったら死んだと思ってよ。もう近そうな気がするんだ。と、真顔で言われる。自転車で40分かけて来られてるんだから、まだまだ大丈夫ですよと返すと、最近、辛くなってきたんだよねと、会話したのが昨年の11月頃のことでした。颯爽とした動きで店を後にして、自転車で帰る姿は若々しく、どう見ても60代後半から70代前半にしか言えませんでした。
 既に息のないIさん。トレードマークの帽子もなく、白髪のスポーツ刈りをした顔を見て、自分の寿命を語っていたことがようやく分かりました。ベッドの頭部側に記載されている生年月日は、1939年、何と80才だったのです。もし、何かあった場合の約束もあり、ご自宅からそのメモをヘルパーさんと取りに行ったり、葬儀まですることも考えましたが、身寄りの方を探すのが一番良い方法と、弁護士の先生に教えていただき、可能な範囲のお手伝いをさせてもらいましたが、Iさんの整理されて行き届いた部屋が今でも目に焼き付いています。
 かつて武士道においての覚悟というのは、決して特別なものではなかったそうです。死期を悟って慌てて遺言を書くことなどではなく、食物や水のように、当たり前の日常に欠かすことのできないものだとされているそうですが、まさにIさんの最期がそう感じられました。
 死んだら何も持っていけないのに物はたまる一方です。動けなくなったらなおさらです。自分の寿命を感じ、普段から最小限にしてこの世を旅立ったお姿に敬服するとともに、そうありたいという生きざまを見せていただいた気がします。

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