ヘルシングあい便り

トイレ考察2007.10.01

 毎月のネタ探しに事欠く。そして思いあたるとどうしてもトイレの小さな空間の話題から今月も離れそうにない。4月に新店舗がオープンして、いつの頃からかトイレ掃除をやる羽目となった。やる羽目としたのも、自らすすんでのことではなかった。しかもトイレには掃除の仕方があると言う。何が仕方だと思いながらも掃除のプロと他称する当店の店長に指導を仰いで、一通り掃除の仕方を教わったのだった。
 始めのうちこそ気乗りしなかったが、次第に汚れの原因の多くが、男性側にあることがわかってきた。男性側からしてみると、決して汚しているつもりはない。注意しても小便が飛散するのである。いつか見た番組で、トイレを汚すから男性も座って用足ししてほしい。と主婦が主張していたのに対して、立小便は男性に生まれた特権だと劣勢のなか主張する男性軍を思い出した。しかし今、逆の立場に立って掃除をする側になってみると、その主婦の主張はごもっともと思うのである。飛散する場所は、意外にも便器周辺に及び、便器内に飛散した尿石が付着すると取れにくく、便座を上げた部分の奥までしっかりと拭き取らないと、悪臭の原因にもなるし、座って用をする人に、不潔極まりないのだ。
 ついつい、目線は自分中心となりやすい。その目線からでは、なかなか得るものが入ってこないようである。難しいことだが、立場を変えてみれば、今までの固定概念が消えるように、見える視界までが変わってくるのではないだろうか。 かれこれ4ヶ月ほどトイレ掃除は続いている。このトイレという小さな空間の掃除は、気分転換と、軽い運動として程よい日課となった。最近は、先に言ったような責任が男性側にあるとも思わなくなっている。だれの目線でトイレを選ぶかである。洋式トイレは女性の目線で作られたものだと感じるが、踏ん張る必要がなく、座って用足しできるので、腰の悪い方や高齢者にやさしい。店では、圧倒的に女性の方が多いから、選択は間違っていなかっただろう。一方の和式トイレは、減少する一方だが、最近の子どもたちの関節が硬くなっていて骨折しやすいという一般的な状況から、ストレッチ運動のひとつとしてしゃがむことも必要であろうという配慮で選択されるケースが増えているという。踏ん張る姿勢は、蹲踞(そんきょ)といって、腰の強さを作るからだ。 以前、バリアフリーではなく、バリアありーの提唱をしているラジオ番組の内容を取り上げたことがある。バリアフリー(障害のない生活)が、健全な機能まで退化させてしまったために、ちょっとした段差につまずいて転倒する高齢者が増えているからだ。
 目線の置き方は難しいが、快適、便利な生活か、多少不自由でも日常で繰り返すことが出来る鍛錬か、長い目線で見ることも、大切な要因として考えたいものである。

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