ヘルシングあい便り

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燃える闘魂 ラストスタンド2021.12.01

  子供の頃のテレビの記憶といえば、プロ野球の王、長嶋、プロレスのアントニオ猪木、8時だよ全員集合!と、懐かしい顔ぶれが脳裏に蘇ります。
 その中でも「イノキ!ボンバイエ!」「イノキ!ボンバイエ!」炎のファイターのテーマソングにのって登場するアントニオ猪木に、体中の血が騒いだ記憶があります。「ボンバイエ」とは、コンゴのリンガラ語で「奴をやっちまえ!」を意味するそうで、今でもこのテーマ曲を聞くと、思わず血が騒ぎだす気がしますから、いかに当時の印象が大きかったことか想像できます。
 アントニオ猪木、本名は猪木寛至さん。昭和18年生まれで今年で78歳。つい最近まで、変わらぬ姿で「元気ですか!」という雄叫びをどこかのテレビで見ていた気がしてましたが、先月末に放映されたBSの番組で姿を見て驚きました。
 ~アントニオ猪木 病床からのメッセージ~ 燃える闘魂・アントニオ猪木が未知の病と闘っている。アミロイドという物質が全身に溜まり血液循環が悪くなる"100万人に数人"の難病だそうです。病名は「全身性トランスサイレチンアミロイドーシス」。アミロイドーシスとは、肝臓で作られる「トランスサレチン」というたんぱく質が変性し、臓器にアミロイドという物質が沈着し、障害を引き起こす病気だそうです。
 げっそりと頬が痩けて、椅子から必死で立って、リハビリをする姿にかつての元気な姿はありませんでした。目を伏せたくなりながらも、あえて弱った状態を晒すことにした心境は一体何だったのだろうと思うと、かえって目を離せなくなりました。
  「"元気があれば何でもできる"今度は自分に言い聞かせて最強の敵と闘っています。人に言ってながら、自分がこうなってしまって、普通ならギブアップですね。でもファンが許してくれないでしょう。」病室で語る口調は、流暢で、病人と思えないから不思議です。病院内では患者さんに見つかったようで、「尻隠してアゴ隠さず」と時折、茶目っ気たっぷり自虐ネタで笑いを取ろうとするところなどは、病室でも「アントニオ猪木」というスターのサービス精神なのでしょう。付きそい方に、あまり元気すぎると、番組が成り立たなくなりますよと、釘を刺される一幕もありました。
 通算成績シングル戦 - 612勝41敗50分 タッグ戦 -1466勝104敗130分。自身の最強を証明するため、異種格闘技路線に挑戦。なかでもプロボクシング統一世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリと対戦したことなどは、ご存知方は多いのではないでしょうか。
 その後のエピソードとして、後に猪木さんの健闘を称えたアリから「アリ・ボンバイエ」が贈られ、猪木テーマ曲にアレンジされたのが、炎のファイターだそうです。
 格闘技界に身を置きながら、政界に進出したこともありました。スポーツ平和党を結成し、湾岸戦争では、「平和の祭典」を行うことを発表。猪木さん個人で費用を負担してトルコ航空機をチャーター、関係者や人質被害者41人の家族46人と共にトルコ経由でバグダードへ。そしてこのイベントの開催後に、在留日本人と全人質が解放されたそうです。
 波乱万丈な人生のラストスタンドが、難病、自分との戦いというあまりにも皮肉な運命に思えますが、「死ぬとわかっていても、どう生きてどう行動するかが重要だ」と語る姿は、最後まで元気を与え続けようとするアントニオ猪木そのものでした。何度倒されても立ち上がり続けた男の再起を信じ、自らの引退試合で引退メッセージとしてファンに贈った詩を、胸に刻みたいたいと思います。
 「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 
   危ぶめば道はなし   
      踏み出せばその一足が道となり 
              その一足が道となる 
                迷わず行けよ 行けばわかるさ」

参考:https://www.nhk.jp/p/ts/K6W16GLK53/燃える闘魂 ラストスタンド

もう一つの医学2021.11.01

   今年でお米作りも丸9年になりました。作業的にはこれまでで一番天気に恵まれた年でした。田植えも稲刈りも、脱穀も作業中は曇天で、山からの涼しい風で、効率が上がりました。しかし収穫という意味では、夏の間の長雨、低温で一番低調な年となりました。しかしそれでも、山から流れ落ちてくる豊かな水だけで、農薬や化学肥料を使わなくても元気なお米が収穫できました。そのことを天の恵みと思って深く感謝し、大切に食したいと思います。このイセヒカリは、毎週金曜日にカフェで提供させていただきます。(※収穫が少ないため、ご飯のみのテイクアウト等はお断りいたします)
   今年も、お米づくりの縁あって南知多の大井によく通いました。ある時、その道すがら、小腹がすいたために、無化調を宣伝するラーメン店に入りました。店員さんに雑炊付きを勧められ、それを注文して席につきました。出汁はきいているのにあっさりとしたスープは、宣伝通り化学調味料不使用と感じました。食べ進めていると、カウンターから雑炊用としてご飯の入った黒い器が出されました。麺の残ったスープを入れて食べてくれと言うことらしく、ちょっと拍子抜けしたのですが、仕方ないと思ってその器を引き寄せたところ、なんとそれが熱せられた鉄鍋。猛烈な熱さに手を離したときは、時すでに遅く、中指と薬指がジンジンと焼けたような痛み。その鉄器に汁を注ぐと、一気に蒸気が上がってグツグツと汁が煮立っていくのを見て、これば水膨れになると思い、憂鬱な気分になりました。車に戻っても二本の指をアイシングしていたのですが、ふと、今こそ西式の毛管運動ではないかと気分を入れ替え、火傷した指の左手首を心臓より上に挙げて力の入らないように、振り続けました。焼けるような痛みが再び二本の指を襲います。振り続けては手を下ろし、また振り続けては下ろすことをひたすら繰り返しました。手を下ろすと血流に促されて、二本の指に激痛が走ります。運転中、それを繰り返すこと40分過ぎた頃から、痛みが和らぎ始めました。俄然やる気になって、更に繰り返しました。
店に戻ってきて駐車場で、指を見ると、皮膚が膨れ上がっていますが水膨れになっていません。しかも、触ると痛みはありますが、表皮はしっかりとしています。家に帰ってからも、しっかりと全身の毛管運動を行って床に入り翌日の朝。膨れていた部分は、それ以上ひどくならず、薬も何も使うことなく回復しました。火傷も良くなるんだと西式のすごさをますます納得しました。
 過去何度も、スタッフやお客様が料理中に指を深く切って顔面蒼白になっているときに、血が出る切断部を覆い、毛管運動をすることで止血しました。完全に傷口が塞がります。私達は、すごい自然治癒力を持っているんです。それを西勝造氏は、西式健康法の中では六代法則の中の体操法としてこの世に残してくれました。
 私達は、すこしでも体調が悪くなると、医者や薬に頼りがちです。そうすることで安心感を求めようとするのですが、結局治すのは、私達が持っている自然治癒力です。西式健康法の中に、症状即療法という言葉があります。病気の症状は、病気と闘っている体の自然の反応、つまり、"療法"だと考えます。熱が出たら、薬で熱を下げることはせず、むしろ暖かくして熱を上げ、汗を出すように手助けをする。そうすると発汗によって菌や毒素は排出され、自然に熱も下がります。これを医学と呼ばず、何を医学と呼ぶのでしょうか。現代医学は風邪すら治せないではないですか。
 最近まで、世界を震撼させていたコロナウイルスも、ワクチンによって大きな山を超えたような感をメディアは伝えていますが、接種率の高い国では、逆に感染が拡大しています。
私達はもう少し、薬や医者に頼る前に自分自身の体を知り、自然治癒力のことに目を向けるべきではないかと、一層痛感する出来事になりました。
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にっぽん横断こころ旅2021.10.01

 みなさんから寄せられたお手紙である「こころの風景」をもとに、その日の旅の目的地を決める「こころ旅」は、俳優の火野正平さんが、相棒のチャリオ(自転車)に乗って日本全国を旅するという、毎日見るのが楽しみな、ぶっつけ本番のBS番組です。
 これまで10年かけて一万六千五百キロを走破し、1019日かかったといいますから、一年の三分の一をこの番組と共にしていることになります。昭和24年生まれの72歳。これまでさまざまな映画や大河ドラマなどのテレビ番組に出演してきた大物俳優が、十数キロの道のりを自転車で目的地に向かいます。平坦な道もあれば、山あり谷ありの難所もあり、そこを毎回、からだ一つで走り切る(演じ切る)のですから、自己管理も必要でしょうし、すべて台本なしの撮影のため、自然と自分の素が出てしまうでしょうから、本人にとっては大きな転身となる番組に違いありません。
 それまでの火野正平さんといえば、女ったらしで少し斜に構えた取っ付きにくいイメージを役柄から持っていましたが、この番組を見て、ガラッとイメージが変わりました。自転車で走行中も、ただ目的地に行くのではなく、道端に咲いている花や植物、野菜などに触れ、その土地とその季節をより身近に感じさせてくれます。花や木の名前もすらすら出てきますし、「こころの風景」その場所に到着しても、どの場所がより鮮明にその人の風景なのかを探し求めます。懐の深い人間性が伝わってきて、番組を見るたびに、心が洗われたような気がします。
 みなさんが寄せる「こころの風景」は、昔住んでいた両親の実家だったり、廃校となった学校や、お寺や神社、巨樹、田んぼや川など、そのほとんどがふるさとの風景と言って良いでしょう。そんな故郷から離れて住まいを移すと、都会の雑踏が過ぎゆく時間を忘れさせます。仕事や学問に打ち込む人、育児や家庭生活は、より成長するために登っていく人生の時間。しかし、登っていけば必ず下る時が来ます。 
 そんな時に、「こころの風景」は、自然と故郷や、昔のささいなものを鮮明に映し出すのではないでしょうか。生活という雑務に追われて、大切なものを見失いがちです。立ち止まった時に見えてくるものは、本来自分が心にしまっておいた宝物なのかもしれません。
そんなことを思わせる火野正平さんの「こころの旅」です。
 昨年来、コロナ禍で、自粛自粛で経済的には大変なことが続いていますが、このウイルスが一歩立ち止まる機会を与えてくれたともいえないでしょうか。
 飛行機の往来や、船舶の行き来がなくなったことで、空気が澄んで、川も本来の美しさを取り戻したという映像を多く見ました。在宅勤務が定着して、自宅で食事をする機会が増えたり、お子さんとパン作りをする人が増えたために、小麦粉が欠品騒ぎになったこともありました。お子さんにとっては、将来の「こころの風景」になるかもしれません。
 この機に実家に戻ったり田舎暮らしをしている人が急増しているとも聞きます。生活の雑踏から引き離され、一人一人が本来の生き方を取り戻す大きなきっかけになったともいえるでしょう。災い転じて福となる。陰極まって陽転す。
 この番組で、登った場所から、降りていく生き様を火野正平さんに見せられている気がします。
こころ旅、ぜひ御覧になってみてください。

BSP・BS4K
「朝版」毎週月曜~金曜 午前7時45分 |再放送 毎週月曜~金曜 午前11時45分
 「とうちゃこ版」毎週火曜~金曜 午後7時 再放送 毎週土曜・日曜 午前11時

持続可能な開発目標2021.09.01

お便りで過去二回に渡って、偶然スクラップしておいた新聞記事を紹介したことがあります。国連の持続可能開発委員会が環境特別総会向けにまとめた記事で、1997年のものです(下中日新聞)。
 21世紀は水不足の時代と題したその内容は、2025年には、世界人口の3分の2が水不足に置かれるだろうと警告し、さらに、河川流量が半減する地域を示すとともに、インドや中国、日本の一部では、最大時の河川流量が2倍以上に増加、洪水の危険性が高まることを指摘していました。その記事から24年経った今、まさにそれは、現実なものとなろうとしています。
   NHKスペシャルで5回に渡って放映された、「2030未来への分岐点」をご覧になった方も多いと思います。その内の第1回と2回は、今から16年前にNHKで放映された「ウォーター・クライシス~水は誰のものか~」と重なる部分がありましたが、その深刻さはより進んでいるにも関わらず、現在に目を移すと、土地の開発は加速しているように見えます。しかも豊富な地下水を生む森林へのダム建設、メガソーラーの設置、リニアは、アルプスの地下水脈にトンネルを通すという無謀なことも進められようとしています。30年が分岐点と言っていますが、今がすでに分岐点ではないでしょうか。
 SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が、メディアで毎日のように取り上げられています。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標、17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っています。世界中でどんどん開発が進む中、誰一人取り残さないなど可能でしょうか。
 長崎県の佐世保市では、水道管の老朽化で2018年度の漏水量は年間約308万トン、山の田ダム6個分に匹敵するにも関わらず、その対策をなおざりにして小さな支流、石木川にダムを建設するといって、長年住み続けている住民対し、土地を明け渡すよう住民に迫り、今年遂に、工事の着工が始められました。 愛知県においても同じことが行われています。設楽ダムの建設は、約50年も前に計画されていたものが、民主党政権時に計画が凍結されたにも関わらず、自民党政権になってから再浮上し、建設反対だった大村知事は手を翻してGoサインを出すに至りました。
 豊川流域は、訪れた方はご存知、その名の通りとても豊かな川で、豊かな自然が河口域に六条干潟を作り、アサリ稚貝の水揚げ日本一と、わが国の貴重な海洋資源を育んでいます。上流でダム工事が進めば、その貴重な資源は、建設の生み出す汚泥等で失われてしまうことが危惧されています。二枚貝類のもつ水質浄化機能は、海水をろ過し、プランクトンや有機懸濁物を餌とすることで海水を浄化する働きがあります。その天然の浄水器、文句も言わず、タダで海水を綺麗にしてくれている貴重な資源が、ダムとともに失われるのです。それも私達の税金によってです。
 
 一体、何が持続可能な開発でしょうか。これ以上地球に負担のかかることは止め、少しづつでも自然が蘇るために何が必要かを一人一人が山積する問題について、立ち止まって考える最後のチャンスではないでしょうか。

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おかげさまで30周年2021.07.02

 以前にもお便りで書いたことがありますが、物事は一朝一夕にできるものではない、それ相応に時間がかかるものだということわざに、桃栗三年柿八年があります。その続きも地方によってさまざまあって、柚子の大馬鹿十五年、銀杏のキチガイ三十年というのもあるそうです。その銀杏のキチガイ三十年を、無事迎えることができました。
 これも皆様に支えられているからこそ続けられるのであって、この場をお借りして心より感謝申し上げます。なぜ、銀杏のキチガイかを調べたところ、イチョウは、植えてから30年でようやく実がなるからだそうです。銀杏の恩恵は、30年後にしてようやくいただけるわけですから、いちょうの木と銀杏に愛着が湧いてきます。
 さて、昨年来コロナウイルス流行の長期化は、人との交流が家族間まで影響を与えています。それがワクチンの接種をめぐってますます溝が深まることも懸念されます。こんな時だからこそ、共に語り合ったり、話し合ったりする仲間が必要ですね。孤立して一人で考え込んでしまうと良い考えは浮かばないものです。
 名古屋市発信の映画「名も無い日」を見てきました。本作品の監督の身に起こった実話だったとは、見た後で知ったのですが、カメラの目線が、日常を描いていて、その日常の中の小さな異変に気づかなかった切なさが、作品を覆っていた気がします。是非ご覧になってください。
 
 先月末、『新型コロナワクチン接種中止』の嘆願書が、全国から450名(医師210名・歯科医180名・議員60名)の同意が集まり、厚労省に提出されました。
発起人は、高橋徳先生(クリニック徳院長・ウイスコンシン医科大学名誉教授)ほか2名。
その内容を以下に明記します。お役立てください。

・新型コロナワクチン接種後、356名の方が死亡
(平成30年シーズンのインフルエンザワクチンの接種後死者は3名)
死者数の比較
・2018年インフルエンザ死者数3325人
・2020年新型コロナ死者数3466人
 死亡率10万人に対して2・8人
インフルエンザワクチン接種後死者数3人/5千万人
コロナワクチン接種後死者数740人/5千万人
・新型コロナウィルス陽性者に対する死亡者数30代以下は0%
・若年層では重傷者や死亡者は皆無
・ワクチン有効性95%は数字のマジック
 感染者で比較すると95%だが、非感染者で比較すると、ワク
チン接種グループと非接種グループの違いは0・5%の違いしかない。
・ワクチンを打っても打たなくても、感染しない確率は99・4%以上
・たった0・6%しか感染しない新型コロナ(その80%が軽傷)にも関わらず、国民全員がワクチンを打つ理由があるのか?

【まとめ】
 ■新型コロナの死亡者数は、インフルエンザの死亡者数とほぼ同じ
 ■新型コロナワクチン接種後の死亡者数はインフルエンザワクチン接種後の死亡者数の250倍
 ■ワクチンを打っても打たなくても、99%以上の国民は新型コロナに感染しない。
 ■新型コロナの感染者と濃厚接触しても99%以上の国民は新型コロナに感染しない。
・PCRの検査 偽陽性率97%が出たとの報告がある。
・厚労省がPCR陽性者が死亡した場合には全てコロナ死で報告せよと公文書で水増しの指示をしている
・国会でPCR陽性は感染者ではないと答弁されている
・各都道府県が大規模PCRを実施し感染爆発したということだが、実際は陽性爆発であり、それに基づいて緊急事態宣言が発出され、経済崩壊を招いた
・ワクチンの治験終了は2023年5月であり、接種者は全て被験者である
・ほとんどが循環器疾患でなくなっている
・根本にあるのは凝固系異常
・一般的ではない部位に血栓が生じている
・若年成人には、心筋炎のリスクが高い


コロナワクチンは必要か?2021.06.01

 書籍、「免疫革命」で、全国的に有名になった安保徹先生は、新潟大学医学部教授でした。先生が生きてらっしゃったらこのコロナ騒動についてどうお話しされるだろうかと思っていましたら、何と、そのご遺志を継いでいるかのように、同じ新潟大学名誉教授、岡田正彦先生が、ユーチューブでコロナワクチンの問題点について公開しています。難しい用語は一切使わず、一般の方々が見てわかるように配慮されたものです。是非、一度御覧ください。
最後にURLを記載いたします。
 添付写真は、その中で使用されている分かりやすい図2枚です。新型コロナウイルスのワクチンは、アメリカのファイザー社とモデルナ社のmRNA(タンパク質を合成する"指令"を写し取ったRNA、メッセンジャーRNAのこと)。コロナのトゲトゲ蛋白を細胞内で再生して免疫反応により、コロナウイルスと戦う抗体ができるということです。しかし問題はRNAは人細胞内で、十時間ほどで分解される
ものなのに、それを分解されないように改造されている点。人工遺伝子が半永久に残り、関節リウマチのような病気になる恐れを指摘しています。
 一方、アストラゼネガ社はコロナDNAをアデノウイルスに組み込んで、細胞内に軽々と侵入させる方法をとっていますが、その添加物については全くの非公開になっているそうです。細胞内でDNAが直接RNAにコピーされるため、過剰な抗体が発生したり、強烈な免疫反応が起こり、ウイルスを過剰に変異させる恐れを指摘してします。いつの間にか、人の遺伝子組み換えまで簡単に行う世の中になってしまったようです。
国際政治経済学者 浜田和幸氏のこんな指摘も絵空事ではなさそうです。
 「WHOはもちろんのこと巨大製薬メーカーの最大の株主はビル・ゲイツ氏。その狙いはワクチン市場でのデジタル化と目されている。また、ワクチンの強制接種を通じて人間の遺伝子を改変し、人体の基本構造を改造しようとの目論みも懸念される。実際、モデルナのホームページによれば「ワクチンは人の遺伝子をプログラムできる運用システムと等しい」すなわち、人間を思ったようにプログラムできるようにすることができるファクターを一緒に体内に入れることが可能となるわけだ。」

参考:新型コロナワクチンは危険 新潟大学医学部名誉教授 岡田正彦医師

国際政治経済学者 浜田 和幸氏

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マスクの是非を考える2021.05.01

 厚生労働省ホームページには、「新型コロナウイルス感染予防のために」という見出しで、「風邪や季節性インフルエンザ対策と同様におひとりおひとりの咳エチケットや手洗いなどの実施がとても重要です。風邪症状があれば、外出を控えていただき、やむを得ず、外出される場合にはマスクを着用していただくよう、お願いします。」と書かれています。
 当店にいらっしゃるお客様に、マスクの着用について尋ねられるケースが増えています。エチケットでどうしても着けていないとひと目が気になるという方が多いです。
 メディアの影響で、マスクを着けていないと、非常識という風潮がいつの間にか形作られたようです。しかし膨大な医療データが集積する厚生労働省のホームページには、繰り返しますが咳エチケットのためとあります。咳やくしゃみをした際に、飛沫により他人を感染させてしまう可能性あるので、その予防のためにやむを得ず外出する場合に、マスクの着用をお願いしているのが緊急事態宣言が出された現在の状況です。
 もう一つ、厚生労働省のホームページ、eヘルスネット活性酸素と酸化ストレスより一部を引用します。
「大気中には、約20%の酸素が含まれており、生物はこの酸素を利用し生命活動を維持しています。酸素は、外部からの様々な刺激を受け、反応性の高い活性酸素に変化します。活性酸素は、細胞伝達物質や免疫機能として働く一方で、過剰な産生は細胞を傷害し、がん、心血管疾患ならびに生活習慣病など様々な疾患をもたらす要因となります。そのため生体内には、活性酸素の傷害から生体を防御する抗酸化防御機構が備わっていますが、活性酸素の産生が抗酸化防御機構を上回った状態を酸化ストレスといいます。」
「私たちが生命活動を営む上で酸素の利用は必須となります。呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部は、通常の状態よりも活性化された活性酸素となります。ヒトを含めた哺乳類では、取り込んだ酸素の数%が活性酸素に変化すると考えられています。活性酸素は、体内の代謝過程において様々な成分と反応し、過剰になると細胞傷害をもたらします。」
以上が、厚生省からの引用文です。普段、私たちは新鮮な酸素を肺に取り込むことで、新鮮な血液を作り出し、健やかな状態を保っています。マスクをすることで、新鮮な酸素を取り入れることが困難になり、活性酸素をより生み出す状況を作ってはいないでしょうか。活性酸素は、自分の細胞を傷つけ、免疫力を低下させます。必要に応じて使い。そうでない時は、新鮮な空気を体にとりいれることが必要と感じます。
 マスクというと、思い出すのが映画「風の谷のナウシカ」です。もう何十回見たことかしれません。文明が滅んで千年以上たった世界を描いた作品でした。汚染された大地に生まれた腐海によってマスクなしでは生きられない土地がナウシカの住む場所まで迫っていました。安住の地をめぐる争いに巻き込まれ、年老いた仲間が乗る飛行船が、そんな腐海に吸い込まれて行きます。必死に助けようとするナウシカ。しかし、生きることを諦めた乗組員は、静かに死を待っていました。その時、毒ガスが立ち込める上空で、ナウシカがマスクを取って、大声で仲間に自分の言うとおりにするよう指示します。それを見て我に返った仲間たちは、飛行船の中にある荷物を捨てて、辛うじて腐海に不時着しました。
 次のシーンは同じく腐海に不時着した青年が、迫ってくる蟲たちを所かまわず撃ち殺します。そんな彼を蟲たちから誘導し、救出し、そして言います「きみは殺しすぎた」。
 そんなセリフがずっと頭から離れませんでした。そうなんです。私たちは殺しすぎてます。雑菌や細菌がいると言って、見えない敵に次亜塩やファブリーズなどを当たり前に使っています。この世界には、私たち人間だけが住んでいるのではありません。共存しあって生きています。いつの間にか人間は、思い上がりな地球のがん細胞になってしまったのかもしれません。そして新たな細菌やウイルスたちは、がんを退治し、元の地球に浄化するために生まれてきたのかもしれません。

オキナワへ行こう2021.04.01

 先月に岐阜県垂井町で行われたフェアトレードデイのプレイベント映画、『オキナワへいこう』を観ました。写真家で映画監督の大西氏が長年追い続けている精神科病院の長期入院患者たちを追った長編ドキュメンタリー映画です。ひとりの患者さんの夢「沖縄旅行に行きたい」を実現させることに看護師さんらが奮闘し、他の希望者4名含めて5名での旅行になる予定でした。ところが主治医の許可が降りない3人の患者が断念、許可が降りたもう一人の男性と二人、無事に沖縄を訪れることができました。これがきっかけで二人の生き方が変化します。その模様をカメラが追うのですが、断念した3人のその後にも光を当てながら、日常に潜む問題点を浮き上がらせていきます。弱いところ、声の届かないところにあえて視点をおいた素晴らしい作品でした。一番驚いたのは、何十年も精神科病院に入院している人がいるということ。そして何十年と入院し続け、退院の見込みがほとんどない慢性期病棟が日本にはあるということでした。調べてさらに驚いたのは、精神疾患により医療機関にかかっている患者数は日本中で4百万人超。そして精神病床への入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床で、世界のなんと5分の1を占めるそうです(数字は2017年時点)。欧米諸国が1960年代から80年代にかけて精神科のベッドを減らし、地域医療中心に移行したのに対し、日本は80年代末まで民間病院の精神病床を増やし続けた結果、突出した精神科病院大国になってしまったとのことです。
 多くの深刻な問題をかかえながらも野放し状態、中でも精神科特有の入院制度である「医療保護入院」は精神保健福祉法が定める強制入院の一つで、本人が入院に同意しない場合に、家族など一人の同意に加え、同じく一人の精神保健指定医の診断があれば、強制入院させられるそうです。ある人を入院させたいと考える側にとって極めて使い勝手がよい制度で、実際その件数は年々増加しているというのです。家族一人の同意が必要というのも、入院する時点に限ってのもので、いったん入院してしまったら、その後家族が同意を撤回しても、入院継続の必要性の判断はあくまで指定医に委ねられることになり、指定医の患者に対する権限は絶大なのだと・・恐ろしい話しと思いませんか?。今回の旅行で行けなかったのも主治医の許可が降りなかったからですが、なるほどそういう制度だからです。
 しかし舞台である大阪の浅香山病院は、そんなイメージを全く感じない明るくてオープンな病院で、しかも看護師さんたちが親身で、医療用ベットがなければ精神科病棟とはとても思えません。キャストの高齢なお二人を見ていると、ショートステイでも来ているのかなと勘違いするくらいでした。
 沖縄旅行の火つけ役でもあり、元千人のスタッフを束ねていた看護部長さんがインタビューに登場しました。現役時代、一生懸命患者さんのためにしたことが、かえって患者さんの自立心を損ねてしまったのではないかと後悔していると心境を語られました。その思いから退職後、NPO法人「kokoima」を立ち上げ、精神障がい者の自立支援や居場所を作ったそうです。 
 最近、85歳になる父に料理の手伝いをしてもらうようにしています。それまでは、手伝おうかと言われても、かえって時間がかかるし、面倒が先に立って、やってもらおうとは考えなかったのですが、その反面、手伝いも大事なリハビリになるのではないかと自問したりしていました。ある日、厚揚げを焼こうをフライパンを出したときに、何かすることはないかと後ろから声がするのでお願いしたところ、嬉しそうにフライパンとにらめっこを始めました。その間にお風呂に入ることができましたが、あがっ
ても、まだ焼き続けていました。弱火にしてあるので、意外にも丁度のいい焼き加減に、思わず褒めたら、それ以降、焼き専門で鮭やししゃもなども苦闘しながら一品料理の担当者です。人間である以上、人のためになにかしたいというのが人情なんですね。そういう思いを持てる環境作りをいかに周りが見守れるかに掛かっている気がします。映画のキャスト5名は皆どちらかといえば病的ではなく、社会復帰しないことが不思議でなりません。それが証拠に、沖縄旅行に行った男性の山中さんは、はるみさんという女性に街で声をかけられ、彼女ができます。そうして10年の入院生活に終止符を打ち、グループホームに移ることになったのです。彼女が最高の薬や~といった山中さんのセリフが最高でした。
 この映画を教えてくださった、エシカル・ペネロープの原田さとみさんに感謝申し上げるともに、今月から西区菊井のCBCハウジングで始まる「シネマ・エ・マルシェ」に是非、足を運んで観てください。めまぐるしく変わる町並みや環境に振り回されて、大切な小さな物事が見えなくなり、それがやがて大きな問題へと変貌していきます。地域の小さなコミュニティーが社会とつながり、小さな問題や声を伝える一人一人の力が問題解決につながると思います。

シネマ・エ・マルシェ
未来つなぐPROJECT〜世界に優しく、地域に楽しく、未来に美しく〜

参考:
精神病院から出られない医療保護入院の深い闇 東洋経済
精神科病院のどこが問題なのか、どうやって変えるか 原昌平 / 読売新聞大阪本社編集委員、精神保健福祉士

ヒューマニエンス 40億年のたくらみ2021.03.01

BSプレミアムで過去12回放映されているヒューマニエンス40億年のたくらみは、人間という不確かで不思議な存在とはいったい何なのか?まさに真の姿に迫っていくシリーズで欠かさず見ている番組の一つです。その内容の前に、インド独立の父であるマハトマ・ガンジーが、その著書「ガンジーの健康論」の中で、とても感慨深い言葉が書かれていますので、一部をご案内します。
 「無知が病気の原因の一つです。全くの無知ゆえに。もっとありふれた病気に慌てふためき、治療効果をあせってはかえって事態を悪化させることがしばしば起こっています。もっとも基本的な健康の原則を知らないために、間違った手当をしたり、ニセ医者のところへかけ込んだりすることになるのです。
 私達は遠くにあるもののことはよく知っているのに、手近なもののことをよく知らないことがあります。何とも奇妙なことのようですが、それが本当によくあることなのです。自分自身の村のことについてほとんど知らなくても、イギリスの川や山の名前を暗記していたり、苦心して星の名を覚えるのに、自分の家の中になるものを知ることが大切だとは考えないのです。(中略)
自分のからだほど自分と密接に関わっているものはありませんが、これほど私たちが無知、無頓着に対処しているものはありません。」
 もっと引用したいのですが、丸写しで終わってしまいますので、このあたりにしておきます。時代が変わっても私たちの思考は全く変わっていないようです。
 
 昨年から引きずって今でも世界を蔓延しているコロナ騒動は、私たちの欲の追求によって破壊された自然界からの警告ではないでしょうか。世界に衝撃を与えたアマゾンの森林火災には、地元の野焼きが原因もありますが、森を切り開いて牧草地を作ることで、同国の数千億円規模の牛肉産業を支えているともいいます。世界で起こる開発ラッシュ、日本でも不要なダムやリニアなど、生命の循環を破壊する作業が行われています。
 ヒューマニエンス40億年のたくらみは、人間が進化の過程で、細菌やウイルス、多くの生き物と共生して今に至ったことを明らかにしていく必見の番組です。つい最近放映された「"ウイルス" それは悪魔か天使か」では、哺乳類の胎盤に欠かせない遺伝子PEG10は、恐竜時代に私たちの祖先に感染したレトロウイルスがもたらしたものだそうです。ここ数百年の科学技術の進化で、目に見えないものが見えるようになり、多くの微生物が、生命に関与していることが分かってきました。驚くことに
微生物が雨を降らせているのではないかという研究まで行われています。ウイルスが見えるようになった現在、しかしもっと見えないものが関与している可能性はゼロではないのです。
 私たちは、ガンジーの言う通り、今一度、最も身近な生命ついて謙虚に学ぶべきではないでしょうか。
 「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。」パスカルの随想録「パンセ」より

「タネは誰のもの」2021.02.01

 伊勢神宮で神に奉納される水田で、突然品種として現れた「イセヒカリ」。その当時は門外不出だったそうですが、全国各地の神社に種もみの下賜を認めました。その種籾を分けていただいた農家さんが育てたイセヒカリを取り扱っていましたが、高齢により廃業するからといってその種籾を譲り受けたのが2年前のことになります。昨年で2回、その種籾を発芽させて育苗し、その苗で田植えをして無事収穫をしました。この品種は、登録品種でも推奨品種でもないため、公的機関や農協による関与がありません。
 種子法廃止というニュースを耳にしたことは、少なからずあると思います。これはどういうことでしょうか。日本の種子生産は種子法に基づき、都道府県が伝統的在来種の保存や地域に合った多様な品種を開発してきました。農業試験場などで、その土地にあったお米や野菜などの品種改良で、その土地独自のブランド品を開発しています。しかし農業の自由化を進める政府は「民間参入を阻害している」として同法を廃止しました。
 「タネは誰のもの」が名古屋シネマテークで2月13日から公開されます。オンラインでも1000円で常時視聴可能なので、ご都合の悪い方でもいつでも都合の良い時間や場所で視聴可能です。この作品は、昨年の10月に種苗法改正の国会審議が再び始まったのことに対し、農家の不安や憤りの声を取材したドキュメンタリー映画です。農家が登録品種のタネを自由に自家採種し、自家増殖することを禁じた「種苗法」改正案。
 では、そもそも種苗法とは何でしょうか。野菜やくだもの、穀物、きのこや花などのすべての農作物の種や苗に関する法律です。新たに開発された品種を農水省に出願して、それが認められて登録品種となると、その独占的販売権が25年(樹木の場合は30年)認められます。つまり、開発した人の知的財産権を守り、その種苗がその権利を守って市場で流通できるようにするための法律といえます。一方その改正案は、登録品種を農家が種子をとるなどして自分たちで増やすこと(自家増殖)を規制し、新たな品種を作った者の知的財産権である育成者権を強めることです。
 「農家の基本は、1、種(種苗)、2,肥(土作り)、3、作り(技術)と言われる。その3分の1不安を抱えながら本業をやるのは悲しい」映画の中で、特に印象に残る言葉でした。これも自ら米作りをしたからわかったことです。果たして私自身、自ら土を向き合い、農業というものを肌で感じなかったら分からなかったかもしれません。
 私達の健康は、毎日いただく食物で形つくられています。お米やパンの小麦、旬の野菜、たくさんのその土地のミネラルや栄養を含んだ食物です。そして作り手の想いが入ってます。極端かもしれませんが、競争めぐる民間企業が知的財産を取得し、ベルトコンベアーで、製品か餌でも売られるよう
に、機械的に育った種子に変わったらどうなるでしょうか。
 私達に神から与えられている唯一の自由は、何を食べるかという日々の選択ではないでしょうか。資本力で何もかも合理的にという考えは、傲慢すぎないでしょうか。と言って、何も知らない
のも無責任です。是非、観ていただきたいドキュメンタリー映画です。

「タネは誰のもの」名古屋シネマテーク

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