ヘルシングあい便り

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設楽ダム連続公開講座に参加しよう2012.09.27

   先月中旬のこと、久しぶりに来店された会員Hさんからイベントの案内を何枚か頂いた。その中の一枚が設楽ダム建設の是非を問う講座だった。このダムの話しはかれこれ20年以上前から聞いていたが、今さらダムの時代でもないので立ち切れにでもなったと思っていた。しかしその読みは甘かった。私が知らなかっただけで粛々と建設のための工事が進められているらしい。政権交代のために一度は凍結された事業だったらしいが中止ではなかった。そのためまた息を吹き返したのだろう。この講座も事業を広く県民に知ってもらった上で、納得行く形で工事に踏み切るという見方もできる。では果たしてこの講座のことを県民は知っているのだろうか。地元のダムの建設場所に近い知人に尋ねてみたが、そんな話しは全く知らなかったという。告知はどのようにしているのだろうか、県のホームページで設楽ダムについて検索すると、設楽ダム建設事業についてというページに行き当たった。その内容を転記する・・・
  「設楽ダムの建設を促進します~東三河地域の安心・安全と継続的な発展のために~ 国が設楽町で建設を進めている「設楽ダム」は、利水・治水の両面から東三河地域に安心・安全をもたらし、地域が継続的に発展していくうえで不可欠な施設であり、県政の最重要課題の一つと位置付けて取り組んでいます」
 という具合で、建設ありきである。水源地振興に書かれている内容などはまさしく箱物行政そのものだ。まだこんなことをしているらしい。肝心な告知に関しての記載は見つかったが、これを広く県民に伝える努力をしたのだろうか。そのあたりの疑問を関係者に尋ねたところ、告知する広告の経費さえ出てないという。あきれた講座である。だれも知らない講座なのだ。逆に知ってもらっては困る講座なのかもしれない。一部の関係者だけが知って、一通りの講座を終えて手打ちにしようということか。まさしく建設ありきなのである。しかし肝心なそのダムの有効性についての歯切れが何とも悪い。利水、治水も現状で十分まかなわれている。山河を削って、長年住み慣れたところを離れる人を生み出す事業のどごが安全と安心の継続的な発展なのか。
 建設中止を訴えるホームページに、このダム計画について詳しく掲載されていたので一部を下記に転記したい。
  「・・設楽ダムの主目的は、治水でも利水でもなく、不特定容量(流水の正常な機能維持容量)であることがわかる。この6000万m3をどのように使おうとしているのか、事業者は次のような説明をしている。「豊川水系宇連川の大野頭首工(豊川用水の取水堰)下流で川の水がなくなる断流が生じているので毎秒1.3 m3の維持流量を確保する、また豊川の中流部にある牟呂松原頭首工下流の河川流量が少なく、現状の毎秒2m3より5m3に維持流量を増やすことが必要である。主としてこの二か所について、流水の正常な流量を維持するために、ダムで水を貯める必要がある。」こうして、川に水を流すために巨大ダムを造って水を貯める(流水を溜まり水にする)というのである。堆砂容量を除いた有効貯水容量9200万m3の65%、さらに洪水調節容量を除いた利水容量7300万m3の実に85%に当たる6000万m3が、『流水の正常な機能維持』のための容量という前代未聞のダム計画である。」
 今どき、流水の正常な機能維持のために貴重な自然を破壊し、膨大な税金を使う事業をするだけの目的なのか、公平な告知のないこの講座に参加してみたいと思う。

日時:平成24年10月6日(土) 午後1時から午後4時まで 
会場:愛知県図書館 5階 大会議室  (名古屋市中区三の丸1-9-3)定員:250名
テーマ:設楽ダムは何のため?  
 講演1 国土交通省中部地方整備局 久保宜之氏「豊川水系の治水・利水計画と設楽ダム事業について」
 講演2 京都大学名誉教授 今本博健氏「ダムの治水機能について」

参考サイト 設楽ダム連続公開講座 第2回とよがわ流域県民セミナーの参加者を募集します

       設楽ダムの建設中止を求める会

リマ中級クラスに参加して2012.08.30

 ちょうど昨年のお盆の時期に、マクロビオティックの料理法を一から学ぶためにリマクッキングスク
ールの初級講座を大阪で受けた。料理は五感でするものだということを教えられた。貴重な経験をさらに活かすため、今回は東京で行われた中級の集中講座に参加することにした。お盆を挟んでの6日間で、店のお盆休み中は、心優しいスタッフが入れ替わりで愛猫のあいちゃんのご飯の面倒を見てくれたので心置きなく参加できた。全国から集まってきた生徒は約30名、宮崎県や北海道からも参加者がいた。男性はその中で3名、お二方は私よりさらに年令が上の方だった。1日2講座で1講座は3時間。長いようだがその30名の料理を作りながら、一方では手当て法の実演がある。それが各講座で同一進行していくため気を抜いたら何をしているのか分からなくなる。だから講師の先生も真剣である。生徒を目配りしながら各テーブルの火加減や進行状況などを目で追っている。すごい集中力だと思った。こちらも感心しているどころではない。料理の実演をする人、その料理に使う野菜を用意する人など自由に行動できるため、興味のあるところに顔を出しては練習しないと何も身につかない。頭で覚えたことと体験するのは全く別物である。それぞれの野菜が違うように、触れて体で覚えないと身につかない。火加減一つとっても鍋が温まるとはどの程度をいうのか。実際に触らないにせよ火元近くまで手を持っていって熱の具合を感じないと何も分からないのである。こういう普段しない刺激が大いに脳を活性化したのだろう。運動を普段しない人が急にすると筋肉痛になるように、いつも使っていない頭の部分を使うので、脳みそ痛?のような頭がボーっとした状態が続いた。
  だんだん年を取るにつれてやったことのないものに対して臆病になる。同じ刺激の中で生活するほうが楽に決まっている。しかしそんな楽な生き方もそろそろ終わりに近づいているような気がする。もはや年令など関係なく、生きるために何をすべきかということを目の前に突きつけれられているように思うのだ。世界で起こっているさまざまな紛争もだんだん煙幕から正体が見え隠れするようになった。所詮は先進国のアメリカをはじめとする国々のエゴがその国をかき回し、情報を錯綜させ、あたかもその国をテロの国家か、独裁国のように仕立て上げ、世論という無関心な正義を旗印にますます紛争を混迷化させているだけではないのか。
  東京の夜の街を歩いて、その巨大都市が暗いのには驚いた。震災以降の節電が徹底して行われているからだろう。一方で名古屋の明るさは何なのだろう。距離が離れたら関係ないのか。このあたりが意識の格差である。その格差が情報格差を生み、何も考える必要のない環境を作り出しているのではないか。東京の暗さは、節電などあたりまえにできることの証明だ。全国でやれば原発だけではなく、火力発電所を含めて使う必要のないものがどんどん出てくるに違いない。いつしか電力というパワーの魅力を傘に寄り集まった産業界、家電メーカーや住宅メーカー、自動車関連など、もはやこれら大企業のマスによって日本の行く末は決められようとしている。それを証拠に、消費税率引き上げや、国の行ったエコポイントなど、それらの企業を補助金、言い換えれば私たちの税金で買い支えただけの無意味な政策を見ても明らかである。一方で買う側の問題もある。考えることなく買うことがそれら企業の下支えとなっている。身の回りのあるものを見渡してみると意外なものを発見する。それくらい広告媒体の影響は大きい。使っていない品物の多いことなどは買う側の意識である。消費者の立場からモノを申すことをすることなしに、物事は何一つ変わっていくことはない。混迷な時代を生き抜く知恵とは、身近なものに対して意識を持つことではないだろうか。あまりにも無関心すぎたのだ。
 尾張の英傑もこう言っている。「敵は本能寺にあり」と。

原発のない夏に・・・2012.08.01

 ちょうど昨年の今ごろお便りで書いたことを思い起こしている。まさしくそれが意外な地球温暖化の原因の一つだと今さらながら確信している。知らないこととはいえ、なぜこのようなことがことが問題にされずに放置され続けられてきたか不思議でならなかった。いや今だに放置され続けているといったほうがいい。それは友人とのひょんな会話から知ったことだった。昨年の内容を一部ご紹介させていただく。......昨年の5月に運転を停止した浜岡原発に話しが飛んだときに、釣好きな彼ゆえ浜岡という言葉に敏感に反応した。そこは絶好の釣りスポットらしい。どうしてかと聞くと、原発から出る温排水で海一面が湯気で真っ白になるそうだ。その温かい海水のおかげで越冬できたメッキでGTクラスという大きさを釣り上げるのが醍醐味のためだという。聞き流すような話しの中で、気になったのが海に捨てている排水だった................。
 原子力発電所で生み出される熱はおよそ300万キロワット。そのわずか3分の1だけを電気に変えて残りの3分の2を捨てている。その捨てているところが海である。1秒間に70トンの海水を原子炉の熱を冷ますために発電所に引き込み、海水の温度を7℃も上げて海に捨てている。しかも配管に貝などが付着しないように使用する化学物質の塩素や過酸化水素も一緒に捨られているのだ。その流量が、なんと日本全国の原発54基で換算すると、年間1000億トンにもなるという。全国の河川の流量が4000億トンというからその膨大たる量や想像するに恐ろしい数字である。そんな状況が震災が起こる昨年まで当たりまえのように行われてきたのである。これを温暖化の原因と言わずに、何を原因といえるだろうか。そしてこの構図はわが国の生活スタイルと近似している。湯水のように電気や水を使い賞味期限が過ぎたものは何の心痛もなく廃棄する。食糧廃棄などは5800万トンの食糧を輸入しながらその3分の1を捨てているというのが現状だ。まるで世界最大の廃棄国である。貴重な資源を無駄に遣い、廃棄の代償が、温暖化や海の汚染にもつながっていたと見るのが普通ではないだろうか。
 震災以降、原発への不安から1基のみが現在稼動している状態である。あれだけあった原発が一度はすべて停止してしまったのだからそれがなくてもやっていけるということを証明したのである。それも急な災時を乗り越えて達成できたことだ。努力を惜しまない国民性を少しは誇っても良いと思う。ところがそんな美談には蓋をして、電力不足の不安を煽り立てるメディアと経済界、そしてそれに便乗する邪な政治家にはあきれて物が言えない。全国で行われているデモを見ても分かるように、反原発の波はうねりを上げて広がっている。どうみてもこれ以上の再稼動は不可能だろう。ましてやこの無尽蔵に海に捨てられている温排水について、何かもっともらしい答えがあるとでもいうだろうか。
 今年も容赦のない夏の暑さが襲ってきている。我々の性根を試されているようだ。クーラーを切るなども一つの方法だが、くだらないテレビを消したほうが遥かに省エネらしい。これはいろいろな意味で
一番効果がありそうだ。原発をなくすためにまずテレビを消そう!

参考資料:DAYSJAPAN2011年8月号「小出裕章の放射能の話」

反骨のコツ2012.06.30

 東京大学の准教授で音楽家そして指揮者でもある伊東乾氏を知ったのは昨年の震災後のこと、ネット上に掲載されていたコラムに目がとまったのがきっかけだった。以前もこの経緯について書いたことがあるが繰り返すと、当時の原発の状況を、知りうる限りの情報の中から精査して、正しく怖がることの大切さを伝えていた。メディアではえせな学者をとっかえひっかえ使って、なるべく安心させようをしたため、かえって見る側の不安をあおる結果となった。混乱する中で一番必要なことは何か。現在の状況を、できるかぎり正しく知ることだ。その簡単そうで難しいことを、ネット上で、そしてリアルタイムでツイッターで、許す限りの時間を使って発信していたのがこの方だ。それ以来、親しみと尊敬をもって記事を拝見している。また、その方の著書も取り寄せては読んでいた。その中で、とても人事ではないと感じたのが「反骨のコツ」という本にある内容だった。刑訴法生みの親である団藤重光氏との会話形式で書き下ろされたその本は、裁判員制度から死刑制度まで、刑法を軽くあしらうことのできないとても重い責任があることに気づかされた。先月、98歳で亡くなられた団藤氏を偲んだ記事が中日新聞にも大きく掲載されていた。中から少し抜粋させていただく。
  「人殺し!」という叫びが、「刑法の父」と呼ばれた法律家の生き方を変えた。一九七六年に開かれた殺人事件の上告審判決。二審の死刑を支持する判決を最高裁小法廷が言い渡し、五人の判事が退廷する時に傍聴席から声が上がった▼直接証拠はなく一貫して否認だった。状況証拠は犯人を示しているように思えたが、陪席判事だった団藤重光さんは「本当にやったのだろうか」と引っ掛かっていた▼傍聴席からの罵声ぐらいでは驚かないが、確信を持てなかっただけに胸に突き刺さった。この経験が、立法で死刑を廃止するしかないと考える転機になった。
 人間は人間に「死になさい」とは言えない。その単純な事実に、自分が死刑宣告をする立場になって、初めてはっきり気がついたという。とても重い話しだが、裁判員制度がある以上、この重い宣告を一般の国民にも負わせることになるのだ。元最高裁判事も人間、そして裁くのも人間なのである。 それに引き換え今行われている裁判はどうだろうか。警察から送られてきた事件を起訴するかしないかを決定する検察が勝手に事件を作って犯人に仕立てたり、名張毒ぶどう酒事件では、審理は無罪から死刑、再審開始決定から取り消しへと司法判断が大きく揺れて半世紀に及んでいる。それでも名古屋高裁は、奥西死刑囚の再審開始決定を取り消した。本来、証拠を示す立場の検察が、それを隠して公表しないなど、税金を使った詐欺行為と思われてもおかしくないことが平然と行われている。そんな非正義が横行する中で、人が人を裁くということは本当に大変なことである。それが他人事ではなくなってきたのだ。一度じっくり一人一人が考えるときがきている。反骨のコツを学ぶのに今が良い機会だと思う。おすすめの一冊である。

参考著書 「反骨のコツ」朝日新書 團藤重光 伊東乾著  中日新聞 中日春秋

慈慈の邸のオープンに寄せて2012.06.01

  ゴールデンウィーク始め、2日間の連休を使って千葉県にあるブラウンズフィールドに行ってきた。交通機関を使ってもけっこう時間がかかる場所のため、あまり長距離運転は好きではないが車で行くことに決めていた。行く数日前、たまたま一緒に食事をした友人にこの話しをしたところ、是非行きたいという。不思議なもので、そこ行くときは必ずサポーターが現れる。前回も当店のレジシステムを担当している方との酒の席で、何の関係もないのに急に運転手を買って出てくれた。なぜそうなったか本人も良く分かってなかったようだから不思議なご縁はあるものだ。
 今回行こうと思ったのは、自分の思い込みから生じたものだった。4月中旬のこと、久しぶりに中島デコさんにお会いできる機会が持て、新しくブラウンズフィールドの近くにオープンする宿泊施設「慈慈の邸」のことについていろいろとお話しを伺っているうち、これはオープンまでに人手がいるに違いないと感じた。デコさんから、来なくてEメールを送ってきたが、行ったもん勝ちで乗り込んでしまった。
 大きな古民家には、たくさんの業者さんが入り込んで完成を急いでいた。幸いやることが結構あったため、男の2人工は少しは役に立ったと思う。一日中ウグイスの声を聞きながらの滞在は、至福のひと時だった。あるのは庭師さんが切るはさみの音や、大工さんの木を切る音で、電子音から開放された空間だ。埃の染み付いた廊下は、拭けば拭くほど木のつやが現れてきて味わいのある色となった。手伝いに行ったのか癒されに行ったのかそのうち分からなくなってしまった。
 慈慈の邸がオープンする日は、デコさんの長女である子嶺麻さんの初の料理本出版日でもあった。そんな繋がりから、以前デコさんが話していたことが頭に蘇った。自然な自由な暮らしがブラウンフィールドにありながら、普通の暮らしがしたいといって、子嶺麻さんが家を飛び出した時の話しだ。人間誰しもないものねだりのところがある。隣の芝生は良く見える。彼女もその都会暮らしにあこがれて、晴れてOL暮らしをしていたことがあったそうだ。全く相反する世界に飛び込んだときにどう感じただろう。あこがれや夢が広がっただろうか。普通なら当然そうだと思うのだが、彼女の場合はそう感じなかったのかもしれない。束縛されるストッキングやスカートを脱ぎ捨てて、またブラウンズフィールドに戻ってきたそうだ。その彼女が今、その聖地を切り盛りしている。
 戻れる場所があるというのはなんと素敵なことだろう。昔はそんな場所が山ほどあった。私も毎年長野に帰るのが楽しみだった。いつ行っても変わらない風景、時間がその場所だけ止まっている。だから人間は幼い時の自分に戻れるのではないだろうか。そんな心の故郷を、平気で壊してしまうことをずっとやってきた。もはや自分達が戻れる場所もなくそうとしているのだ。心の平安まで金勘定と引き換えにして、ほんとうの安らぎが得れるのだろうか。毎朝NHKの世界遺産を見ながら、その地で誇りを持って今までの暮らしを受け継いでいる映像に、世界も大事だが、日本の風景を守っているところにも光を与えてもいいのではないかと感じる。自由という厳しい世界を手に入れたブラウンズフィールドに、もう一つ夢の空間がオープンした。皆さんも、童話の世界に入ってみませんか。きっと入った瞬間に、そう感じるはずですよ。

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テレパシー2012.05.01

 今年のちょうど書き初めの日に、何を思ってかこれから毎日ブログを更新することを決意した。その時は無性に内側に溜まっているものを吐き出したかったのかもしれない。何でも出すことは良いとして、一ヶ月に一度のお便りでも事欠くのによくもまあそんな気になったものだと今さらながら自分の無謀さに呆れている。いよいよ5ヶ月目に突入だがネタがない。ネタにするネタもないから困ったものである。そこで姑息だが今月は、ある日のブログと同じテーマで逃げることをお許し願いたい。
 テレパシーとは、超感覚的知覚 (ESP) の一種で、特別な道具を使うことなく遠隔の者と言葉を交わさずに通信する能力のことをいう。ESPによって他人の心を読んだり、識別したりすることを指す。とフリー百科事典で紹介されていたがここまでおおげさな話しではない。これも今年の正月のこと、店は休みでも、いつものように猫のあいちゃんのおさんどんに来た時、何かの拍子に猫に意識を向けてみた。こちらで頭のどこかに集中して問いかけると不思議とこちらを向く。さらに少し感情を込めると、ニャ~と相槌を打つ。ひょっとしてこれってテレパシーではないのか。ふだん何気なく考えていること、それは意識せずに頭のどこかに存在している無意識だ。よくふと頭に浮かんだ人から電話があったなどということはだれしも少なからず経験があるはずだ。意識せずに思い浮かんだり、考えたり悩んだり腹が立ったりと、頭に浮かんだことは、ある種の電波となって存在しているのではないか。そう考えるとその電波を受信する能力があれば、だれでもその電波を使って送受信できるはずではないのか。そう思うと、猫にしても犬にしても人の気持ちを察する感覚を特に強く持っているということになる。
 今まで不思議なことが多々あった。避妊手術をするときに、イヤだったら逃げて行きなさいといったら、本当に逃げ出して3日ほど帰ってこなかった。スタッフの鈴木さんが孫のようにあいちゃんをかわいがるので、家につれて飼いたいというから、きっとあいちゃんも喜ぶでしょうと言ったら、翌週鈴木さんが出勤する時間に姿を消して、帰ったころ姿を現した。冬は寒いからあまりかまったりしない。特に面倒くさいという気を察するのが一番強いのか、こちらがそんな態度を示そうものなら数日帰って来い。こんなことは何度も繰り返された。すべて気のせいと思っていたことが、以心伝心というように相手には伝わっていると考えたほうがどうも無難な気が最近している。それを身をもって教えてくれたが、愛猫あいちゃんだったというわけである。
 そんなことをふとスタッフに話したことから面白い話しに発展した。彼女の姉の赤ちゃんのこと、お姉さんは日頃あまり赤ちゃんを構わないそうだ。反対にご主人はよく構って一緒に遊ぶらしい。するとご主人には嬉しそうに抱っこされているのに、普段構わない母親のお姉さんが抱っこしようとすると泣き出すという。これこそまさしく普段の気持ちが子どもに伝わっている証明ではないだろうか。気は心で、すべてが相通じているということだろう。特に赤ちゃんや小さなお子さんのように純粋な年令であればあるほどその能力を強く持っていると考えたほうが自然ではないだろうか。生きるために値引きなしで母親の感情を受信しているはずだからだ。生きるための能力が生まれながらに培われている相手には自分の気持ちが伝わっている。そう考えると、誰に対しても悪いことは考えられないものである。この年になってそれに気づいただけでも幸いなことだと思っている。

3・11から一年2012.03.30

 時折同封させていただいている商品案内とは無関係な時事問題のチラシは、当店の会員様を通じてお願いされているものだ。毎月さまざまな問題を取り上げて勉強している会で、私も何度か参加させていただいたことがある。そこで偶然お会いしたのが当店会員の方だった。その会のボランティアもしているということで、特に関心の高いものを選んでその内容を知らせてくれる。今月も2枚、そのチラシを同封させていただいた。
 送られてきたチラシに主催者の方からの手紙が添えられていた。前回同封した「幸せの経済学」映画上映会に、当店から送られてきたチラシを見たといって参加してくださった方が何名かいたそうだ。高齢者ばかりだった会場に、最近は若い女性の方がたくさん参加してくれるようになったそうである。しかし会場がだんだん若返ってきたのは、原発をはじめとして、問題の本質がなんであるかがだんだん分かってきたからではないだろうか。本当のことをメディアは語ってくれない。それもそのはずである。原発の問題しかりTPPしかり消費税問題も、すべては国とスポンサー企業の意向で動いている。その意向を無視して真を問う報道をする魂のあるメディアがこの国にあるだろうか。だから情報は洪水のようにあっても役に立たない粕ばかりなのだ。マイナーな番組、インターネットや、もしくは足を運んで会場に真実を求めに行かなければ何も得られない世の中なのである。3・11以来ようやくそのからくりが白日の下にさらされることとなり、多くの方が矛盾に気がついたのだと思う。
 まだ幼い頃、両親の実家である長野の在所にしばらく預けられていたことがあった。夏の記憶があるから夏休みだったのだろうか、定かではない。子供向けの楽しい番組がやっていたはずが、毎日必ず祖母と見ていたのが水戸黄門だった。毎回お決まりのパターン、この印籠が!と言えば一件落着となるのにもかかわらず、祖母はその場面になると毎回お上がござったと言いながら涙を浮かべて見入っていた。水戸黄門といえば水戸光圀公。将軍様ではない。歴史に深い関心をいだき、全国から優れた学者を集めて編纂された「大日本史」は、やがて倒幕につながる維新の原動力となる。きっとその書物の中に答えが隠されているのだろう。その偉業が一般市民への正義の旗印になったのかもしれない。ともかく昨年その幕を閉じるまで、何と42年間放映されたのである。そして不思議なことに同じ時期始まったもう一つの高視聴率番組が「巨人の星」。この二つの番組が、どうも頭の中で磁石のように絡み合っている。キーワードは「お上」と「スポーツ」だ。別にスポーツが悪いといっているわけではない。片方でお上は正義であるという洗脳に黄門様を利用し、もう一方で強引に強い球団巨人を作り、スポーツを奨励して世情に関する関心事を「知らしめず寄らしめよ」の言葉どおり軽薄にするとしたらどうだろう。こんな詮索をしたくなるのも、道理が曲がることばかりが行われているからだ。死者が出ても警察が動かないあの福島の原子力発電所内は治外法権なのか。すぐに繰り返される健康に直ちに問題のある数値ではないとはだれが責任を持って言っているのか。責任のない連中や御用学者がしゃしゃり出てメディアですき放題しゃべっているが、誰が許可しているのか。そして責任追及すべきマスコミの対応はどうだっただろう。もはや黄門様を利用した洗脳は終わったのだ。はっと、我に気がつくと、もはやお上やら原発やらが何だったか。玉手箱のフタを開けられたのが、3・11だったのではないだろうか。
 「私どもは3・11以来、ずっと原発のことだけをやってきました。私はあと2ヶ月で75才になります。元気なうちに何としても原発を終わらせたいとあせっています。」力強く書かれていたお手紙を拝見しながら、真実を追究する気持ちに年齢は関係ないとつくづく感じた。5月には広瀬隆氏の講演会も企画されているようだ。思えば20年以上前に拝見したこの人の記事が、きょうまでずっと頭の片隅にあった。不思議なめぐり合わせである。 

意外な関係?2012.02.27

 今年に入って三日目の朝のこと、起きて歩き出したときに右足の股関節あたりが何か少し浮いたような気がした。いつものようにジョギングに出掛けようと歩き始めると、やはりその辺りに細い棒でもつっかえたような違和感を感じる。しかしさほど支障がないので変に思いながらも毎日の日課であるジョギングをこなしていた。ところが一週間もするとその部分に痛みが伴いはじめた。右足に力が入らず走ることができなくなったのだ。これはまずいと思ってしばらく様子を見ることにした。三日ほど経って、痛みがひいたためにまた軽いジョギングを再開したが、やはり徐々にその部分が痛み出す。どうもおかしいので整体など心当たりのことを行ったりしてみたが、一時的に良くなるだけで元の状態に戻ってしまった。原因は一体何だろう。頭にもこの問題がつっかえる様になり始めた一月の終わりごろ、昼食をとっている時に、硬いものが口の中を転がった。いやな予感。治療した歯の詰め物が取れたのだ。悪いことは重なるものだ。観念して一番嫌いな歯医者に行かなければならない。というのも昨年の夏ごろ、今回詰め物が取れた隣の歯、これも過去に治療したところの歯茎が膨れて痛み出し、炎症を起こしているようだったので、歯医者に行かなければと思いながら、痛みが治まったので忘れてしまっていた。
 その翌日さっそく歯医者に伺った。レントゲンの結果は、過去に治療した奥歯3本の根に異常が見られるということだった。歯茎が痛かったのはやはりその炎症のためだった。こうなったらまな板の鯉である。治療2回目はちょうど節分の日、一番悪化している歯の治療から始まった。しかし途中で手が止まって説明が始まった。ブリッジの土台にしてあったこの歯は、根まで真っ二つに裂けている可能性があり抜かなければならない。急に言われても心の整理があるだろうから次回にしても良いという。ここまで来たら付き合うしかない。早速始めてほしいとお願いした。局部麻酔を打たれてだんだん感覚が麻痺してきた。あごはガクガクしてくるし舌はどこにいるのか分からない。そうしている間にあっさりと抜かれた歯は、先生の言うとおり真ん中にひびが入って裂けていた。
 麻酔が切れてくると同時に、患部の鈍い痛みが右半身に響いてきた。一本でも歯がなくなるというのは不便である。特に奥歯は咀嚼に一番負荷がかかる。ましてや玄米食だとそれがなくなる辛さは耐え難いものがある。しばらく左側でゆっくり噛んで食べることが習慣となりそうだ。だんだん早食いの癖が戻りつつあったのでちょうど良かったかもしれない。患部の鈍痛がだんだんひいて来ると、思わぬことに気がついた。股関節のあの痛みが治まっているのだ。少し筋が張っているような感覚はあるが、歩いたり走ったりすることに、さほど支障がなくなったのだ。しかもその筋の張りは治療するごとに楽になっているように感じられる。注意して約1ヶ月ほど観察した状況である。
 体にはこのような思いもよらぬ意外な関係が山のようにあるはずだ。インターネットでは顎関節と股関節の関係が多く紹介されていた。さすがに歯を抜いたら痛みがとれた話しはなかったが、痛みのあところばかりに囚われる危険性をつくづく感じた。痛みは結果であり、もとを辿って原因がどこにあるのかを知るために、もっと自分の体との対話が必要だろう。今回はたまたま被せた歯が取れたこときっかけで、その原因を知らしてくれた。しかしこれも自分が腫れの症状を放置していたがために症状を悪化させたに過ぎない。症状即療法でその時すばやく対処をしていれば、新年早々足を引きずるようなことはなかったはずである。旧暦の新年から始まった治療が、体の警告を無視することが、結局後になって自分に帰ってくることを教えてくれるものになった。人間いつかは苦手を克服しなければならないということだろう。

生物と無生物のあいだ2012.01.27

この本の著者は、ロックフェラー大学や、ハーバード大学の医学部博士研究員という経験を持ち、そこで行われた研究や、さまざまな他の研究機関が人体の解明に迫る様子だけでなく、それを評価するノーベル賞の舞台裏にも疑問を投げかけていた。評価する側もその道の専門家なわけで、少なからず研究機関との関係があるからだ。彼らのさじ加減で、賞の行方が左右することも十分考えられる溝を残しているという。研究がもたらす恩恵と弊害、それらをさまざまな角度から問題提示してくれる内容だった。顕微鏡を通したもっともミクロな視点、そこから感じた生命という計り知れないものを、美しい旋律で表現している部分があった。そこを少しご紹介したい。
 「ちょうど波が寄せてはかえす接線ぎりぎりの位置に、砂で作られた、緻密な構造を持つその城はある。ときに波は、深く掌を伸ばして城壁の足元に達し、石組を模した砂粒を奪い去る。吹き付ける海風は、城の望楼の表面の乾いた砂を、薄く、しかし絶え間なく削り取っていく。ところが奇妙なことに、時間が経過しても城は姿を変えてはいない。同じ形を保ったままじっとそこにある。いや、正確にいえば、姿を変えていないように見えるだけなのだ。砂の城がその形を保っていることには理由がある。目には見えない小さな海の精霊たちが、たゆまずそして休むことなく、削れた壁に新しい砂を積み、開いた穴を埋め、崩れた場所を直しているのである。それだけではない。海の精霊たちは、むしろ波や風の先回りをして、壊れそうな場所をあえて壊し、修復と補強を率先して行っている。・・」
 この一つ一つの砂粒が一瞬たりとも同じ場所にとどまっていないように、私たちの細胞も日々生と死を繰り返されながら命を運んでいる。自然のもたらす造形が、生命と同じ事象を育んでいることを語っているのだ。食べ過ぎようが、飲みすぎようが、生の営みのために、寝ている間でも細胞は文句も言わず休む間もなく働いている。そして新しい細胞のために、役目を終える古い細胞は、自ら分解消滅し、その場所を譲るという。この人体の不思議を垣間見るだけでも生きる知恵が十分詰まっている。それを教えてくれる反面、研究は機械的に行われていく。この命の営みに対して、一つの仮説を解き明かすのに、膨大な動物達の命が捧げられているのも忘れてはならないということも付け加えられていた。
 それらの研究を踏まえ、著者は、食べ物が大きく人体形成に関係していることの重要性を説いている。身近にある食べ物を分解したたんぱく質が人体を作るからだ。日頃食べている食品が、いつの間にか遺伝子組み換えにとって代わり、さらに食品添加物などが添加されている。それが一つ一つの細胞に影響を及ぼすとどうなるだろうか。狂牛病の異型たんぱくが人に感染したヤコブ病はまだ最近の話である。この問題も解決されぬまま、遺伝子を無理やりいじくった食品が食卓を占領しつつあるのだ。これまで食べ物を単なるモノとして扱ってきたしわ寄せが、ついに私たちの命まで脅かし始めたのである。 「食物とはすべての他の生物の体の一部であり、食物を通して私たちは環境と直接つながり、交換しあっています。だから健康を考えるということは、環境のことを考えることであり、環境のことを考えるということは、自分の生命を考えるということでもあるわけです。」この短い言葉の中に、あらゆる問題の答えが凝縮されている。

「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著 講談社現代新書 「生命と食」岩波書店 福岡伸一氏講演録

台湾紀行2012.01.01

 台湾の桃園空港に着いたのは昼ごろだった。一昨年のロンドン一人旅からちょうど一年経った暮れの忙しい12月中旬のこと、また往復のエアチケットとホテルだけを予約しただけの行き当たりばったりの2泊3日の旅をした。今回も同様、彼の地で開かれるイベントに行くことが引き金となったが、そこまでの経緯にご縁を感じたのが何より気持ちを動かした。
 今回の旅行の詳細は、当店のブログにアップしておいた。というのも、始めて行く海外地では戸惑うことばかりである。言葉の不安もあるし、交通機関も行って見ないと分からないことだらけ。その最中にネット上にアップされている方々の現地情報はとても参考になった。少なからず自分が歩いた経緯もきっと誰かのお役に立つと感じたためだ。
 体調不良で出かけた旅行は過去記憶にない。実は出発する数日前から喉の具合が悪かった。異常な乾燥のせいだとたかをくくっていたのが失敗で、頻繁に咳き込むようになった。体は軽く、風邪ではなさそうだった。出発当日になって飛行機に乗り込んでも咳は出る一方。そこでようやく胃腸が原因だと気づいた。喉は胃腸の鏡という。症状即療法、すぐに断食しておけばよかったのだ。おかしいと思ったときに実行していれば、旅の最中で断食することはなかっただろう。旅行一日目は、そのまま断食。夜中まで咳き込んで寝れないほどだったが、翌朝になると症状は和らいでいた。朝食のビッフェは美味しそうな料理が所狭しと並んでいる。昔だったらこんな状態でも山ほど食べていただろう。さすがに自制心が働き、片隅にあった素食を軽く頂いた。グルテンで作られた佃煮と漬物、お粥である。昼も軽い食事で済まし、夜は一切食事を取らなかった。翌朝もホテルの素食と帰りの空港で軽い食事をとっただけである。その結果咳は止まり、帰るころには体調はほぼ万全な状態まで回復した。湿度が高くて24~5℃という気候も幸いしたが、何事も過信してはいけないこと、自分を戒める上でも教えられることの多い旅になった。
 印象に残ったことは、道中乗換えやらいろいろあって、その都度サービスセンターに駆け込んだり、駅員さんに聞いたりしたが、対応してくれた20代くらいの男性や女性は、ほとんど英語が通じた。日本語を話せる人も割りに多かった。その確率は南から北へとどの場所に行っても同じだった。年配の方は日本語が話せると聞いていたが、今回に限っては、一切お会いできなかった。20代の若い彼らは中国語、台湾語のどちらかを母国語として育ち、その上さらに2ヶ国語に通じようと努力している。この台湾の経済を支えているのは間違いなく、尽きることのない向上心だろう。過去日本の植民地となり、更にはつい最近まで同胞の中国(漢民族)に統治されていたつらい経験が支えているのだろうか。高雄から移動した台南で目にした光景が、過去歩んできた日本の風景と、妙に重なった。歩行者そっちのけで、ダンプが路上にアスファルトをひいている。それを固めているのは、年配の女性2人と男性1人。台湾はバイクの利用者が圧倒的だ。車1台に対してバイク5台は見て取れる。そんな排気ガスで煙る道路上で、もくもくと作業していた。いつか聴いた「ヨイトマケの歌」がこみあげてきた。美輪明宏が幼少時に一緒に育った友人の亡き母を回顧する歌である。この光景を見るまで忘れていた。それと同時に、なぜ美輪明宏が土方の格好で歌っていたのかよく分かった。頑張って生き抜いて、発展を遂げ、そんな地面に不自由なく立って育った我々の世代は、文句は一人前に言うが、それまで下支えした人達に感謝したことがあるだろうか。発展の影で、見失いそうになるものを見つけられるのも、海外へ出かける良さかもしれない。

「父ちゃんのためなら エンヤコラ 母ちゃんのためなら エンヤコラ もひとつおまけに エンヤコラ
今も聞こえる ヨイトマケの唄 今も聞こえる あの子守唄 工事現場の昼休み たばこふかして
目を閉じりゃ 聞こえてくるよ あの唄が 働く土方の あの唄が 貧しい土方の あの唄が 」
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