ヘルシングあい便り

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ホリエモンの仮釈放に思う2013.03.31

 21ヶ月ぶりに仮釈放された堀江氏の人相は別人のように変わっていた。体重が30kg近く落ちたという。時代の寵児と呼ばれたその頃よりも、より若々しくなって帰ってきたように感じられる。無理もない、寄って集ってマスコミに袋叩きにされ、それでは飽きたらず検察が動いて証券取引法容疑だ。学校のイジメより質が悪い。では大手オリンパスの粉飾決算の時はどうだったか、お伺いを立てるような検察の動きとはえらい違いだった。しかも東京地検特捜部の指摘によると、「ライブドアが実質的に支配する投資事業組合が既にマネーライフ社を買収していたにもかかわらず、増資や架空売り上げを計上するなどし、ライブドアマーケティング社(現:メディアイノベーション)が、それら事実を偽って公表したとするもの。しかし偽計取引については公判の末、シロ(無罪)となり、風説の流布のみでの実刑判決となった。なお、風説の流布のみでの実刑判決は過去に例がない」(ウィキペディアより)。メディアと検察が架空の事件を作って、罪のない人間を社会から引きずり下ろす昨今の事件が頭をよぎる。権力を盾にされればだれだって抵抗できっこない。しかしさんざん悪者にされて、それでもなお注目されるというのは、よっぽど彼の手腕と才能を世間が認めているからだろう。
 堀江氏が東京大学在学中に会社を設立したのは、私がヘルシングあいを引き継いだ年と同じ1996年。その頃はまだインターネットが普及しはじめたばかりだった。ウィンドウズ95のパソコンをはじめて買って使い方がわからない当初はゲームばかりしていたのが懐かしい。そんな黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目を集め、小室哲哉やglobe等のオフィシャルサイト製作で一躍ウェブ業界ではオン・ザ・エッヂの名を轟かせた。それからも躍進が目覚ましい。経営不振だったプロ野球の近鉄買収に名乗りを上げてメディアを騒がせた。結局球団は手に入らなかったが、その後はニッポン放送の株を取得、筆頭株主となってその子会社であるフジテレビとの騒動が勃発した。そもそもこのニッポン放送は、当時の財界がマスコミ対策を意図して設立したラジオ局だという。そんな小さな会社の子会社にフジテレビがあるという歪な状態が明るみになって、問題の根深さが一層事態を混迷させた。そんな社会現象は、一人の青年が大立ち回りをして日本中を引っ掻き回していたのだ。先手先手で先を越され、王が詰まれそうになったら、若いくせに生意気だ!それにやり方が卑怯だと居直って円卓をひっくり返し、無効試合にしたのが逮捕なら、これほど情けない国はない。 
 きっとメディアの買収劇で彼は権力者の尻尾を踏んだのだろう。しかしあえて彼は踏んだのだと思う。こんな連中に支配されていては浮かばれないという思いがあったに違いない。そうでなければ政界にまで進出しなかったはずだ。だからこそインターネットとメディアとの融合を目指したに違いない。起業して10年足らずでこれだけのことを成し得た人物が少し前に日本にいたのである。
 今後のホリエモンに期待しつつ、一部彼の記者会見の内容をご紹介したい。
「最近だと皆さんも当事者だと思うんですけど、遠隔操作ウィルス事件、これは警察ですが、警察は本来、捜査機関が分離をして、警察が暴走しても検察が止めるもの。人間のやることなので絶対に暴走するし、絶対の正義なんてあり得ない。そこに対してもうちょっと謙虚になった方がいいのでは。私は事件で断罪されて自分なりに謙虚に反省してきたつもりですが、検察は検察で自分がやってきたことが正義なのか、足元をみて自分の正義が正しいのかを常に考えて、自分たちの持っている権力がいかに強いかを自覚してやっていってほしいです。」

腰骨を立てる2013.03.01

つねに腰骨をシャンと立てること-
これ人間の根性の入る極秘伝なり。
人間は心身相即的存在ゆえ、
性根を確かなものにしようと思えば、
まず躰から押さえてかからねばならぬ。
それゆえ二六時中、「腰骨を立てる」以外に、
真に主体的な人間になるキメ手はない。
「腰骨を立てる」ことは、
エネルギーの不尽の源泉を貯えることである。
この一事をわが子にしつけ得たら、
親としてわが子への最大の贈り物といってよい。
一、腰骨を立て 
二、アゴを引き 
三、つねに下腹の力を抜かぬこと
同時にこの第三が守れたら、ある意味では達人の境といえよう。
(森信三氏 立腰教育)

 学生時代に担任の先生から姿勢が悪いとよく注意された。正しい姿勢を意識しても、いつの間にか腰は折れて背は丸まり、自分にとって楽な姿勢に戻ってしまう。正しい姿勢など長続きしたためしがなかった。そんな長年の癖が猫背という姿を作りだした。まさに姿は生活の写し鏡である。 自分の姿勢や体の硬さは、ジョギングなど体を動かすようになって感じるようになった。特に股関節などは、柔軟体操で開脚したりすると筋が張って痛い。ヨガやジムなどに行けば良いのだろうがそんな気にならない。時だけ無情に過ぎる中、昨年の夏頃ふいに誘われた講座が、日本の古武術を学べるというので参加してみようという気になった。それが体幹呼吸法という講座。古武術を学ぶためにはまず体を作らなければならないらしい。立ち方から力の入っている人が多いという。ご多分にもれず私もその一人だった。そこではっきり自覚したのが姿勢の悪さだけでなく、体中に変な力が入っていること。普通に立っているつもりでも肩に力が入っていて右肩が異常に上がっていたのだ。こういうことを指摘されたのは此の方初めてだったので、自分で分かっていないことは他にも存外多いと思った。そうして力を抜いて自然な立ち方を教えていただいた。肩幅に足を開く、足裏をまっすぐ平行にして膝を弛める。腰骨をたてて顎を引く。自分ではそうしているつもりでも先生に力の入っている部分を更生されながら、本来の正しい姿勢を取り戻すと、何とも立ってるのが楽で心地が良い。誰しも少なからず学校生活で学んだ起立の姿勢が染みついている。その姿勢が肩や体に緊張感を生み、自然な立ち方からは程遠いものになっているらしい。
 その後は股関節の運動だった。気になっている部分だったこともあり良かった反面、錆びついて固くなっている部分を動かすために苦痛がともなった。一つ一つの動作が身体に堪えた。約2時間あまりの講座を終えた後は、体じゅうが筋肉痛のような快い痛みを感じた。それ以来なるべく講座に参加し、出来る範囲のことを家で復習するようにした。今年に入ってからはほとんどの動きを覚えて毎朝続けていたところ、思わぬ体の変化に驚いた。開脚したままで顎を天井に上げる苦痛な姿勢が出来るようになった。日常では椅子に腰掛けても腰骨を立てていられる。姿勢は気にしても、無理をせず長時間いられるようになった。体幹とは四肢を除いた部分を指すという。胸や腹、お尻を呼吸をしながら種々の動作を実行することが、腹筋や背筋など多くの関連する筋肉を鍛えていたことに半年過ぎて気がついた。
 和式トイレや着物を着る習慣、拭き掃除など、毎日の生活習慣から失われていくもののなかにこそ体幹を鍛える動作が盛り込まれていた。その不便さが体にとっては良かったのだ。便座の上げ下げまで自動化されながら、一方で健康のためにサプリメントを買い漁ること自体、本末転倒しているのである。
 体を労るということは楽をすることではない。本来あるべき立ち方に帰るということ。痛みや苦痛を伴うにせよ、体はそれに応えてくれることを約束している。

参考:森信三の世界 http://www.jissenjin.or.jp/ 

相馬看花「第一部 奪われた土地の記憶」を見て2013.01.29

  お正月明けて間もない6日に行われた上映会で、相馬看花というドキュメンタリー映画を見てきた。まずこのタイトルの由来をご紹介したい。中国の故事「走馬看花」からとられたそうで、本来は「走る馬から花を見る」、つまり物事の本質でなくうわべだけを見てまわることを意味する。しかしイラク取材中に亡くなったジャーナリストの橋田信介さんは、あえて「走っている馬の上からでも、花という大事なものは見落とさない」と解釈し、よきジャーナリストの象徴のような言葉に読みかえていた。橋田さんを私淑するこの映画の監督松林氏が、「走馬」を「相馬」と置き換え本作のタイトルとしたという。
 さっそく見た感想をブログにアップしようとしたがなかなかまとまらない。しかし今時点の心境を書き留めておくことは必要と感じたため、中途半端な状態でアップしてしまった。出演している人は被災者なのである。その方々が発した言葉が、映画を見た後も頭の中を巡っていた。後でまとめようと言いながらそのままにしてあったそのブログが、どうもこの監督の目にとまったらしい。「まずはモノが入っていない状況だったということで、入ったということでした。」というシンプルなコメントを残してくれた。それを見てはっとした。傍観者という上から目線で見ている自分にようやく気がついた。 
 東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏内にある南相馬市原町区江井地区。2011年4月3日、津波と放射能汚染と強制退去で様変わりしたこの地域へ、この監督は救援物資を携えて向かった。映画をとるのが第一の目的ではなかった。被災して1ヶ月も経とうというのに、救助の手すらのびない場所があった。しかし情報を伝えるメディアは揃ってこの危険地帯を封印した。自らの手で情報を得ようとする手段を捨てたのだ。フリーランス記者からの乏しい情報を頼りに番組が作られていたのため、テープをリプレイするようなどうでもいい情報しか流れていなかった。国内でこの有様なのだから、さらに危険が伴う海外で起こっている様々な事件など分かるはずがない。だから情報が錯綜するのだろう。
 何本もドキュメンタリー映画を手がけている監督に、被災者の方々からこの現状を広く国民に知らせてくれと懇願されてカメラを回し続けたという。自ら行動を起こして入ったために、結果として広く多くの方々にその窮状が伝わったのだ。空き巣の被害をテープにおさめたのもこの映画の一部で、それまで我々が見ていたものは、混乱の中でも整然と列をなして並ぶ被災者の姿だけだった。この情報を公表したのが東京新聞と中日新聞だったそうで、それがなければもっと被害は拡大していただろう。
 映画とは何か答えや情報を提供してくれるように勘違いしがちである。また、そういうものに慣れてきたために、途中まで方言や音声の聞こえづらさに戸惑ったが、不思議なものでだんだん慣れてくるもの。いや、ひょっとしたら撮影する側とされる側の呼吸が合ってきて、その雰囲気が伝わってきたからかもしれない。座敷に寝っ転がりながら、原発のあった土地の話しを回想するあたりは、本人が、話しながらどうしてこの地に原発がやってきたのかという確信を深めているかのようだった。作られたセリフではない事実の重さが耳に残った。カメラを回す向こうには今現在の真実が詰まっている。しかし、それを切り貼りすれば、真実が偽りにかわることもある。それを見る一人一人が、過去の経験から自分のフィルターを通して受け入れていく。
 ドキュメンタリーとはいえ被災している当事者である。それでも随所に人間臭さが写っていた。そん
な「はな」と、四季が織りなす花も見落とすことなくカメラに収めることができたのも、この監督の人
柄だろう。「まずはモノが入っていない状況だったということで、入ったということでした。」
もう一度じっくり見たい映画である。

ひと昔前を振り返って 2013.01.02

 時を刻む時計の針や、夜空に広がる星座の数、干支などに共通する12という数字、木星が天球を約12年周期でまわることから時空に対する概念をその数字であらわすそうだ。でもこれをよく考えてみれば、古代の人達はすでに宇宙空間に広がるあらゆる知識をすでに持っていたことになる。太陽系から地球を覗くくらいありとあらゆる現象を表現していた。今でも躍起になって古代の遺跡を掘り起こす意味がわかる。検証することぐらいが関の山の今世紀に真実などないからだ。進化しているどころか、どんどん退化していると考えたほうがいい。
 科学技術の発展とかいうが、原発のように厄介なものをそこらじゅうに作って後のことは知らんぷり。医学もしかりで、けったいなワクチンや薬を作ってますます病人をうみだし、人を恐怖の虜にして後は責任放棄。結局のところ何かに頼らないと生きていけない人間をますます生み出している。 品物の山の中で生活したら病となりゆくゆくは癌になる。この字の構成を見てもいかに先人が尊い智慧を持っていたかが伺われる。そろそろ後ろを振り返らないと、自分の立ち位置まで分からなくなってしまうに違いない。
 今から12年前はちょうど2001年、宇宙の旅ではないが21世紀を迎え、少なからず期待に胸を膨らましていたときと記憶している。しかしどんな出来事があったといえば、日本で始めて狂牛病の乳牛が発覚した年だ。食への不安の始まりだった。そしてだれもが最も鮮明に記憶しているのがアメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ事件)。日本では自民党をぶっ壊すといって小泉首相が誕生し、自分の言葉で語る総理として庶民に親しまれ、国会テレビ中継の視聴率も大幅にアップした。その高い支持率を背景にして湾岸戦争に加担していった。明るい未来どころか、ここから世界に火種は飛び散った。 振り返るほど暗い話しばかりが目につく。新年早々の話しには相応しくないかもしれないが、これから先は、いかに一人ひとりが自立した考えを持てるかどうかにかかってる。今までに得てきた知識を一度消去するくらいの構えがあっていい。マスコミやメディアが作り上げたシナリオに躍らさずにすむ。常識と思っていたことが実は非常識なんていう話しは今後ますます増えるだろう。所詮私達が得ている知識の大半は、ここ200年程度に過ぎないからだ。本当のことは、古きを温めてこそ、新しいものが生まれるはずである。
 巳年の「巳」(み、し)という字は、胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚めて地上にはい出す姿を表しているとも言われ、「起こる、始まる、定まる」などの意味があるという。餌を食べなく
ても長生きすることから神の使いと崇められたそうだ。神が体の中を走る神経ならば、少しは自分の体を労るだろう。
「少食の者には死病の苦しみや長患いがない」「人格は飲食の慎みによって決まる」水野南北
耳に痛い言葉だが、健康でいる大切さを年々痛切に感じる。

今年の皆様のご健康を祈願します。
本年もよろしくお願いします。 

第3回設楽ダム公開講座 2012.11.30

 蒲郡で行われた設楽ダムの公開講座に行ってきた。10月にその講座があることを知って今回で2度目の参加となる。会場は空席がポツポツとあったが、200人近くは来ていただろう。参加者を見渡すと男性の高齢者が圧倒的に目立った。その一方で女性は数えるほど。前回も含めて、河川全域、そして海や川に与える環境の問題のはずが、その無関心さに愕然とさせられた。原発の事故以来環境事業に関する目が厳しくなったはずである。ダムなどその最たるものではないだろうか。身近な食品にはあれほど神経をとがらせていながら、なぜそれが生産される環境には無関心なのだろう。ダムを作るということは一つの村が水没し、新たな人工的な川によって生活用水が確保される反面、川底の環境や、その汚泥が豊かな海に影響をおよぼすということは過去に何度も言われ続けてきたことである。その環境を壊してまで、果たして今の我々の生活用水のためにダムが必要なのか。行政が口をだすのではなく、地域住民及び周りの一人一人が考えることである。原発と同じで出来上がってしまった後からどれだけ叫んでも、昔の自然はもう戻ってこないのだ。一握りの知識人にそんな重要なことを押し付けて、今までと同じように知らん顔ができるだろうか。 全国の干潟の半分近くが埋め立てや開発で失われている。三河湾沿岸の干潟も1,200haもの面積が1970年代の開発によって消滅したそうだ。その面積たるや中部国際空港2個分に当たるという。今回の講座は、そんな干潟に生息する小さな小さな生物に光を当てることによって、環境と命の大切さを考えるものだった。
 第一部は名城大学大学院総合学術研究科特任教授 鈴木輝明氏「二枚貝類の水質浄化機能と豊川河口域における大量発生の仕組み」。そして第二部が株式会社京北スーパー相談役の石戸孝行氏「しじみから教わること」。この小さな二枚貝類の働きを通して見えてくるものがある。これらが生息する干潟の働きは、海の水質汚染の原因となる窒素やリンなどの有機物を分解する上、赤潮の原因となる植物プランクトンを摂食する。海をきれいにする天然の浄化フィルターといったところだろう。しかも一切お金がかからない。そして分解した排泄物がこんどはアマモなどの海藻の養分になる。その海藻に魚が寄ってきてすみかを作り、植物プランクトン等を摂食する。今度はその魚を目がけて野鳥などが飛来してくる。見事なバランスで海を豊かな環境にしているのだということを、今日あらためて学んだ。本来、上流の森や中流の平地からさまざまな栄養分を干潟に運んでくる川が、ダムの建設によって一体どうなるのか。専門家でさえ干潟に与えるダメージは予測ができないという。しかしひとつ言えることは、一度失われた自然の干潟を再生する技術など、我々人間は持ち合わせていないということである。
 原発の事故以来、海も山も汚染されて危険と騒いでいる。しかしどれだけ騒いでも、事故以前の環境は戻ってこない。それよりこれ以上、未来の世代に汚染を残さぬように努力することが現在、この地に生きている人間の役目なのではないか。
 今の医療もそうであるように、人間がなにか手を出すことでますます自体は悪化することのほうが多い。ましてはダムは、戦後最大の災害に備えてなどという言い回しが、そもそもおかしいのである。自然には人間が無力であるということは、昨年の震災でよく分かったはずだ。それでも懲りずに自然に歯向かうほうがどう見ても不自然なのだ。そして人間が手を入れたものは、釜石湾の世界最大水深の防波堤のように簡単に崩れてしまうのである。
「すべての病気はかかったあとで治すより、かかる前に予防するほうが容易である」(イギリス海軍医ジェームス・リンド)会場で石戸氏が語ったこんな言葉が胸に響いた。

被爆を超えて2012.10.31

 一度ブログで紹介した内容を、もう一度書き留めたくなった。それは9月末に行われる東京でのイベントに行くことを決めて連絡をしたときのことだ。ちょうど同じ日に平賀佐和子さんの講演会があると教えられた。被爆体験者という以外、あまり詳しいことを知らなかったのでそちらも参加することにした。10時から始まるため7時台の新幹線に乗らなければならない。まだ刺すような日差しでうっすら汗がにじんでくる中を急いだ。
 現在76才とは見えない若々しい姿が会場にあった。とても被爆した人とは想像がつかなかった。過去に見た痛々しい写真をつい思い出してしまう。幸い軽い被曝で済んだのだろうか。しかし話しが進むうちに被爆の惨状が生々しく語られ始めた。原爆被災者となったのはまだ9才の時だったそうである。爆心地から2km以内のところで被曝し、その爆風で中二階までふっ飛ばされたらしい。気を失って気がついた時には周りは火の海で、しかも爆発の熱で周りの家々が自然発火していくというのだ。想像もつかない灼熱地獄の中、よく命があったものである。半狂乱になりながらもようやく家にたどりついたときは、衣服も焼け焦げ全身大火傷の状態だったというからいかにその熱がすざじいものだったか。その火傷を癒すために水をかけるとあっという間に水ぶくれになり、その水泡が膨れ上がって体からはみでるくらいただれたという。それがやがては膿みだし、体中に蛆がたかってその蛆を取り出したことを他人事のように冷静に語る語尾に憎しみや苦しみの感情はこもっていない。しかし坦々と話すから逆に身震いがしてきた。やがてその火傷跡はケロイド状に黒く盛り上がったそうである。家を失ったためにその後父親の里に落ち着いたが、被曝の姿に馴染みのない疎開先でその姿に対するイジメがあったというから何とも切なくなる。自分がその立場だったら、果たして真面に命を守り続けられたかどうか自信がない。平賀さんの前向きな所は、そんな境遇の中でもこの恐ろしい原爆について知るために広島大に進んで放射線のことについて学んだことだ。その後、高校の物理の先生になったことから一転して運命が動き出す。先輩の先生から誘われたのが桜沢如一氏の講演会。肝臓の働きまで悪化しはじめて、顔に吹き出物がいっぱい出ていた頃だったそうだ。誘ってくれた先生と桜沢先生に挨拶に行くと、「汚い顔だね~」さらに、「このままだと、3年以内に死ぬよ」と言われたというからあまりにも強烈だ。しかしそれを聞いて実践したのが、七号食(玄米とごま塩のみ)。味噌汁も飲まず、通常10日くらいで一区切りするところを一ヶ月続けたという。すると奇跡的にケロイドが癒えていき、体がどんどん軽くなっていくのが分かったと、その時の変化を話された。これしかないと思って続けた結果が、その後同じ学校の教員の人と結婚し、お子様7名、お孫さん14名の大家族を持つに至った。食生活は今でも玄米にお漬物、季節の果物程度だそうである。それが何より美味しいと語った。
 不思議でならなかったのが被災された直後のこと。全身大火傷を負ったにもかかわらず軌跡的に助かったことだ。その時のことを振り返ってお話しされたことが大変重要なことだった。当時、配給されたものが梅干が入ったおにぎりだったそうである。その中でも梅干しをやたら欲しがり、いつも余分に梅干しを分けてもらっては口にして、その種を割って仁まで食べたそうである。極陽性で排毒作用のある梅干しを食べ続けたことで、放射性物質の極陰性を中和してくれたのではないか、体験したから説得力のある言葉だった。
 本来なら生育を促す放射線。何でも過ぎたるは及ばざるが如しで、多量に浴びたために生命の危機に晒された。そのとき塩を含んだ梅干しによってその命が守られた。本能が自然に欲するもの、ホメオスターシス(体内恒常性)に素直に従ったために命が救われたのだ。そしてその柱となる食事がいかに大切かということは言うまでもない。

設楽ダム連続公開講座に参加しよう2012.09.27

   先月中旬のこと、久しぶりに来店された会員Hさんからイベントの案内を何枚か頂いた。その中の一枚が設楽ダム建設の是非を問う講座だった。このダムの話しはかれこれ20年以上前から聞いていたが、今さらダムの時代でもないので立ち切れにでもなったと思っていた。しかしその読みは甘かった。私が知らなかっただけで粛々と建設のための工事が進められているらしい。政権交代のために一度は凍結された事業だったらしいが中止ではなかった。そのためまた息を吹き返したのだろう。この講座も事業を広く県民に知ってもらった上で、納得行く形で工事に踏み切るという見方もできる。では果たしてこの講座のことを県民は知っているのだろうか。地元のダムの建設場所に近い知人に尋ねてみたが、そんな話しは全く知らなかったという。告知はどのようにしているのだろうか、県のホームページで設楽ダムについて検索すると、設楽ダム建設事業についてというページに行き当たった。その内容を転記する・・・
  「設楽ダムの建設を促進します~東三河地域の安心・安全と継続的な発展のために~ 国が設楽町で建設を進めている「設楽ダム」は、利水・治水の両面から東三河地域に安心・安全をもたらし、地域が継続的に発展していくうえで不可欠な施設であり、県政の最重要課題の一つと位置付けて取り組んでいます」
 という具合で、建設ありきである。水源地振興に書かれている内容などはまさしく箱物行政そのものだ。まだこんなことをしているらしい。肝心な告知に関しての記載は見つかったが、これを広く県民に伝える努力をしたのだろうか。そのあたりの疑問を関係者に尋ねたところ、告知する広告の経費さえ出てないという。あきれた講座である。だれも知らない講座なのだ。逆に知ってもらっては困る講座なのかもしれない。一部の関係者だけが知って、一通りの講座を終えて手打ちにしようということか。まさしく建設ありきなのである。しかし肝心なそのダムの有効性についての歯切れが何とも悪い。利水、治水も現状で十分まかなわれている。山河を削って、長年住み慣れたところを離れる人を生み出す事業のどごが安全と安心の継続的な発展なのか。
 建設中止を訴えるホームページに、このダム計画について詳しく掲載されていたので一部を下記に転記したい。
  「・・設楽ダムの主目的は、治水でも利水でもなく、不特定容量(流水の正常な機能維持容量)であることがわかる。この6000万m3をどのように使おうとしているのか、事業者は次のような説明をしている。「豊川水系宇連川の大野頭首工(豊川用水の取水堰)下流で川の水がなくなる断流が生じているので毎秒1.3 m3の維持流量を確保する、また豊川の中流部にある牟呂松原頭首工下流の河川流量が少なく、現状の毎秒2m3より5m3に維持流量を増やすことが必要である。主としてこの二か所について、流水の正常な流量を維持するために、ダムで水を貯める必要がある。」こうして、川に水を流すために巨大ダムを造って水を貯める(流水を溜まり水にする)というのである。堆砂容量を除いた有効貯水容量9200万m3の65%、さらに洪水調節容量を除いた利水容量7300万m3の実に85%に当たる6000万m3が、『流水の正常な機能維持』のための容量という前代未聞のダム計画である。」
 今どき、流水の正常な機能維持のために貴重な自然を破壊し、膨大な税金を使う事業をするだけの目的なのか、公平な告知のないこの講座に参加してみたいと思う。

日時:平成24年10月6日(土) 午後1時から午後4時まで 
会場:愛知県図書館 5階 大会議室  (名古屋市中区三の丸1-9-3)定員:250名
テーマ:設楽ダムは何のため?  
 講演1 国土交通省中部地方整備局 久保宜之氏「豊川水系の治水・利水計画と設楽ダム事業について」
 講演2 京都大学名誉教授 今本博健氏「ダムの治水機能について」

参考サイト 設楽ダム連続公開講座 第2回とよがわ流域県民セミナーの参加者を募集します

       設楽ダムの建設中止を求める会

リマ中級クラスに参加して2012.08.30

 ちょうど昨年のお盆の時期に、マクロビオティックの料理法を一から学ぶためにリマクッキングスク
ールの初級講座を大阪で受けた。料理は五感でするものだということを教えられた。貴重な経験をさらに活かすため、今回は東京で行われた中級の集中講座に参加することにした。お盆を挟んでの6日間で、店のお盆休み中は、心優しいスタッフが入れ替わりで愛猫のあいちゃんのご飯の面倒を見てくれたので心置きなく参加できた。全国から集まってきた生徒は約30名、宮崎県や北海道からも参加者がいた。男性はその中で3名、お二方は私よりさらに年令が上の方だった。1日2講座で1講座は3時間。長いようだがその30名の料理を作りながら、一方では手当て法の実演がある。それが各講座で同一進行していくため気を抜いたら何をしているのか分からなくなる。だから講師の先生も真剣である。生徒を目配りしながら各テーブルの火加減や進行状況などを目で追っている。すごい集中力だと思った。こちらも感心しているどころではない。料理の実演をする人、その料理に使う野菜を用意する人など自由に行動できるため、興味のあるところに顔を出しては練習しないと何も身につかない。頭で覚えたことと体験するのは全く別物である。それぞれの野菜が違うように、触れて体で覚えないと身につかない。火加減一つとっても鍋が温まるとはどの程度をいうのか。実際に触らないにせよ火元近くまで手を持っていって熱の具合を感じないと何も分からないのである。こういう普段しない刺激が大いに脳を活性化したのだろう。運動を普段しない人が急にすると筋肉痛になるように、いつも使っていない頭の部分を使うので、脳みそ痛?のような頭がボーっとした状態が続いた。
  だんだん年を取るにつれてやったことのないものに対して臆病になる。同じ刺激の中で生活するほうが楽に決まっている。しかしそんな楽な生き方もそろそろ終わりに近づいているような気がする。もはや年令など関係なく、生きるために何をすべきかということを目の前に突きつけれられているように思うのだ。世界で起こっているさまざまな紛争もだんだん煙幕から正体が見え隠れするようになった。所詮は先進国のアメリカをはじめとする国々のエゴがその国をかき回し、情報を錯綜させ、あたかもその国をテロの国家か、独裁国のように仕立て上げ、世論という無関心な正義を旗印にますます紛争を混迷化させているだけではないのか。
  東京の夜の街を歩いて、その巨大都市が暗いのには驚いた。震災以降の節電が徹底して行われているからだろう。一方で名古屋の明るさは何なのだろう。距離が離れたら関係ないのか。このあたりが意識の格差である。その格差が情報格差を生み、何も考える必要のない環境を作り出しているのではないか。東京の暗さは、節電などあたりまえにできることの証明だ。全国でやれば原発だけではなく、火力発電所を含めて使う必要のないものがどんどん出てくるに違いない。いつしか電力というパワーの魅力を傘に寄り集まった産業界、家電メーカーや住宅メーカー、自動車関連など、もはやこれら大企業のマスによって日本の行く末は決められようとしている。それを証拠に、消費税率引き上げや、国の行ったエコポイントなど、それらの企業を補助金、言い換えれば私たちの税金で買い支えただけの無意味な政策を見ても明らかである。一方で買う側の問題もある。考えることなく買うことがそれら企業の下支えとなっている。身の回りのあるものを見渡してみると意外なものを発見する。それくらい広告媒体の影響は大きい。使っていない品物の多いことなどは買う側の意識である。消費者の立場からモノを申すことをすることなしに、物事は何一つ変わっていくことはない。混迷な時代を生き抜く知恵とは、身近なものに対して意識を持つことではないだろうか。あまりにも無関心すぎたのだ。
 尾張の英傑もこう言っている。「敵は本能寺にあり」と。

原発のない夏に・・・2012.08.01

 ちょうど昨年の今ごろお便りで書いたことを思い起こしている。まさしくそれが意外な地球温暖化の原因の一つだと今さらながら確信している。知らないこととはいえ、なぜこのようなことがことが問題にされずに放置され続けられてきたか不思議でならなかった。いや今だに放置され続けているといったほうがいい。それは友人とのひょんな会話から知ったことだった。昨年の内容を一部ご紹介させていただく。......昨年の5月に運転を停止した浜岡原発に話しが飛んだときに、釣好きな彼ゆえ浜岡という言葉に敏感に反応した。そこは絶好の釣りスポットらしい。どうしてかと聞くと、原発から出る温排水で海一面が湯気で真っ白になるそうだ。その温かい海水のおかげで越冬できたメッキでGTクラスという大きさを釣り上げるのが醍醐味のためだという。聞き流すような話しの中で、気になったのが海に捨てている排水だった................。
 原子力発電所で生み出される熱はおよそ300万キロワット。そのわずか3分の1だけを電気に変えて残りの3分の2を捨てている。その捨てているところが海である。1秒間に70トンの海水を原子炉の熱を冷ますために発電所に引き込み、海水の温度を7℃も上げて海に捨てている。しかも配管に貝などが付着しないように使用する化学物質の塩素や過酸化水素も一緒に捨られているのだ。その流量が、なんと日本全国の原発54基で換算すると、年間1000億トンにもなるという。全国の河川の流量が4000億トンというからその膨大たる量や想像するに恐ろしい数字である。そんな状況が震災が起こる昨年まで当たりまえのように行われてきたのである。これを温暖化の原因と言わずに、何を原因といえるだろうか。そしてこの構図はわが国の生活スタイルと近似している。湯水のように電気や水を使い賞味期限が過ぎたものは何の心痛もなく廃棄する。食糧廃棄などは5800万トンの食糧を輸入しながらその3分の1を捨てているというのが現状だ。まるで世界最大の廃棄国である。貴重な資源を無駄に遣い、廃棄の代償が、温暖化や海の汚染にもつながっていたと見るのが普通ではないだろうか。
 震災以降、原発への不安から1基のみが現在稼動している状態である。あれだけあった原発が一度はすべて停止してしまったのだからそれがなくてもやっていけるということを証明したのである。それも急な災時を乗り越えて達成できたことだ。努力を惜しまない国民性を少しは誇っても良いと思う。ところがそんな美談には蓋をして、電力不足の不安を煽り立てるメディアと経済界、そしてそれに便乗する邪な政治家にはあきれて物が言えない。全国で行われているデモを見ても分かるように、反原発の波はうねりを上げて広がっている。どうみてもこれ以上の再稼動は不可能だろう。ましてやこの無尽蔵に海に捨てられている温排水について、何かもっともらしい答えがあるとでもいうだろうか。
 今年も容赦のない夏の暑さが襲ってきている。我々の性根を試されているようだ。クーラーを切るなども一つの方法だが、くだらないテレビを消したほうが遥かに省エネらしい。これはいろいろな意味で
一番効果がありそうだ。原発をなくすためにまずテレビを消そう!

参考資料:DAYSJAPAN2011年8月号「小出裕章の放射能の話」

反骨のコツ2012.06.30

 東京大学の准教授で音楽家そして指揮者でもある伊東乾氏を知ったのは昨年の震災後のこと、ネット上に掲載されていたコラムに目がとまったのがきっかけだった。以前もこの経緯について書いたことがあるが繰り返すと、当時の原発の状況を、知りうる限りの情報の中から精査して、正しく怖がることの大切さを伝えていた。メディアではえせな学者をとっかえひっかえ使って、なるべく安心させようをしたため、かえって見る側の不安をあおる結果となった。混乱する中で一番必要なことは何か。現在の状況を、できるかぎり正しく知ることだ。その簡単そうで難しいことを、ネット上で、そしてリアルタイムでツイッターで、許す限りの時間を使って発信していたのがこの方だ。それ以来、親しみと尊敬をもって記事を拝見している。また、その方の著書も取り寄せては読んでいた。その中で、とても人事ではないと感じたのが「反骨のコツ」という本にある内容だった。刑訴法生みの親である団藤重光氏との会話形式で書き下ろされたその本は、裁判員制度から死刑制度まで、刑法を軽くあしらうことのできないとても重い責任があることに気づかされた。先月、98歳で亡くなられた団藤氏を偲んだ記事が中日新聞にも大きく掲載されていた。中から少し抜粋させていただく。
  「人殺し!」という叫びが、「刑法の父」と呼ばれた法律家の生き方を変えた。一九七六年に開かれた殺人事件の上告審判決。二審の死刑を支持する判決を最高裁小法廷が言い渡し、五人の判事が退廷する時に傍聴席から声が上がった▼直接証拠はなく一貫して否認だった。状況証拠は犯人を示しているように思えたが、陪席判事だった団藤重光さんは「本当にやったのだろうか」と引っ掛かっていた▼傍聴席からの罵声ぐらいでは驚かないが、確信を持てなかっただけに胸に突き刺さった。この経験が、立法で死刑を廃止するしかないと考える転機になった。
 人間は人間に「死になさい」とは言えない。その単純な事実に、自分が死刑宣告をする立場になって、初めてはっきり気がついたという。とても重い話しだが、裁判員制度がある以上、この重い宣告を一般の国民にも負わせることになるのだ。元最高裁判事も人間、そして裁くのも人間なのである。 それに引き換え今行われている裁判はどうだろうか。警察から送られてきた事件を起訴するかしないかを決定する検察が勝手に事件を作って犯人に仕立てたり、名張毒ぶどう酒事件では、審理は無罪から死刑、再審開始決定から取り消しへと司法判断が大きく揺れて半世紀に及んでいる。それでも名古屋高裁は、奥西死刑囚の再審開始決定を取り消した。本来、証拠を示す立場の検察が、それを隠して公表しないなど、税金を使った詐欺行為と思われてもおかしくないことが平然と行われている。そんな非正義が横行する中で、人が人を裁くということは本当に大変なことである。それが他人事ではなくなってきたのだ。一度じっくり一人一人が考えるときがきている。反骨のコツを学ぶのに今が良い機会だと思う。おすすめの一冊である。

参考著書 「反骨のコツ」朝日新書 團藤重光 伊東乾著  中日新聞 中日春秋
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