ヘルシングあい便り

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永ちゃん健在!2014.05.02

 踊る大捜査線での青島俊作の名台詞が頭に浮かぶ。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」
 このごろメディアを騒がせている話題といえばSTAP細胞を巡る理化学研究所。そしてまたかと思うのがトップが責任を取らずにあやふやな説明に終始する場面だった。48年ぶりに釈放された袴田さんについて裁判官は、「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことといわなければならない。拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない。一刻も早く袴田の身柄を解放すべきである」と釈放を命じた。決め手となった重要証拠が警察が捏造した以外に考えられないという。
この問題は誰が責任をとるのだろう。過ぎた過去の話しではない。再三再審請求をしてきたのだ。この事件に携わった警察、検察、そして裁判官も含めて粛清するのが物事の道理ではないか。それができなければ法治国家とは程遠い独裁国家と言わざるをえないだろう。隣国のことなど言えた義理ではない。
  一昔前まで会社組織であれ何であれ、トップに昇るには人格者なのが当たり前だった気がするが、ここ最近特に質の悪い人間がトップに座るようになった。今の総理大臣ですらしかりで、オバマ大統領の来日早々寿司屋に連れて行って友好の証とでも思わせたかったのだろうか。全く真剣味が伝わってこない。国家の重責を軽んじている面々が、ますますこの国を暗い闇へと引きずり込もうとしている気がする。
 数ヶ月前にネット上で矢沢永吉氏の記事を見て、何かの折にご案内したいと考えていたが、是非この機会にご紹介したい。永ちゃんこと矢沢永吉氏は、我々の少し前の世代ではヒーローだった。そのカリスマ性は、薄っすらとしか感じることがなかったが、数十年経った今でもその輝きを失わないでいる。その輝きの秘密がこの記事に垣間見ることが出来る。

 矢沢永吉「原発関係者全員 誰もケツ拭かない国に明日があると思いますか」
 「僕は中小企業の経営者が、いちばんまじめに生きてるんじゃないかと思う。大企業や国家が今いちばんヤバいのは、自分でケツを拭いていないってところ。誰かがどうにかしてくれるだろうとか、みんなで渡ったら怖くないとかってことの成れの果てなんじゃないですか?
 生き方も含めて全部そう。何かがあったら、中小企業のウチなら、僕がケツ拭かなきゃいけない。ここのところをもう一回、ひとりひとりのレベルまで持っていけたら日本に助かる道はあると思います。でもこれ、なかなか難しいですよね。」
「今回の原発関係者全員、誰もケツ拭かない。みんなで渡ってるからケツ拭かない。犯人がいないから。これ、官僚がそういう仕組みを作ったのかもしれないけど、ケツを拭かない国家に明日があると思いますか?中小企業は本気です。なぜか?法律違反したら本気で潰されます。行政処分で潰される。金がなかったら、金をかき集めてこなければいけない。それができないなら首を吊らなければいけない。中小企業は最後に自分でケツを拭かなければやっていけないんです。それなのに国家、大企業、官僚、銀行はどうなってるんですか?」
矢沢永吉(ローリングストーン日本版8月号P35より)

ソチへの旅(2) 2014.03.30

 5泊8日の旅を終えて成田空港から京成ライナーで上野へ向かう車内、窓越しにぼんやり景色を眺めていると不意に体がジーンと熱くなってきた。旅の疲れかとも思ったがそうでもない。何の変哲もない町並みや田畑、古びたお寺が目に入っては通り過ぎていく。遠くの山々が青々として、小さな川でも生命が湧き出るような強さを持っている。今回の旅で感じたことを、帰ってきてから気付いたようだ。何と日本は自然が豊かで瑞々しい国なんだろうということを。ロシアという広大な国の中で贅沢なリゾート地として賑わうソチに行ってきたはずなのに、日ごろ目にする景色に心が落ち着くのである。

 ソチで宿泊したのは黒海に面して建てられたホテル。一面海が広がっている。さぞかし気持ちのよい景色のはずが、いくら見ても心が踊らない。カフカース山脈を見渡すスポットはたしかに絶景だったが、周りの樹木にその息吹を感じない。鉄道や道路建設のために湾曲した川が上流に続いていた。それにそって走るバスの中からいくら眺めていても、ただ水が流れているような味気ないものだった。 情景というのは、命の繋がりがあってこそ人の心を高揚させるものらしい。冬でも7時頃には太陽が上り、四季折々に寒暖差と適当な雨量に恵まれたわが国は生命の宝庫なのである。だからこそ山の景色も無数の樹木が入り交じって人の目を和ませる。多くの生命が生まれた山からの養分で、川にも生命が宿る。
 今回の旅は、こんな当たり前のことを気付かせてくれた。 世界の実に8割以上で水すら飲めない。太陽だってソチで日が昇るのは8時半を過ぎていた。この時期モスクワではマイナス30℃になるという。今年はマイナス2℃で暖冬らしいが、そんな土地では農作物すらできない。このように世界のあらゆるところで生きるために厳しい環境と戦っている。そんな一方でわが国はどうだろう。豊かな土壌で生産された食物だけでは飽きたらず、食品の半分を海外に頼り、その半分近くをゴミとして捨てている。その処理費用だけでも2兆円にのぼるという。豊かさゆえにその有り難みを忘れ、豊富な資源のある国をゴミの島へと変えようとしている。これ以上の大罪はない。
 「我足るを知る」という言葉があるように、この国にいるだけでもう十分すぎるほど恵まれている。それなのにこれ以上何を求めるのだろうその欲こそがこの国で生まれた我々に課せられた十字架なのではないだろうか。すでに満たされていることすらわからず、餓鬼草紙のようにこの世をさ迷い続ける民族になってしまうのだろうか。
 
 今年も桜が開花の時期を迎えた。美しい自然の情景は、人々に見返りを求めない。そんな生き方をしていたのがこの国の本当の民だったに違いない。
 「私は地球上にこのように謙虚にして品位ある国民が存在することに深い感銘を受けた。私は世界各地を旅行してきたが、いまだかつて、このような気持ちのよい国民に出会ったことがない。日本の自然や芸術は美しく、深い親しみを覚える」(アルバート・アインシュタイン)

ソチへの旅2014.03.01

 店のスタッフに後押しされたことと、この店を引き継いで以来、時には優しく、時には厳しい目で励まし続けてくれた方のご厚意が重なって、一週間という長期休暇でオリンピックが開催されているソチへフィギュア応援ツアーに行ってきた。このような話しはするつもりはなかったが、実際にこの目で見てくると一言つい書きたくなった。お許し願いたい。申し込んだ時には既にキャンセル待ちで10番目、諦めかけていた年末の忙しい最中に旅行会社から連絡が入り、急きょ行けることとなった。そのツアーに参加したメンバーは35名で人気があったために増便した気がする。というのも行きの飛行機はソチ入りするのにイギリスとモスクワをそれぞれ経由したため約30時間かかり、しかも到着してすぐ観戦チケットを入手するためにチケットセンターに直行し、その後ホテルにチェックインして1時間後に観戦に出かけるという超過密なスケジュール、経由地で何かあったらどうなったことやらの強行軍だったからだ。
 オリンピックというものに初めて足を運んで感じたのがスボンサー広告の凄まじいこと。それは町全体を覆っていた。会場内ではクレジットカードはVISAしか使えないし、飲食にいたってはすべてコカコーラが支配していた。宿泊したホテルのテレビ、駅のエレベーターなどはサムソン電子の文字。意外に三菱自動車を多く見かけたが、オリンピックのロゴをつけて走っているアウディーがやたら目立った。日本のスポンサー企業を探してようやく見つけたのが現地スタッフが着ているパナソニックのロゴがついたジャンパーくらいで、その宣伝にいたっては宿泊中のテレビでも見ることはなかった。
   「この辺りはオリンピックが決まるまで何もなかったんです。すべてオリンピックが決まってから作られました。鉄道から施設の建設が7年前から始まったんです。(マリオットホテルを指さしながら)あのホテルも開会式の3日前に完成しました。約束は守ったでしょう?」流暢な日本語で、現地の人が説明してくれた。クラスナヤ・ポリアナからリフトで登って行くと、雪をかぶったカフカース山脈は日本のアルプスを思わせる絶景のスポットだった。そこは今も着々と工事が進んでいた。この辺りはスキーリゾート地として今後も賑わうかららしい。オリンピック会場に話しを戻すと、千人以上は入る一番大きな食堂は、仮設といった感じの薄暗いほったて小屋で、べるのに終始行列に並んで30分以上はかかった。そして会場の隣には巨大なテーマパークが建設中である。どうせならオリンピックに合わせれば良かったはずだ。腑に落ちないからこの会場がその後どう利用されるのか聞いてみたところ、なんとF1のレースの会場になるという。道理で合点がいった。今後の利用方法も決められているのだ。無駄なところには一切お金をかけない。合理的なロシア人の感覚は見習うところも多い。一方日本にそんな金と時間の余裕はあるのだろうか。
  肝心なフィギュアスケートの話しは、日本時間の朝方にご覧になられた方々も多かったはずで、長くなるので省かせてもらうが一言、ショートプログラムの最後に浅田選手が滑り始めたのは現地時間で午後11時頃だった。健全なスポーツにしては遅い時間で、どちらかと言えばショータイムと言った感じだ。ソチの日の出は日本よりかなり遅い。8時半を過ぎないと明るくならない。そして日没は遅いときている。そのため生活スタイルに2時間ほどのタイムラグがあるのではないか。そうでなければ開始をわざわざ午後7時にしないのでは。この時間設定は日本では考えられない。選手のことよりも観客や視聴率重視のお祭り騒ぎ、これもオリンピックの傾向と思えてならなかった。競技を超えたところでも選手の戦いがあるということだ。行ってみて分かる。状況はみな同じとはいえ、そこで力を出すことの大変さを身にしみて感じた旅となった。

金メダルへの挑戦2014.01.29

 東京都知事選に細川元首相が出馬して以来、俄然世の中が面白くなってきた。脱原発を旗揚げに、この細川、小泉という二人の元首相がネット上のユーチューブで有権者に訴える姿を見て、久しぶりに胸が熱くなった。政治家という鎧を脱ぎ捨てて、素の自分をさらけ出しながら語っている姿があった。3・11以来、日本は原発事故で窮地に立たされている。いよいよ崖っぷちに追い込まれたわが国は、本来こういう姿で物事に取り組まなければならなかったはずだ。地震や津波の災害が問題ではない。事故の収拾の目処がつかない現状がありながら、それに目を背けるメディアや政治家ばかりだから非難の声が世界中で拡大しているのだ。それを蔑ろにしてまた原発を再稼働しようとしている。しかも今の政権はそれでも安全だと言いながら世界各国に原発を営業に歩いている。正気の沙汰とは思えない。それに反旗をあげたのが小泉氏であり細川氏だ。きっとその声は十分有権者に届くだろう。一国ほどの大きな利権が集中する東京だからこそ大きな意義がある。9日が新たな政変の幕開けになることを期待している。因みに生活の党の小沢一郎氏も早くから細川氏を応援することを表明している。だれが当選するか顔色をうかがう政党ばかりの中で、やはり彼は筋の通った政治家だと思った。
 今回のテーマから離れていきそうだがそうでもない。好きなアスリートを挙げろと言われれば、即座にイチロー選手と浅田真央ちゃんと答える。この二人の姿勢には何か共通点を感じるからだ。この時とばかりはNHKに感謝する。過去に放映されたNHKスペシャルなどの番組を見なければその人となりを感じることができなかっただろう。間もなく始まるソチオリンピックは彼女にとってバンクーバー以来のリベンジの試合になる。遙か4年後を見据えて練習に打ち込んできたわけだが、一言で4年といってもその月日たるや大変なこと。健康管理一つとって考えて見たら分かる。好きなことや物よりも体調が優先される。自分の体に今何が必要かを分かっていなければ、大切な試合にベストな状態で望むことなど出来るはずがない。その上好感度ナンバーワンのアスリート。メディアが視聴率稼ぎに躍起になるのも無理のない話しだが、それだけ大きな重圧があの小さな肩にのしかかることを意味する。そんな中で自分の満足いく演技を追い求めるというのは想像すらできない。
 NHKスペシャル「金メダルへの挑戦」の番組の中で、そのカメラレンズはここ数年にわたって彼女を追いかけていた。そこに映しだされたものは、素でひたむきに自分の限界に限りなく挑戦する姿だった。味方千人敵千人とはよく言ったもので、敵は世の中に無数にいるはずだ。しかし一番最大の敵は自分自身なんだと、言葉に出さずともそれを教えてくれていた。
 いよいよ始まるオリンピックに心からエールを送るとともに、年の変わり目に新しい希望の風が吹くことを願ってやまない。

少食の魅力2014.01.01

 毎年、年の初めに一回前を振り返る癖がつきはじめた。その時一体自分はどんなことを感じていたのか。お便りもかれこれ書き続けて17年?この数字に我ながら驚いてしまう。12年前はおすすめの本として群馬健康会館の西本先生と宇津野先生が書かれた「少食の魅力」を紹介していた。長年保健婦として公衆衛生に携わったお二人だからこそ書くことができた非常に貴重な本である。ご家庭の薬箱のように、一冊は手元において置かれることを再度オススメしたい。
 その冒頭で、マハトマ・ガンジーの「国民への提言」が引用されている。繰り返しとなるが書き留めておきたい。
 「思えば不思議でならないのは、人々は身近なことより遠くのことをはるかによく知っていることです。自分の村のことはほとんど何も知っていないのに、イギリスの山や川の名を空んじています。人々は大変骨を折って空の星の名を覚えているのに、自分の家の中の物事を知ることを値打ちのあることだとはほとんど考えていません。それと同じように人々は、自分の体の構造や、骨や筋肉ができてくる仕組みや、血液がどのように循環し、汚れるか、よくない考えや情欲にいかに影響されるかなどについて、無知であることを恥じていません。体ほどわれわれに密接に結びついているものはないのに、体についてほど無知が深刻で、無関心が徹底したものは他にありません。この頼りなさを克服することはすべての人々の義務です」
 これほど分かりやすく真理をついた言葉があるだろうか。混迷する社会を生み出しているのも、自分自身のことすら分かっていない一人一人に責任がある。自分の責任で病気になっておきながら、闇雲に人に頼って治らなければ人のせい。なぜそんな病気になってしまったのかを振り返ることすらしない。そんなツケが肥大化して、税収が47兆円の中で、国民医療費はもはや39兆円に達しようとしてる。この数字を見ただけでも財政はとっくに破綻してしまっている。そんな状態でもまだ経済優先で、豊かな土地を破壊して金に替える愚行が続けられている。ほとんどの食品を海外に頼って自給できない国のやることではない。原発事故の想定すらしていなかった他人ごとの思考がここでも伺えはしないか。
 腹八分に医者いらずとは貝原益軒の養生訓の言葉だそうだ。江戸時代から今にも伝えられている言葉だからこそ一層重みがある。一人ひとりが病院にご厄介にならないように少食で食生活に気をつけて良い一年を送っていただくことを祈念したい。そうすれば医療費は削減され、周り回って我々の生活も豊かになるはずである。
 ちなみに午年は、「「午」は「忤」(ご:「つきあたる」「さからう」の意味)で、草木の成長が極限を
過ぎ、衰えの兆しを見せ始めた状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の馬が割り当てられたそうだ。人生上りがあれば下りもある。しかしそんな下り坂も、日々のささやかな努力で緩やかな下りにしたり、ひょっとしたら上向きにすることだってできる。
それも今日のまず一歩から。

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

設楽ダムの連続公開講座に行きませんか(今回で第8回目)2013.11.25

  初回の講座は逃したものの、それ以降の6回は全部受講している。年内最後の今回が8回目で、そろそろ議論を尽くしたという口実になるだろう。設楽ダムがテーマのため、会場が豊川流域で行われることも多い。そのため行って帰ってくると半日がかりである。しかし、そうしてまでして参加する価値は十分ある。公共工事のあり方が、この設楽ダムを通して身近になったこと。誰もが決して他人ごとではない。いつ自分の身に降り掛かってくるか分からないからだ。建て前では国民の安全や安心などと軽々しく口に出しながら、裏では大きな利権が絡んでいる。そのために今でも家や故郷を追われる人たちがいるのである。その一つがダム建設だということを受講して学んだ。今現在でも見直し対象となっているダムが全国に143カ所もあるというから驚きだが、過去の検証もせずにどんどん建設が進められているところもきっとあるにちがいない。いまやダムは治水や利水といった本来の目的から離れ、結局は自民党の得意とする道路建設や箱物事業なのである。国借金が1000兆円もありながら、こんな不合理なことが日本全国で行われている。これを我々は日本国民の一人としてどう考えるか。
 設楽ダムは、昭和46年に建設計画が持ち上がって以来42年のあいだ本体工事の建設は始まっていない。その間、確かに流域の方々は川の氾濫や渇水に悩まされてきたのである。しかしそこに住む人たちは創意工夫を持って今までそれに対処してきた。さらに豊川総合用水「地区内貯水池」の運用が平成14年に始まって以来、節水を行うことなく水不足が解消されている。講座最後のディスカッションで、流域に住む一人の農業を営む方が声を大にして言った「何を今さらになってダムが必要なのか!」と。
 民主党政権になって建設工事は一旦凍結されたものの、自民党政権に戻ってその行方はまた不透明になった。公共事業という名ばかりな怪しい事業こそ、我々の無関心が招いたものなのかもしれない。その無関心とは、身に危険が迫りながらもそれでもなお人任せにしている神経のことだと思う。そしてそんな人間に限って、何か問題が起こりようものなら先頭に立って人のせいにする。 原発事故で、我々は無関心だった過ちを痛いほど学んだはずである。脱原発を広めることも大切なことに違いない。しかし今から起きようとしている第二、第三と続く果てしない公共事業に目を瞑っていてい
いのだろうか。いかに我々がここに暮らす地域のことに無関心で、そして何気なく食べている食物のことに対してなど全く考えが及んでいないという事になりはしないだろうか。そんな自分をさておいて、偽装表示のことなどいまさら騒いでどうなるだろう。この国は年間5500万トンの食糧を輸入しながら、その1/3に及ぶ1800万トンを廃棄しているのだ。(※食糧の廃棄率では世界一の消費大国アメリカを上回り、廃棄量は世界の食料援助総量600万トン(WFP)をはるかに上回り、3000万人分(途上国の5000万人分)の年間食料に匹敵。・・政府広報オンラインより)しかも一般家庭からも1000万トンもの残飯が捨てられているのである。こんな国民がまともな食にありつこうなど虫のいい話しと違うだろうか。今一度、自分の血となり肉や骨となるありがたい食物ともっと真剣に向き合えば、それを取り巻く環境にもより関心が向くはずである。環境の破壊は、我々のからだの破壊。それを知るためにも、生命の源である水を育む地域に建設予定の設楽ダム公開講座に足を運んでもらいたい。

稲刈りを終えて・22013.10.31

 なぜか先月の続きが書きたい気分。そのため脱穀から玄米になるまでの過程を報告させていただこう。脱穀は稲刈りから約1ヶ月たった10月中旬に予定されていた。幸い台風の強い風による被害は少なく、稲架掛けから多少稲が落ちた程度で済んだ。藁で括ってあるだけなのに、稲架掛けにしても強風でもビクともしていなかった。生きていく知恵が随所に見られる。
 脱穀は、NPO法人「田舎暮らし支援センター」の石黒さんから脱穀機をお借りして行われた。幸い小池先生のゼミの学生も数名いたために作業が非常に捗った。昔は「みんなが食べるお米だから」という意識で近所の人も手伝うのが当たり前だったのも、食べるまでの工程の大変さを分かち合うところからき
たのだろう。そんな心の豊かさが、今まで日本人の文化を支えてきたと感じる。

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この写真は私が刈った稲を穀脱するところ。歩行型自走式の脱穀機のため、稲架掛けの近くまで脱穀機ごと移動できるため大変便利。乗って作業するわけではないのに運転するには特殊自動車の免許がいるらしい。一人その免許を持った学生さんが運転しながら作業が進められた。稲を回収するのも結構な重労働。その稲から籾だけが剥ぎ取られ、機械に装着されている袋に貯まっていく。たくさんの稲を吸い込んでいく割にはその袋に籾は意外と貯まらない。

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藁がどんどんと積もっていく。それを学生さんたちが結っているところ。この藁は、畑に撒いたり来年の作業に使ったりするため捨てるところがない。結局米作りは廃棄物ゼロという循環型社会の源だということが分かる。
 「手を掛けた田んぼと手を掛けなかった田んぼでは、収穫の差にどれくらいの違いがあったか」がゼミの課題だと小池先生が教えて下さった。先生が育てられた田んぼで比較したところ、手を掛けなかった方は、不良が多く、収穫量では手を掛けた方の約半分だったそうだ。

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脱穀が終わったら、今度は籾摺りである。脱穀機をお借りした石黒さんのご自宅にある籾摺り機をお借りした。私の米作りは周りの方々にお世話になりっぱなしである。しかしそれに気付かせてくれたのが米作り。自分一人は所詮一馬力でしかない。
あれだけあった稲から約80kgの玄米が収穫できた。ささやかながら自給自足への第一歩である。

稲刈りを終えて2013.10.01

 今年の4月から始めた米作りも、あっという間に収穫の時期をむかえた。台風の直撃を受けたものの、倒れた稲穂は水に浸かることなく水面上でこらえていた。山からの湧き水が絶えることなく田んぼに注がれているために、深いところでは膝下まで沈む。そんな足場を気にしながら、稲の束を一つ一つ手作業で刈り取っていく作業は正直身にこたえた。しかも稲架掛けするためにワラでその稲束を括らなければいけないからさらに一手間だ。高齢になると厳しい。だから機械化されるわけである。コンバインで刈り取るほど楽なことはない。そのため人間中心の機械に合わせた田んぼが作られ、そに農薬や化学肥料を使えば、雑草の心配はいらないし、収穫まで眺めていればすむ。そんな田園風景が日本全国に広がっている。
 米作りをして痛感したのが、田んぼというのは生命の宝庫と感じたこと。どんどん生命が溢れてくる。蜘蛛やカマキリ、ザリガニ、トンボやアメンボにキリギリス、カエルやカメやカニまでいる。自然の中で人間が仲介となり、生命の源を作るのが米作りと感じた。生き物が次々に生まれるということは、それだけ環境の浄化に繋がっている。重労働な田起しや田植え、雑草取りや稲刈などの作業は毎日続くわけではない。私などは一週間に一回田んぼに通っていたに過ぎない。それでも、稲がしっかり成長してくれて、一粒万倍の穂をこしらえてくれるのである。さて一体何キロのお米が取れるか見当もつかないが、そんな収穫のことより大切なことをたくさん気づかせてもらった気がする。 田植えをするころになって水草が大発生した。稲がまだ小さいためにその水草に埋もれてしまっては成長できないと不安に思っていた。ところがその水草は絶滅危惧種のものだと教えられた。農薬や化学肥料を使用せずに今年で3年目というこの田んぼで、見事今年その水草が復活したのだ。それは稲の周りを一面被ってしまうため、太陽の光が遮られ、雑草が生えにくくなるそうである。病気が発生するのを気にしながら、薬を撒くが良いか、自然に任せてその恩恵に浸るのがいいか、そう考えると我々のカラダの関係と根は同じである。
 日本人が古くから大切にしてきたものが米作り。そのためそれにまつわる宮中行事や各地の祭り事が多いのも当然のこと。本来は五穀の収穫を祝う新嘗祭である11月23日の祝日も、その名称を勤労感謝の日に改称されたに過ぎない。今年行われる式年遷宮、1300年続く歴史は米作りを継承したといっても過言ではないだろう。そんな我が国が誇れることが、こんな手近にある。
 「米を粗末にすると目が潰れる」と言われたのは子供の頃のことだった。しかしそれからたった数十年でわが国も様変わりしようとしている。本当に大切なもの、その本質を忘れた今の日本人のことを、この言葉は予見していたのではないだろうか。物を粗末にしたものは、命の大切さなどわからないのである。しかし、どんどん再生する自然の息吹を見て、それでもまだこの国は見捨てられていない気もしている。この場所を提供してくださった澤田さんと、休耕田を復活させた名城大学の小池先生に、この場を借りて御礼と感謝を申し上げたい。

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体幹呼吸法クラス5回目に参加して2013.08.31

 福島の汚染水問題が、BBCをはじめ世界各国のニュースになっている一方で、総理自ら原発の販売に世界を飛び回っている。各国に詫びを入れるのが普通だろうに、こんな馬鹿げた芝居をよく出来るものだ。しかもメディアは、それに異を唱えないどころかトピックにしている。どう見ても経済オンリーのイエローモンキーで、我が国の信用は地に落ちたと言っていい。もはや日本の生産品は手にとってもらえなくなる日が近いのかもしれない。世界は3・11という惨劇から復興努力をしている日本を、原発事故という問題はあるにせよ、はじめは温かい目で見てくれていたに違いない。しかし蓋を開けてみれば一度は収束宣言をしたはずの原発がその間でも問題をくすぶり続けていた。しかも今では手に負えない状態になっている。一体この2年以上何をしていたのだろうか。政権の争奪戦に、予算の分捕りあい。この期に及んでも金に目が眩んだサルにしか見えないだろう。しかもその間に、この大きな問題が茶の間でメディアに取り上げられたことがあるだろうか。くだらない番組を流し続け、臭い物には蓋をするという過去にしてきた過ちを今でも繰り返し続けている。そんなメディアを日本人は6割以上が信用しているのだから滑稽である。
 こんなことを書くはずではなかった。毎月やり始めた体幹呼吸法の講座について書くつもりだった。今年の4月から、体幹呼吸法という講座が新たに仲間入りした。体幹呼吸法とは、骨盤や背骨の歪みをなくし、体の幹を養う。健やかな体を保つのに大切なのは、骨盤や背骨の歪みをなくすこと。"体の幹"をしっかりと安定させること。そうすることによって心地よい身体の使い方を身に付けるのが目的。昨年の今頃、この講座があるというのを聞いて参加したのがきっかけで通い続け、最近当店でも開催していただけることになった。
 はじめて参加した時は、体が硬いのは自負していたが、ここまで硬いとは思わなかった。少しの屈伸などの動きで体が悲鳴をあげた。特に一番苦手な股関節を弛めるポーズが多いため、自分の体でも全然言うことを聞かない。簡単にいえば、縦に動いていたものを横に動かせというだけのこと。しかし、それの苦痛なことといったら言葉にならない。動かせる部分だけで不足なく生活ができるため、動かさない部分はどんどん退化していく。それがやがて歪となって骨盤や背骨に支障をきたす。姿勢はどんどん悪くなる。血液循環が悪くなり、やがて病魔が入り込む。
 長い人生だから、せめて心地よい体の使い方をしておきたいものである。そのためには、やはり苦手な部分の克服がいつかは必要になる。しかしどんな苦手なことも、毎日のささやかな努力でだんだんと変化していくものである。そのうち出来なかった姿勢が出来るようになる。毎日配達される新聞を積み上げていくと、一ヶ月もすると膨大な高さになるように、その努力ははじめ目に見えなくても大きな根となり体を支えていくことになる。
 体幹呼吸法5回目のクラスに今回ようやく参加できた。そうしたら皆勤賞の方々の体の柔軟なことに驚いた。姿勢が良くなったら表情まで変わってきたというから不思議である。こうした健康の輪を広げることが、当店の存在意義だとつくづく感じた。だれでも最初はゼロからのスタートであって、一歩足を踏み出す気持ちを持ちたいものである。これは決して若いからとか年寄りだからとかいう年令の問題ではない。自分自身の心の問題である。
一人ひとりが、自分自身に労りを持てば、福島の今のような問題は決して起きないはずである。
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