ヘルシングあい便り

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少食こそ正食2017.01.01

 ここ数年、鼻炎の相談を持ちかけられることが多くなった。若い方から高齢の方まで、その症状はさまざまである。しかしそれらの原因は、自分の体験上、パン食、甘いものや乳製品、お菓子などといった高カロリーなものを間食していて、しかも運動不足な方に多いと思っている。そういうものを食べていた頃はよく耳鼻咽喉科に通った記憶がある。体質なのかと思っていたが、水泳をやるようになってからは全く症状がなくなった。運動するから腹が空く。毎朝のパン食からご飯になったのがその頃だった。しかし今でも食べ過ぎたり飲み過ぎると鼻の通りが悪くなる。そんな体験を説明しながら、とりあえず朝食だけでも抜いてみたらどうかと都度お伝えしてきた。中には実行したらすぐ良くなったとご報告に来てくださるお客様や便通まで良くなったと言う方までいた。乳製品を極力やめて朝食抜きにした方は蓄膿症さえ改善されたそうだ。いかに日頃のちょっとした食生活が、私たちの体に絶えず影響を与えているかがわかる。ちなみに鼻という漢字、もともと自分の「自」だったとか。「目」の「ノ」が先を表しているとのこと。なるほど匂いは敏感に脳に影響を与える。目で見ているより匂いのほうが本能的なことは確かだ。自分を守るために絶えずセンサーを働かせているのが鼻の役割とすれば、鼻炎とは何らかの原因で起こった症状である。それを対症療法で楽して治そうと思っても所詮無理な相談なのだ。
 西式健康法では、症状即療法という言葉がある。今の話しでいえば、鼻炎により鼻水が止まらないなどの症状は、からだが不必要なものを排泄しようとする働きであると捉える。だから、その症状を感じて身体の手助けをしてあげること。つまり朝食を抜いたことで、過剰に体に入っていたものがストップし、その症状が改善されたということになる。自分自身の体の声をもっと聞いて、その手助けさえすれば、健やかな体を維持できるということを教えてくれる格言的な言葉である。
 少食というと、腹8分目に病なし。そんなことは分かっていても中々実行に移すのは難しい。しかしいつまでも若々しく健やかでいたいのは誰もが考える事。それを毎日の少しの努力で可能にすることができる。英語でbreakfastといえば「断食」の状態を「破る」という意味。3食きっちり食べだしたのはまだまだここ最近のことである。食事の量のとり過ぎに、意識を傾けてみては如何だろうか。朝食抜きにすれば、一回の量は同じでも、一食分少なくなるのでこれもまた少食には違いない。
午前4時~正午 排泄のサイクル(体内の老廃物と食物カスの排出の時間帯)
正午~午後8時 摂取と消化のサイクル(食べることと消化の時間帯)
午後8時~午前4時 吸収と利用のサイクル(からだへの同化の時間帯)
つまり食事は、正午から午後8時までの間に2食摂るのが理想である。
 酉年の酉は、ニワトリを指す言葉。人に時を報せる動物。酉の本来の読み方は「ゆう」と読み、口の細い酒壺を描いたもの。収穫した作物から酒を抽出するという意味や、熟した果実を収穫できる状態である事から「実る」を表す。
良いことも悪いことも、実り成就する年のようです。
新しい年を迎えるにあたり、皆様のますますのご健康をお祈りの申し上げます。

参考著書:西勝造著「二食主義健康法」

ケヤキ並木2016.12.01

 店の前に、北は弁天通から南は国道22号線に至る道路沿いの約1kmにわたって100本ほどの大きく延びるケヤキの木がある。樹齢は約42年だそうだ。新緑の季節には葉を大いに茂らせるため、街の景観を美しくさせる。日中は散歩する方や、園児や子供たちの通学路として地元の方々に愛されている。真夏の日差しも、どれだけこのケヤキのおかげでクールダウンされていることだろう。その反面、初冬にもなると、たくさんの落ち葉が路上一面絨毯のようになるため、それをかき集める作業が翌年の1月後半まで続く。竹箒片手に朝から落ち葉拾い、ちょうど今の時期の日課である。
 この場所に移転しようと気持ちが動いたのもこの並木道が少なからず関係している。というのも、以前の店舗は41号線に面したビルの2階だったため、見上げれば名古屋高速道路で空を塞がれ、下を見れば車が頻繁に往来しているというあまり落ち着きのない場所だった。移転を考えながらこの場所に向かうのに、弁天通から浄心東の交差点を南に並木通りを車で何度も行き来した。南に真っ直ぐ続くケヤキは移転に後押ししてくれた気がしている。同様にこの並木道が気に入って転居してきたという声を、何人もの方から耳にしてきた。ところが、そんなケヤキ並木を伐採して手入れのし易いものを植え変えるという意見があがっていることを聞いたのは昨年のちょうど今頃だった。ケヤキを維持するための費用や、定期的な剪定作業、落ち葉の掃除、なかには根が成長しすぎて一般家屋に被害が出たケースなどがその理由に挙げられていた。被害が出るのは問題にせよ、それ以外のことは、木を植えるときから分かってるはずのことだ。まず伐採するという前に何ができるかを考えるのが先ではないのか。移転してきて間もないものには、そのような情報すら疎遠のまま物事が進んでいくことに、違和感を持った。
 その場所に根ざしてきたものが、そこに住む人の手によっていとも簡単に断ち切られてしまう。日本のいたるところで懐かしい景観が失われていくのが、きっと今回起きているような理由なのだろう。人間の身勝手な理由で、いとも簡単に命を奪ってしまう。あまりにも短絡的過ぎではないか。その命の計りを軽くしてきたのは、高度経済成長とともに、何の苦労もなく育った我々世代の人間であり、責任である。その長い間のツケが、命の繋がりを軽くし、この国の病根として蔓延している。
 ここ城西地区を中心として、今年行われた住民への意見収集の結果、ケヤキ並木の存続が決まった。ケヤキ並木の存続に大きな影響を与えたのが、この並木道通りに住む人たちではなく、その周りから離れて住んでいる人だった。存続させるにあたって、この並木道を守る会が結成され、ケヤキ通りを消防団の方から、子供会、近隣住民の方みんなで掃除をするということが決められたそうだ。
 日曜日の早朝、元気な声が聞こえてきたと思ったら、大勢の子どもたちが店の前を歩いていった。外に出てみるとご高齢の方と混ざって落ち葉拾いを手伝っていた。ここ城西地区は、高齢化が進む街として近い将来の日本の縮図ともいわれている。冬の期間限定とはいえ、ケヤキを通して様々な年齢の人達の交流が始まった。バラバラになっていたものが、いつも変わらず佇んでいるものによって一つになれた。冠婚葬祭時には親戚一同が集う皆の故郷のようなものではないか。そんな心の故郷を、決してなくしてはいけない。

鼠径ヘルニア2016.11.01

 米作り4年目の今年は、おかげ様で台風などの風雨にさらされることなく、無事に収穫を終えることができた。9月中頃から続いた長雨の影響で、出来具合を心配したが、昨年より籾の膨らみも収穫も多かった。その理由は出穂の時期に日照時間が多かったためらしい。お天道さまに感謝、そして手伝ってもらったスタッフ、そして一緒に米作りをしてくれた皆さまに感謝である。ここ数年の米作りを通して、この作業は一人では無理。皆さんと一緒になって、時には手を借りて、おかげおかげで収穫があるということを学ばせてもらった。そしてそれが本来の日本人の姿であることも感じた。だから大家族での生活スタイルが最近まで残ってきたのだろう。米作りから離れたことで助け合いの精神が失われた。核家族となって孤立が深まり、横のつながりも希薄になったのが我が国の現状ではないだろうか。
 昨年の12月に突然倒れて意識を失った父親も、その後毎週月曜日の断食と青汁、そして毎朝のウォーキングと順調な回復をみせていた。しかし、夏ごろから禁酒が解禁となり、晩酌にビール一本が通例となった。ちょうどそれと時同じくして下腹部に時折痛みを訴えるようになったため、再度長寿医療センターへ診察に行ったのが2ヶ月ほど前。鼠径ヘルニアと診断され、簡単な手術で治ると言い渡された。後は本人の希望待ち。9月の末頃から痛みの症状が頻繁になったため、先月はじめに手術をした。手術の前日に入院し、その日は絶食、翌日が手術。その手術に立ち会った。50才前後の先生から手術の内容について話しがあり、あとは控室で待つこと2時間。手術は問題なく終わり、再び先生からの説明があった。驚いたのは、先天的に脱腸の傾向があったということだ。それが肥大していたため半分ほど切除し、網で腸が飛び出す部分を塞いだそうだ。その部分は10年ほどまえに受けた前立腺肥大の手術が原因か、筋肉の衰えかは不明だが、そこから腸が飛び出すようになったということらしい。話しを聞いていて思ったのが先天的という言葉。ということは自分にも可能性がある。ふとよぎったのが、過去に時折襲った不明な痛み。太ももの付け根あたりに鈍痛が走るものだった。早速ネットで調べてみると、どうも私にもその毛があるようだ。症状が一致している。かれこれ4~5年ほど前から続けている体幹呼吸法をするようになってからはメッキリなくなった。他人の振り見て我が振り直せとは、まさしく他人様に起こることは自分自身にも往々にしてあるもので心せよということだと妙に納得した。
 鼠径ヘルニアになる人は年々増加中で、手術に訪れる患者数は年間14~16万人にのぼるという。先天的なものと、加齢によるもの、仕事環境で起きるものなどに別れるらしい。男女比率で表すと、若年層では比率にあまり差はなく、50代以降では圧倒的に男性が多いという。しかし近年は女性も増える傾向にあるそうだ。 そうだ、忘れていたことがあった。4年前から米作りも始めていた。休耕田となっていた田んぼは、深田のために機械が使えない。膝下まで足が沈むためにしっかり重心を落とさないとバランスを崩して作業もままならない。正直辛い。しかしこれも知らず知らずのうちに今流行のインナーマッスル(体幹)トレーニングをやっていたことになる。これも幸いしたのかもしれない。そしてもう一つ思い出したことある。それは両親の希望で和式のトイレを洋式に変えたのがちょうど3年前。これにはかなり反対したが、母親が腰痛を患っていた時期だったため仕方がなかった。和式のトイレは下半身を鍛え、骨盤の弾力を保つ優れた日本の生活様式だった。無意識に身体を使うトレーニングだったからだ。身体に楽を覚えさせればきりがない。そうした身体のツケが、形を変えて私たちに襲ってきているのではないだろうか。身体に起こる異変は、絶えず私たちに原点に立ち返ることを教えてくれていると感じた。

千年の森2016.10.01

 原田さとみさんから設楽ダムの是非をめぐる公開講座があることを教えていただき、その講座に足を運んでからすでに4年が経った。その間、民主党から自民党に政権が入れ替わり、公共事業が息を吹き返した。アベノミクスなどというあやふやな言葉をひとり歩きさせたことにより、一極集中が加速し、都会への人口の流出が地方をどんどん疲弊させている。田んぼや畑を管理する人達の高齢化もあって、耕作放棄地は平成17年には東京都の1.8倍に相当する何と38.6万ha(平成19年農林水産省調べ)と、増加の一途をたどっている。誰が見ても将来の我が国の行く末が見える数字ではないだろうか。食糧や水資源の危機が叫ばれる中でも、緑の山々をコンクリートで覆い尽くす事業は全国各地で止まない。最近の台風では、ライフラインや設備の老朽化のためか、少し荒れた程度の風雨で鉄道は止まる。公道に水は溢れ出して渋滞を引き起こしている。持続可能な社会を作らなければならいないはずが、開発という経済効果の名の下、多くの借金をこしらえながら反省もなしに作ることばかりにやっ気になっている。そして誰も責任をとろうとしない。まったく大人社会の体をなしていない。
 先月、ダムネーションという映画を主催したことでご縁ができた方から、その設楽町へ来ないかというお誘いをいただいた。何でも千年の森という場所で、間伐などの作業を手伝うということだった。昨年、四谷千枚田で米作りをした以来一年ぶりとなる。店から車で一時間ほどで足助を通過し、それからは深い山道を延々と走ること一時間、ようやくその方との待ち合わせ場所に到着して北へと向かった。途中、名倉という町中を通った時、日本でも有数な美味しいお米が取れる場所だと教えていただいた。周りは山に囲われ、その湧き水でお米を作っているというから合点がいった。そこからさらに20分、険しいな山道を進んだ段戸山辺りにその森はあった。この一帯はブナの原生林など樹齢200年超えの巨木が残る貴重な森だそうだ。そこでお会いさせていただいたのが加藤ご夫妻。このご夫妻は測量設計士の顔以外に、地域のボランティアガイドとして段戸裏谷原生林(きららの森)、津具地区の面ノ木園地などを案内したり、「奥三河の自然と歴史にふれあう会」の会員として自然保護活動に尽力されている方で、お二人だけで20年かけて針葉樹の山を切り開き、ブナの植樹をするなど大切な森が次世代を超えて千年続くように願いを込めて作られたのがこの千年の森だった。最近では、近隣の小学生に、加藤さん自ら、そこに自生しているブナからどんぐりを拾って育てた苗木を卒業記念植樹として山の至る所に植える活動もしているという。まだ小さい植樹された木に目をやると、一本一本に、卒業生の名前が掛けられていた。一人一人をその木の所有者として登録してるため、勝手に本人以外が木を切ることができないそうだ。その子どもたちともに苗木が育つ。きっと自然や環境に関心を持つ心が芽生えていくにちがいない。
 ダムの標的となった町では、二度と戻らない自然環境とそこに生活する人達がいる。その一方で、自然と共生する活動は、ひっそりと、確実に行われていた。そんなご縁をいただいた設楽の明日を考える会の中沢さんに感謝するとともに、下流域に生活する私たち一人一人は、ただその恩恵を水道料金というお金で済ますのではなく、ダムによって犠牲になる人達や失われる多くの生物や環境のために何が出来るかを強く感じる一日になった。

参考記事 キラッと奥三河「「きららの森」大きくなーれ 加藤博俊さん

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続けること 52016.09.01

 今年に入って書き始めた「続けること」が、今回で5回目になる。新年早々長い年月休んでいた青汁作りを始めたことがきっかけとなって、思わぬ体験をした。それがこの連載に繋がっているが、今回でラストになるかと思う。すでに7ヶ月が経ち、毎朝の日課となったその青汁が、体に微妙な変化を与えていることを自覚し始めた。そのことを書き残しておきたい。
 最近ようやく朝夕に秋の風を感じるようになって、寝苦しさに夜中に目を覚ますこともなくなった。年々暑さが体に響くようになって、ここ数年は夏嫌いが固定化していた。その理由として、毎日の日課である温冷浴が、その温度差がなくなり効果が薄い。かと言って、やらなければ熱が体内にこもって夜中の寝苦しさに繋がるためにほとんどその解消のためにやっている程度で、本来の効果である血液のアルカリと酸性のバランスを保つこと、それが難しい季節のためだ。そして仕事中ほとんどエアコンにあたっているために疲れやすい。もう一つは、夏になるとよく毛が抜ける。このまま無くなるのではないかというほど頭を洗うと側溝に毛がたまる。今年もそんな夏の嫌悪感を思い出しながら、すでに秋を迎えつつある。
 今年の初夏は、涼しい日が多くて過ごしやすかった。7月中旬でも、例年ほどの暑さではなかった気がする。湿気がなかったせいだろう。それが下旬頃から一転して、湿度が高いうっとおしい夜が連日続いた。昨年までだったら、熱帯夜の時くらいエアコンを使っていたが、今年は使っても一時間程度と扇風機を低速で数時間回すだけで我慢ができた。我慢というか、確かに寝苦しさはあったが、これまでほど苦にはならなかった。実際に計っていないが自分の体温は、昨年より低くなっている気がする。青汁の効果の一つが体温を下げることにある。体温が下がれば病気やウイルスに感染しやすいじゃないか。それは効果じゃなく、逆効果じゃないかという声が聞こえてきそうだが、この逆説は体験しているものでないと分からないかもしれない。
 体温が高くなることで、体にとって良いことも多々あるはずだが、欠点としては、その高い体温を維持するために、エネルギーが必要になる。しかも水分とビタミンCは高温下では多量に使われることだ。そのため、それらを補給する必要も欠かせなくなる。エネルギー効率から見ると、決して体温を高くすることが健康に繋がるとは思えない。高くなる一方でそれを維持する面も見過ごせないのではないだろうか。かと言って逆に体温が低すぎるのは、それなりの原因があるため確かに問題だ。結論として、自分自身の体温が、自分の健康にとって相応しい体温かどうかということを見つけ出すことではないだろうか。平熱、脈拍、血圧、これらが十把一絡上げで他人様の平均と同じであること自体がおかしい。一人ひとりがそれらの環境や食べ物などの志向が違うのだから人と違って当たり前のはず。意外と世間が当たり前と思っていることが、当たり前でないことの方が多いと思う。
 夏場に入って自分の体温を意識しだしたのは、普段なら下着だけで寝ることが多かったのが、寝間着を着ることが当たり前になった。エアコンの冷気が気になる。体が冷えることに敏感になった。これらのことは、ともすれば体調が悪いからだと思われがちだが、体の異変に気づくということが、健康を維持することに一番必要だと思う。
 夏になると気になる抜け毛は、昨年と比べ物にならないくらいほど少なくなった。猫毛が幾分太くなったような気すらする。一方、冷えが原因で、土用の日を境に2週間程度、夏風邪を引いた。一週間はほぼ一食で過ごしたため、一週間で体重は3kg程度落ちた。食べなくても体調は軽い。アルコールや珈琲などの嗜好品もうけつけなかったから相当なデトックスになった。日頃、ついつい食べ過ぎたり飲み過ぎたりして内蔵は弱り勝ちになる。そんなことを年4回ある土用の習慣は、私たちに足るを知ることを気づかせてくれるんです。ということをスタッフから諭されて、ひたすら自分を戒め、反省しつつ、青汁一杯の効用を書きとめておきたい。

サクラダコミンカ in ブラウンズフィールド2016.08.01

  クラウドファンディング(不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す)で、「本気で遊ぶ仲間募集!素敵な古民家を、中島デコ、エバレットブラウンと一緒に創りませんか!?」というメール通知が届いたのが今から3年ほど前のこと。また何かはじまるのかと興味を持って読み進めると、あのサスティナブル(持続可能であるさま)なブラウンズフィールドに危機が訪れていた。その内容は、お隣のおばあちゃんが高齢のために、都内のご家族の元に行くことになった。そのおばあちゃんの家が、なんと築200年、2000坪という広大な敷地だったため、大きな資材用倉庫を建て、その後、たくさんある木々を伐採し、その古民家を取り壊し、整地し建て売り住宅を建てる目的で不動産屋兼土建屋が買い取ったという。
 デコさんが営むブラウンズフィールド周辺は、昔ながらの里山が残る美しい景観が広がっている。もし開発など始まれば、守り続けてきた持続可能な生活さえ脅かされてしまうことになっただろう。「なんとか資金を集めて、昔ながらの美しい日本の景観を守りたい。でも、ただ守っていくだけでは面白くありませんし、活用してこそ古民家も輝くはず。本気で遊ぶ仲間募集!素敵な古民家を、中島デコ、エバレットブラウンと一緒に創りませんか!?」というデコさんのメッセージに居ても立ってもいられなくなり、そのプロジェクトの仲間になりたくて手を揚げた。
 限りある期間に目標額を達成され、無事契約を交わして、その古民家が守られたとのメッセージを受け取ったのは10ヶ月後のこと。大きな安堵とともに、重い荷物にもなる古民家の買い取りに、人事ながら不安も感じていた。そんな気持ちを払拭してくれたのが昨年の9月、いよいよ古民家修復が始まるということで、土壁作りのイベントに参加した。それがまたスゴイ。昔ながらの工法で、竹を割って、竹小舞を編み、その上に、前もって崩しておいた古民家の壁の土を練りなおして、塗っていくというもの。まさに本気で遊んで古民家を修復していくというデコさん流。しかも参加している人達を見て、いかにブラウンズフィールドが愛されているかを実感した。
 先月末、古民家オープニングパーティーのお誘いを受けて車を走らせた。自分たちが関わった土壁は綺麗に形つくられていた。その上に更に漆喰を塗っていくという。それだけでも3年近くかかるとのこと。やってもやっても終りが見えないからサグラダファミリアならず、サクラダコミンカと自ら命名したデコさん。一連の流れの中に身をおかせていただいたことで、生きる力強さというものを肌で感じた。
 生きるっていうことは、大切なモノを守り続けていくことなんだろう。大変だからといってやめることは簡単かもしれない。しかし連綿と続いてきたものをやめてしまえば、後世に一体何が残るのだろうか。ブラウンズフィールドは、常にその挑戦者なのかもしれない。

「それは不可能か」2016.07.01

   今からちょうど25年前の7月、思えばこの店がオープンする2日前に出会った方がいる。先月の末にその方が長年務めた会社を退職されたため、縁のある仲間と慰労会をさせてもらった。杯を交わすたびにこの間の思い出が頭を駆け巡った。ヘルシングあいを引き継ぐ前のこの時期は、個人事業主として今も店の定番商品であるヘルシーアルファーや龍泉洞の水など、人の健康に関する商品を取り扱っていた。
  それがこの方とのご縁から、大きな工場設備で使用するため水と空気などの環境設備という畑違いなことも勉強することになった。りんごの落下で有名なF=ma(ニュートンの第2法則)がその方の会社の社是。人間の力ではどうしようもない自然法則の下では、社員はすべて同列。部長や課長などの職制もなく、役員の選出も入社5年以上の社員が投票で決めるなど、ユニークを通り越した社風に魅せられたのは言うまでもない。もともと文系で理系は不得意と決めていた学生時代。それが今回の縁で少なからず苦手分野に取り組むことになった。ところがそれが後に大型の水処理装置と、喫煙ルームの大型空気清浄機を採用していただくことになり、しかも自然法則をかじることで、西式健康法を理解する上でも役に立った。人間万事塞翁が馬とはよく言ったものである。
 今から思い出しても、よくその方に叱られたものだ。自分の立ち位置が分からず相手の意図を理解できない営業、はじめて直面する場面にきちんと対応できないことに憤りを感じていた時期でもあった。しかしそれでも見限られずに面倒を見てくださった。厳しい反面、仕事の話しが終われば、いつも通り親しげに話しかけてくれた。花見の季節には毎年、敷地内にある大きな桜の木が咲き乱れる下で大宴会が催される。そんな場所にもお声をかけていただいた。中でも印象深いのは、現在の西区に移転後に売上減で店が潰れそうな一番苦しい時期に顔を出したところ、そっとその桜の木の下に呼んで下さった。桜が満開だった。会話の内容は覚えてないが、記念に写真でも撮ろうといって事務員の方が撮ってくださった。それは今でも大切に机の中にしまってある。総務の責任者として会社を束ねているその方の姿勢に、経営とは、仕事とは何か、そして特に人間関係の大切さを骨身にしみるほど学ばせもらった。感謝に耐えない。今でもその方のおかげで今の自分があると思っている。
 その会社に一歩入ると正面に、大きな木製の額を彫り出して、「それは不可能か」という文字が浮き上がっている。25年間その言葉を見るたびに、自分自身を奮い立たせてきた。何が可能不可能を決めているのだろう。それは自分自身でしかない。今の苦境は後の糧かもしれない。今の体調不良は、後の健やかな健康を得るための貴重な体験かもしれない。出来ないと思っているのはきっと自分自身でしかない。それならいっそのことこれからも自分自身に問いかけてみたい「それは不可能か」と。

「熊本支援・とどけよう! 玄米ぽんせんプロジェクト」途中報告2016.06.04

 先月末の福岡県久留米への小旅行は、今年の3月に予定していたもので、当店を料理教室の名古屋校として認定していただいた平田シェフが経営する古民家レストランへ伺うとことが目的でした。それがあの大きな地震があり、何かできないかという中で、玄米ぽんせんプロジェクトというものがあることを知り、偶然にもそのプロジェクトの方々に平田シェフも関わってボランティアに行かれていたということを聞くなど大きな意義を感じました。 玄米ぽんせんプロジェクト、それは、被災されている方々に、質のいい穀物を届けたいと思っても、おにぎりを送るわけにもいかず、でも玄米ぽんせんなら、遠くからでも届けることができ、現地で水も火もいりません。アレルギー疾患や糖尿病などで、配給の食べ物や炊き出しを食べられないという人も助かるという思いからスタートしたそうです。確かにぽんせんは、水で柔らかくすれば離乳食にもなります。そして一枚のせんべいに生米軽く一人前あります。手軽でしかも健康にも良いということが、このプロジェクトに参加することにした大きな理由です。そして、大きながけ崩れなどが発生しながらも、この玄米ぽんせんを手作業で作り、しかも今もまだ困っている現地に直接お届けしているTAO塾に、皆様からいただいた募金をお届けすることができました。片道2時間かかる現地までご同行いただいた平田シェフと、寄付を賜りました皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。
 当店では、引き続きこの玄米ぽんせんプロジェクトを続けていきます。
情けは人のためならず、巡り巡って己が身のため。私たちも、いつ何時非日常が襲ってくるか分かりません。一人一人ができうる限りのことが出来れば、非日常は最小限に食い止められるのではないでしょうか。

現在の募金箱設置場所は下記のとおりです。
「アースマーケットプレイス」
(千葉市美浜区高浜1-10-1 TEL. 043-248-5099)
「カフェmerci(メルシー)」
(千葉市中央区弁天2-22-3)
「cafeどんぐりの木」
(千葉市美浜区高洲1-16-46 TEL.043-301-2439)
「トレジャーリバーブックカフェ」 
(千葉市中央区登戸1-11-18 第2潮ビル102 TEL.043- 304-6964)
「ライステラスカフェ」(ブラウンズフィールド内)
 (千葉県いすみ市岬町桑田1501-1 TEL.0470-87-4501)
「ナチュラルストア アサナ」(ブラウンズフィールド内)
(千葉県いすみ市岬町桑田1501-1 TEL.0470-87-4501)
田んぼCafe「龍のらんぷ」
(茨城県龍ケ崎市野原915-1 TEL.0297-85-2508)
「ChaviPelto(チャビイペルト)」
(埼玉県草加市氷川町2138-3-A TEL.048-951-7083)
「VEGECAFE LOTUS(ベジカフェ ロータス)」
(愛知県豊橋市 西岩田6丁目16-12 TEL.0532-69-0880 定休日 月)
自然食品店「ゲンキプラス 豊橋店」
(愛知県豊橋市 西岩田6丁目16-11 TEL.0532-69-0655)

地震が語ること2016.05.01

 震度7の地震が熊本を2度も襲った。地震学者や専門家は首を揃えて言う。「想定外なことが起こっている」と。しかも後で最初の震度7がなんと余震だったと言い変えた。結局のところ天地自然が起こす現象などいくら研究しても分かるはずがない。起きたことを後から検証し、蓄積していくことで精一杯なのだろう。しかしもしそうであるならなぜ謙虚に過去から学ばないのだろうか。一昔前は、代々の言い伝えから、大きい地震の後は2ヶ月近く外のわら小屋に子供たちだけ寝かされたと聞いた。専門家や学者に依存するがゆえ、災害が起こるたびに言い伝えとして後世に託したたくさんの生の声は、時とともに風化してしまった。
 今から5年前の東日本大震災は記憶に新しい。大きな津波は家屋を飲み込み、多くの犠牲者を生み出した。その上原発による災害で、まだ収集がつかない生活を余儀なくされている多くの方がいる。あまりの自然の破壊力の凄まじさを前に、今までいかに自然環境に負荷をかけて好き放題なことをしてきたかを誰もがはっきり意識したと思う。そしてその自粛の波は日本を覆い、原発に頼らない生活を5年近く続けてきた。それも喉元を過ぎたらまた原発は再稼働され、それが全国に波及しようとしている。それだけではない。公共事業の無駄を指摘されて止まっていた道路建設やダム建設も息を吹き返した。挙句の果てにリニア。それらによってさらに多くの山々が切り裂かれ、住民は土地を追われ、私たちの命の源は、ますますその破壊作業によって失われつつある。そうやって過去から現在に受け継がれてきたものまで経済活動という名の下に消し去ろうとしている。
 「中央構造線」列島横切る巨大断層熊本地震の延長上 九州~近畿で400年前に連続発生(日経新聞)その中央構造線に平行して活断層がある。そしてその線上に原発がある。多くの宅地、ダム建設がある。そして、この地震が起きても止めない鹿児島県の川内原発。一体我々はどこまで馬鹿なのだろう。
 数千年、いや数万年以上かかって作り上げられた自然の恩恵を、私たちは自らの手で、この200年という短いスパンで代々続いてきた営みを絶とうしている。たとえ地震が起きなくても、大きなしっぺ返しを受けるのは当然の報いではないだろうか。 今日もテレビで垂れ流される健康番組。あれが良いこれが効くからと何の努力もせず、飲めば食べれば健康になれると信じて店を訪ね歩く。本当に健康を得たいと思うなら、今日あるこの国の自然や環境に感謝せずにはいられないはず。その豊かな環境から得た食べ物で私たちは成り立っている。その土地を疎かにしておいて、真の健康などあるはずがない。豊かさゆえ、大切なものを置き去りにしてきた私たちに対する自然からの最後の警告。
それでなくして一体何だろう。

続けること 42016.04.01

 今年の正月から青汁作りをはじめて早3ヶ月が過ぎた。しかも蓚酸の多いほうれん草と人参がベースでセロリやキャベツが少々、果物も加えないやり方で続けている。その間、さまざまな変化があった。まず、飲み始めてすぐに肌つやが良くなった。胃腸環境が良くなり、肌から出る保湿成分が整ったからではないだろうか。野菜ジュースで同じような体験をされている方が身近に何名もいるので、確実にわかる効果の一つと思う。そして大きな変化といえば飲み始めて3日後のこと。夕方から極度の悪寒が足元を襲った。風邪の症状と思ったが、これほど急に病原菌に体のバリヤを破られ、症状が出たことは記憶にない。温冷浴をして夕食を抜いてすぐに床についた。数時間後、寝苦しさに襲われ目が覚めると発熱している。完全な風邪症状。さらに酷くなったら治るには時間がかかる。アスミンを再び飲んで翌朝目が覚めると、熱は引いたようでホッとしたが、足が鉛のように重かったのが気になった。変調が起きたのは出勤して昼近くなった頃、急にミゾオチ部分に鈍い痛みが走り、その痛みは強弱を描きながら徐々に強さを増していった。あまりの辛さに冷や汗が流れだし、鏡に写った顔は顔面蒼白。意識は遠のくし、そんな時に限って接客で追われる。異変に気づいたスタッフが代わってくれて、横になろうとした時のこと、冷たかった足先に体温が戻ってそれが全身に広がり、冬だというのに汗が吹き出して着ている服を脱いだほどだった。次第に意識がはっきりしてくるとスーッと痛みが消えて何もなかったかのように平常に戻った。しかしそれから数日間はミゾオチ部分に痛みの痕跡が残っているような感覚があったため、青汁と一日一食を3日間行い、週一回の寒天断食をした。その後違和感はなくなった。
 以前、ご紹介させていただいた書籍には、このようなことが書かれていた。
「胆のうや腎臓の砂や石が、野菜汁で迅速に治療されると、苦しい痛みが襲うが、それは数分か、長くて一時間くらいのもので、溶解したカルシウムが通過すると、痛みはピタリと止まる。」と、体験した者にとっては大変リアルな内容だ。痛みの原因は特定できないが、長年の蓄積で硬化したものが、溶けて流れ去ったということも大いにあり得る話しだと思う。
 さて、3ヶ月経った今の両親の現状もご報告させていただこう。父親の物忘れは相変わらずで良くなる気配はない。しかし変化といえば、私が体調を壊した4日目の朝、気だるい気分を振りきってジュースを作ろうと思ったら、すでにジュースマシンの音がしている。様子を伺ってみると、父親が代わってジュースを作っていた。それからというもの自分の担当のように毎日作ってくれている。さらに、出不精だった男が母親に引っ張られ夫婦共々トレッキングをし始めた。刈谷まで用具を買いに行き、そこで教えてもらったトレッキングスクールに週一回通っている。体を動かし始めると、どこかに行きたくなるらしく、先月は冬の長野に一泊二日の旅行に出かけ、先月末には二泊三日で九州へ旅行に出掛けた。母親が腰から股関節を痛めてもう二度と旅行なんか行けないと寂しそうに呟いていたのは一昨年のこと。それが今では嘘のように動けるようになった。週一回の断食をはじめて母親はすでに3年になる。その効果は間違いなく体に変化を与えていると思う。
 健康法は山ほどある。何でも良いと思う。本当に自分自身を労ることを続けてさえいれば、必ず体はそれに応えてくれるはずだ。年齢は関係ない。年老いていく二人を見ながらそう強く感じている。

参考著書 「生野菜汁療法」ノーマン・W・ウォーカー著 樫尾太郎訳 実日新書 

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