ヘルシングあい便り

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腸内洗浄2007.08.01

 先月の記事を見た方からさまざまな反響を頂いた。ご自分の体験をお話ししてくださった方や、相談に行ってはいけないところを教えて頂いたり、お尻の近くにたまる汚血を出すと楽になることや、よく効く薬の話しなどなど。また、あれは俺のことかと、知人から久しぶりに連絡を頂いたりもした。参考になったという声もいただくなど、今となってはいい体験をしたと思っている。
 その続きではないが、この機会に腸内清掃をしようと決心した。なぜ、決心かというと、当店で取扱っている洗腸キットがある。これは約70年ほど前にゲルソン医学博士が食事を変える事によってガンを退縮させたり、再発を予防するための治療法として、コーヒーで洗腸することによって腸全体の働きを正常に戻し、発生させないことを主眼として考え出されたもので、それを家庭で簡単に出来るようにしたものだ。それをお客様にすすめておきながら、自分ではなかなか気乗りせずにやっていなかったからだ。そこで腸内洗腸キット(コロンキット)を使ってみた。 専用の缶コーヒー1缶に水をあわせて800cc程にして人肌くらいに温める。(体内に入れるので、浄水した水を使い、水温を36~38℃くらいに設定) 点滴のような袋を頭上にかけ、そこからのびるホースの先端を挿入するのが難所だが、これが以外とスムーズに入った。そしていよいよ液止めのクリップをはずしたところ、頭上にある点滴のような液がみるみる腸の中へ吸い込まれていった。一方で体の方は何も感じないから不思議だったが、注入し終えた下腹部が妊婦さんのように膨らんでいるのを見て、ようやく全部の液が入ったのを実感した。洗腸するとお腹が引っ込むと聞いて少しは期待したが、排泄し終えて腹周りををまじまじ見たが、そう変わらないことに多少がっかりした。それよりあまりにも簡単に洗腸できたのに驚いた。そして体と頭はすっきりとして、視界が明るくなった気がしたのだ。これはちょっと続けてみたい気がする。 腸には重金属や農薬、薬、食品添加物などが最もたまりやすく、便通が良くても、ある程度は腸壁や腸のヒダに汚れや食べカスが残っているそうだ。便通の悪い方や、薬を常用した方など、体調が優れない方は、一度お試ししてみてはいかがだろう。

突然襲った痛み2007.07.01

 今年は移転という大きな節目を経ましたが、多くの方々に励まされながら、おかげをもちまして16周年の7月17日開店日を迎えることが出来そうです。スタッフ一同心から感謝申し上げます。

 「症状即療法」という言葉がある。この言葉は西式健康法という健康医学を提唱した西勝造氏が唱えたものだ。熱が出るのは体に有害な細菌などが入った事に対して体が熱を発生し、細菌を退治する作用であるように、病気の症状は、病気と闘っている体の自然の反応、つまり、“療法”であり、生体に備わっている自然治癒力が充分に働くようすることが大切だと語っている。 頭では理解できるが、実際に、病院にも行かずに症状が自分を治すのを待てる人はどれくらいいるだろうか。ふと、疑問を感じた事件が自分の体で起きた。5年前の改装のときに無理をしてギックリ腰をしてしまったが、今回は移転して2ヶ月ほど経った先月のはじめのこと、思わぬ出来事が自分の身を襲った。排便の際に、鋭い痛みを感じたことが悪夢の始まりだった。恐る恐る患部を触ってみると、大きなしこりが肛門の口を塞ぐようにできている。「痔」?=「手術」?。数年前、痔の手術をして入院した友人を笑いながら見舞った記憶が脳裏を横切った。冷静になって現在の様子を調べた。それは内側ではなく、外側に出来ていることからどうも外痔核らしい。そして古い記憶に、病院関係者から聞いた話しを思い出した。ウォシュレットの普及とともに、痔を患う患者さんが増えているということだ。それは一つにその水に含まれる塩素が原因とされるとことだった。新しい環境で、変化したものの一つが、お店で使うトイレが和式から洋式に変わったことである。それからあえて改善するまでそれを使わないようにしてみた。そして口内炎にも良いとされるシルクモアという軟膏を患部にぬり、抗菌性の強い大豆の力という安全な抗菌・消臭剤で清潔に保つようにした。翌日は、腫れがより大きくなり、屈むのに冷や汗が出るほど痛い。これは病院に行ったほうがいいかと思ったが、一週間は頑張ってみようと思い直し、その繰り返しをした。その2日後のこと。急に歩くのが楽になった。屈んでも痛くない。ひょっとして上手くいったのか?と思いながら、その夜、風呂場で患部を触ってみると、あれほど腫れていたできものが、小さく、しかもやわらかくなっていた。数日後、患部は全く異常がなくなった。偶然の処置方法が良かったのか、症状が治したのかは分からない。ただ、体の反応に気づき、それに協力することの大切さを実感した貴重な経験となった。書くのを躊躇した話しだが、体の変調は、いつ、だれに襲ってくるか分からないものだ。いつか役に立つことがあるかもしれないと思い、書き留めた次第である。

手作り食品2007.06.01

毎年、ラッキョウや、梅の予約が入るこの時期になると思い出すことがある。農作物入荷のご連絡が遅れて大変お客様に叱られたことだ。より新鮮なものを漬け込みたいというお気持ちに答えられなかった。悔やんでも、毎年一回しかめぐってこない機会を逃してしまったのである。
年に一度しか出ない作物は、その時期を逃すと手に入りにくい。ましてや無農薬で手間をかけて作っている生産者のものは、余計そうだろう。そして今年もそれを待ってくださる方に、不手際がないようにしたいと思っている。そんな年間行事になっている数少ない手作り食品の主役が今月やってくる。
 古くから「塩梅」という言葉があるが、最近は滅多に聞かれなくなった。塩味と酸味で調理するといい味加減になるという意味で、ほどよい加減のことをいうのだが、その言葉が死語になりつつあるように、手間がかかるこのような手作り食品も、そのうち家庭の年間行事からはずされてしまう日が近いかもしれない。手塩にかけた手作りのものを味わうことが、近い将来、本当の贅沢品となるのだろう。

オープンから約1ヶ月が経って2007.05.01

3月上旬の穏やかな気候から一転、下旬からしばらく続いた冷え込みのおかげか、開店当日も
桜の花が、道沿いを淡く染め、その中をたくさんの方々にお越し頂き、また、激励の電報や花束
などで店内を一層明るくして頂きました。この場をおかりして御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
 いままでとの勝手の違いから、開店当初は、皆さまに何かとご不便をおかけしたと思いますが、
何卒お許しくださいますようお願い申し上げます。
 ご来店してくださったかたは御存知のように大変広いスペースです。売り場の奥には、イベントスペースもあります。今月から料理教室も始まりますが、今後このスペースを利用して、ご来店頂いた方に一層喜んで頂けるような企画作りをしてまいりたいと思います。
ご意見、ご提案等ございました、何なりとお申し付け下さいますようお願い申し上げます。

オープンを前に2007.04.01

名古屋城の桜の花が満開を過ぎるころ、4月7日に新店舗をオープンすることになりました。
緑や花が芽吹く季節は、人の心に希望を与えます。そんな心の種が風に乗って新しい地でもしっかり根を下ろせるよう心がけていきたいと思っています。
加藤ヒロ子先生からお店を引き継いで丸11年経った北区のこの地を離れることになり、今まで近隣で通い続けてくださった方々には、ご不便を強いることになってしまいましたことを深くお詫び申し上げます。また、名残惜しいと最後の日まで旧店舗へ足を運んでくださった方や、遠方からわざわざお越し頂いた方、自転車での道のりは遠くなるけど良い運動になるといって注文をしてくださった方、そして多くの方々から激励のお言葉を頂戴し、とても勇気づけられました。
ありがとうございました。
皆様の声援にお答えできるように新店舗でもスタッフ一同、ますます精進してまいりますので、何卒、今後ともよろしくお願い申し上げます。

a thousand winds2007.03.01

 テノール歌手の秋川雅史氏が歌う「千の風になって」が、先月、オリコンのシングルチャートでクラシック系のアーティストでは初めての首位になったという。昨年のNHK紅白にも出演したそうだが、世間で騒がれていても、興味がないとは不思議なものだ。メロディーを聞いたことがあったくらいで、その歌にまつわる詳しいことは知らなかった。その詞は、アメリカが発祥とされているが、作詞者も不明。近親者の死、追悼、喪の機会に読み継がれて来た有名な詩を、日本では新井満氏が訳詩をつけたという。米国9・11の同時多発テロで、父親を亡くした11歳の少女が一周忌に朗読したことで、より知られるようになったそうだが、つい最近になって、初めてテレビでその歌を始めから終わりまで聞く機会を得た。聴き終わって、ふと疑問が頭をよぎった。確かに人の心を揺さぶる曲だが、今一番ヒットしているという現象が、事実ながら腑に落ちない。故人が語る詩を、ふだん聞きなれないテノールで、しかもメジャーな歌手が歌っているわけではないのだ。過去にこのような形で、茶の間に受け入れられたことがあっただろうか。また、原語の詩に、千の風・・a thousand windsとあるが、これはどういう意味なのだろうか。決して穿った見方をしている訳ではないが、自分なりに落としどころを見つけたかったのかもしれない。いろいろ調べたところ、分かる限りで、一つだけこれではないかという答えに行き着いた。仏教でいう千手観音菩薩の、その千という意味が、「無限の意味で、無限の慈悲ですべての人々と生き物を救うことを表わす」とあったのだ。a thousand winds 本当の意味はどうであれ、この言葉が、世界の垣根を越えて、今、我々の前に、一つの旋律となって受け入れられている。
 話しは変わるが、映画「千と千尋の神隠し」をご覧になった方は多くいると思う。その内容は千尋と両親が、バブル時代の遺物であるテーマパークに迷い込んだことから始まる。ある露天先に多くの料理を目にするのだが、そこに店主はいない。後で金さえ払えば良いといって勝手に食べ始めようとする両親に千尋は困惑し、注意を促すが、そんなことはお構いなしに食べ始める。
地団駄を踏んで抵抗するが、むなしくその場から去る千尋。不安になって後で戻ってくると、なんと両親は豚になっていたのだった。両親を救い、しかも迷い込んだその異次元で生きるためには、魔法をかけた魔女が経営する油屋で、汗水流して働くのが唯一の手段だった。その希望はかなったが、千尋の一字「尋」を魔女に取られて「千」という名前をつけられた。八百万の神が体を休めるために集う油屋で働く千。物欲はそんなところで働くものたちをも支配していた。欲や金品に群がるものがいる中で、一人黙々と両親を助けたいと一心で働く千。そんな健気な真心が通じて、とうとう両親の魔法が解けるのであった。時代が生みだした物質欲の成れの果てと、相反して失われようとしているひたむきな、無垢な心を、一人の少女を主人公に表現したこの作品は、国内の賞を総なめにしたのみでなく、アメリカにおいてもアカデミー長編アニメ賞を受賞するなど、多くの反響をよんだ作品となった。
千という言葉が結びつけたこの二つの事柄に、強い磁力を感じながら、無理やり双方を結び付けようとしている。多少強引だが、和洋を超えて、人々に深い感銘を与えていることは事実だ。
そして、それは、長い間かかった和洋の雪解けを感じずにはいられない。それは、物質欲の成れの果てが分かったもの同士なのかもしれない。

移転することに決めました2007.02.01

ヘルシングあいを加藤ヒロ子先生が開業保健婦として開店したのは今から16年前のことです。その頃私は、この店に出入りする一業者でした。それが開店から5年後のこと、突如、ヒロ子先生の遺志を受けてこのお店を引き継ぐことになったのでした。それまでの健康相談が中心だったお店から一転、物販を中心にやっていくことになったのですが、当初は、店舗で2階という立地上不利な状況の中、本当にやっていけるのかどうかの不安は相当なものでした。しかし、多くのお客様から励ましをいただき、よきスタッフに恵まれて、何とか今日まで来ることができました。感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。
多くの思い出が詰まったこの場所を離れる決断を、よもや自分がするとは思いませんでした。
今年に入って間もなくのこと、西区にあるポカラさんが閉店すると聞いたのがきっかけでした。お店の正面に駐車場が3台置ける1階のテナントで、近隣に有料でも駐車できる場所が多いところで、移転するには好条件だったのです。駐車の取締りが厳しくなって、今現在、離れたところに3台借りてはいますが、気楽にご来店いただくには周りにそれ以上のパーキングがないため相当なご不便をかけている現状です。
その点、新しい店舗では安心してご利用いただけそうです。また一方で、昨年、当ビルの経営権が、外資系ファンドに変わりました。今後の成り行きでは、転売した先の運営如何で、どういう状況になるかわからないことも頭に入れておかなければならず、そういった表裏でめまぐるしく動く事情も背中を押して、移転することを決断いたしました。近隣で、自転車や歩いてもお越しいただいているお客様には、大変申し訳ないことと痛感しておりますが、どうかお許しくださいませ。
今月中に、詳細がお知らせできると思いますが、今の予定では、4月初旬移転先での開店予定をしています。移転に伴う準備で、喫茶の営業は2月いっぱいとさせていただきます。勝手な当方の都合で申し訳ごさいませんが、何卒御容赦くださいますようお願い申し上げます。

デトックス(排毒)2007.01.01

 昨年は、デトックス「排毒」がブームとなった。病気の原因が毒素をため込むことのように、社会もまた、ため込んでいた毒素を吐き出すかのように、内外さまざまな問題を噴出した年だった。今まで問題にされなかったところにも光が当てられ、その盲点となっていたものが明らかになったことで、それらはますます深い意味を持って問いかけてくるようである。ブームといえば、不思議と火をつけるものは海外からやってくるようだ。もともと国内の良いとされているものは日の目を見ず、海外から違う形に加工されて国内で火がつくものが多い。最近のマクロブームもそのいい例ではないだろうか。食養生としてのマクロビオティックより、おしゃれな菜食生活のイメージと変化して戻ってきた気がする。
 そんなことをふと思っていると以前読んだ今村光一氏の本を思い出した(アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート -いまの食生活では早死にする)。今から30年も前に、アメリカで国費を投入されて行われた調査研究レポートの内容である。当時のアメリカでは、心臓病の死亡率が一位で、がんは二位。心臓病だけでアメリカの経済はパンクしかねないと言われるほど医療費が増大していた(30年前の医療費が約25兆円)。そんな財政的危機を何とか打開するため、医療改革の一環として、上院に「国民栄養問題アメリカ上院特別委員会」が設置され、全世界から選りすぐりの医学・栄養学者が集められ、「食事(栄養)と健康・慢性疾患の関係」について、世界的規模での調査・研究が7年間の歳月と数千万ドルの国費を投入して行なわれたのがそれである。5000ページに及ぶ膨大な報告を「上院レポート」又は委員長の名前をとって「マクガバンレポート」と呼んだ。要約すると、高カロリー・高脂肪の食品つまり肉・乳製品・卵といった動物性食品を減らし、できるだけ製しない穀物や野菜・果物を多く摂るようにと勧告している。肉の摂取量が増えると乳がん・子宮内膜がん・前立腺がん・結腸・直腸がん・膵がん・胃がんなどの発生率が高まる恐れがある」として、これまでの西洋的な食事では、病気と脂肪・タンパク摂取量との相関関係は非常に高いと述べているのだ。最も理想的な食事は、伝統的な日本人の食事であることが明記されている。伝統的な日本の食事というと結局は、精白しない殻類を主食とした季節の野菜や海草や小さな魚介類といった内容である。いまや、この内容は当然知るところとされているが、その西洋的食事にどっぷりと浸かってしまい、理想的な日本の食事を忘れ去ってしまったのが、我々日本人というのではあまりに皮肉ではないだろうか。しかし幸い、このマクロブームは、本来の伝統的日本の食事を復活できるカギを握っている。新しい年に、少しでもその復活に助力できるよう努めたいと考えている。

参考著書:アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート
いまの食生活では早死にする?自分の健康を守るための指針 (新書) 今村 光一 (翻訳)

ちょい太? がいい2006.12.01

車で移動中、ラジオから聞こえてきた話しだった。ちょい太がいい?何のことかと思い耳を傾けた。そう提唱していたのは、後で調べて分かったのだが、諏訪中央病医院の院長鎌田實氏の話しだった。その内容は興味深いものだった。30年ほど前、その病院に赴任してきた時の長野県は、脳卒中死亡率が秋田に次いで全国2位の高さ、平均寿命が全国平均以下だったそうだ。その長野県が、鎌田氏が取り組んだといってもいい医療改革により、いまや男女合わせて日本一の長寿県となり、しかも老人医療費が全国一位の低さになったという。一体何がそうさせたのだろうか。疑問だけが頭に持ちあがるが話しは続いていた。長野と代わるように、沖縄が長寿日本一から脱落したという。原因は、日本一多いファーストフードの数だというから驚いた。当然、肉類の消費量は第一位だそうだ。その一方で四方海に囲まれながら、全国で最も魚を食べなくなったという。気候に恵まれているので年中豊富な野菜や果物が手に入るが、これらも一番食べない所となってしまったらしい。ちょっと前まで、沖縄の伝統食が長寿の秘訣にあるといい、ゴーヤなどの野菜や豚肉を使った料理、魚、海藻、大豆製品をバランスよく使ったメニューが番組を飾っていた。その長寿一沖縄が、一昨年には肥満度全国一へと変貌してしまったというのだ。
 ちょい太という言葉を頼りに調べると、意外や簡単に検索できた。「ちょい太でだいじょうぶ」という本が出版されていて、先の内容は著者が語ったものだった。その本を取り寄せて読むと、疑問だった改革のなぞが解けた。保健婦さんや地域のヘルスボランティアと共に生活指導に出かけていっては、野菜(食物繊維)や魚を多く、海藻ときのこ、大豆をとって、肉や塩を少し減らして、運動をすることを丁寧に指導したという。なるべく薬を出さず、生活習慣を代えることによって病気を治す。病気にならない体にすることに重点を置き、医療に頼らないようにするための「健康づくり運動」の取り組みが、やがて大きな実を結んだのだった。30年前といえば栄養重視で肥満児もよしとしたような当時の風潮の中である。このような運動を根付かせることは並大抵の苦労ではなかっただろう。そのおかげでこの長野と沖縄の例は、食生活の大切さのみならず、偏った食生活がやがて訪れる行く末を示してくれているのだ。
 気になる「ちょい太」という言葉だが、年末年始の暴飲暴食シーズンにはちょいと嬉しい話かもしれない。厚生労働省の10年間の追跡調査の結果、もっとも長生きできるのは、BMI(体脂肪を表す指数で体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で表された数値)は、23.0~24.9であるという。ちなみに私の場合は、67÷1.73÷1.73=22.38で、若干低いくらいだ。もう少し太っていたほうが長生きできる数値となる。死亡率の高い数値は、BMIが18.9よりも低い「やせ」ている人で、肥満の人よりも死亡率が高いらしい。筆者はさまざまな調査を考え合わせると、男女ともBMI24~26くらいが、病気にならない健康なちょい太と語っている。ダイエットブームで健康や美容のためなら死んでもいいという言葉が作られるくらい世間はどうかしているが、長い目で見ると、健康で長生きとは「健康づくり運動」が示すとおり、至ってシンプルで当たり前のところに落ち着くようである。年の瀬に迎い、先の健康づくりと、BMIの数値を見ながら健康管理してみてはいかがだろう。

新庄劇場2006.11.01

 52年ぶりの日本一に、今年ほど期待のかかる年はなかった。ナゴヤドームでの初戦を制し、これは楽勝かと思いきや、予想外の4連敗で、地元名古屋に帰る間もなくあっけなく日本シリーズは終わった。それを応援したラジオ放送では、3連敗して日本ハムに大手がかかっていても、「ハムカツサンド?」ハム勝つ三度!と洒落をいって笑わす余裕があった。3勝はしても4勝は出来ないということだ。思わずしきりにうなずいて中日のうっちゃりに期待したのだが、結局勢いは止められなかった。
 今年のプロ野球を振り返れば、まさに新庄劇場と言わざるを得ない。ペナントレースが始まったばかりの4月に突然の今年限りの引退発表をした。監督やチームメイトにも寝耳に水の話だったそうだ。レースも序盤、チームのことを考えると悪影響が出たりするのだが、逆に日本ハムは快進撃を進める。中盤では破竹の11連勝(球団最多タイ記録)を記録、終盤になってもその勢いは衰えず、堂々のリーグ優勝。日本シリーズに乗り込んできた。そしてそのシリーズにおいても大きな存在感となって中日を圧倒したのである。
 5年前、新庄は、阪神の提示した5年12億年(推定)という破格な年棒を蹴って、2200万円(推定)の大減俸となってメジャーリーグに挑戦する。金額の桁を間違えて契約をしてしまったと語っていたのが印象的だが、ここでも新庄劇場の断片は存在する。メジャーリーグのスタメンで4番を打つ日本人初の選手となり、さらには優勝争いにまで浮上したメッツで4番を張りつづける新庄の勝負強さにあやかろうと、メッツのロッカールームではナインが試合前に新庄の椅子に手を当ててからグランドに出る光景が見られたそうだ。メジャーでもそのパフォーマンスぶりをあげたらきりがないだろう。あるインタビューで「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボクにまかせて」と言った言葉はまんざらでもない。
 過去、メジャーリーグに挑戦した日本人投手が、試合の中でピンチを招いたとき、ピッチングコーチが駆け寄り、一声「楽しんでるか?」とその投手に問いかけたそうだ。普通ならこの大変なときに何を言ってやがると言うことになるだろう。しかし、その時日本とメジャーの気持ちの置き方の違いにハッと気づき、だから自分は、遠くからこの場に臨んでやってきたんだと後年語っている。
 「楽しむ」この簡単そうで難しい言葉の響きが、今年の日本シリーズの明暗を分けたことは、だれの目から見ても明らかだろう。楽しむというあたかも神秘的な響きが、新庄からチームへ、そしてファンへと大きなうねりになって一つの劇場を作り上げ、最後まで演じきってしまったのではないだろうか。
 話しは変わるが、好きな言葉の一つに塞翁が馬という言葉がある。人生の吉凶禍福は転変が激しく予測ができないということだ。何事も自分の思った方向には決してすんなり行くものではない。すんなり行くどころか、自分の意思とは正反対のことでもしなければならないときがある。ところが存外、そのことが後で役立ったりするものだ。予測できないことだから不安があり、反面楽しみもある。後で考えてみればその一瞬を、楽しむ心持で接することが出来たら、一層豊かな生き方ができるのではないか。夜長の大敗を引きずって飲み続けているほろ酔い時に、ふと思ったのだった。
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