ヘルシングあい便り

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AM I(アミ)2009.10.01

9月は、デコさんと平田シェフの料理教室が重なったこともあって、あっという間に一ヶ月が過ぎた気がする。そして、いつの間にやらシルバーウィークと名づ けられた連休が、そのスピードをさらに加速させたようである。と、こういう書き出しから始まるというのも、書く材料に事欠き、月末が迫ってくる例えようも ない焦りからである。毎月のことだから、もっと早く仕上げるよう周りに促されるのだが、そう簡単につらつら沸いてくるように書けるものでもない。結局、い つも泡食って印刷にかけているのが常である。
そういえばデコさんから、子供に読み聞かせていたらいつのまにか自分がはまり込んでしまったという話しを聞いて、早速取り寄せた本がある。『アミ 小さ な宇宙人』である。1986年にチリで出版されたというから、20年以上も前のことだ。たちまちベストセラーとなり、11ヶ国語に翻訳され、続編として 『もどってきたアミ 小さな宇宙人』『アミ3度目の約束 愛はすべてをこえて』がある。時間の関係でまだ続編は読んでいないが、読みやすいのも手伝って、一部はあっという間に読み終えた。不思議なことに読む前か ら、おおよその内容が分かっていた気がするし、読み進めていくうちに、過去に何度となく似たような物語を聞いたか、読んだ覚えがあるのだ。ひょっとした ら、潜在的に誰もが共有している情報(アカシックレコード)なのかもしれない。ただその時々の表現方法や、タイミングの違いで、見過ごしてしまっただけな のではないだろうか。そういう意味ではタイミングよく、自分という視点で向き合って読み進めていくと、この本に託された思いがよく分かった気がしたのであ る。本の内容は、聖書や、ありがたい教典、お経などに書かれている言葉を、大人から子供まで分かりやすいようにと、宇宙人アミが、翻訳でもするように読者 に紐解いて聞かせているようである。
若い頃・・という言葉を使わないといけない年齢になってしまったが、自分の内臓の存在を意識したことがある人が何人いるだろうか。食べ過ぎの腹痛以外 に、少々無理をしたくらいでは、自分の体なのに、それらの存在すら感じなかったのではないか。そのためついつい無理を重ねてしまう。その無理が慢性化して くると、今度は麻痺に変わる。そのうち、自分をおろそかにした代償は、あらゆる病いの表現となって現れる。そんな誤りに気づき、自分をいとおしく思い、大 切にすることができてはじめて、周りを大切にすることに繋がり、広い意味で世界をも一つにすることができるのだとアミは、少年に伝えている気がしたのであ る。少年が見た宇宙人アミ。実は、もう一人の自分自身ではないだろうか。
AM I?そう、自分自身に違いない。

「アミ 小さな宇宙人」 徳間書店

遊びが語る秘話2009.09.01

長雨がようやくおさまったと思ったらもう秋の空である。せみの声は、コオロギやキリギリスなどの涼しい音色に変わろうとしている。そしてもう一つ大きく変 わっただろうと思うのは、選挙結果である。民主党の圧倒的な勝利で終わっていることだろう。小泉劇場が一転、次の選挙では民主党の独壇場になろうとはだれ が予想しただろう。これは、いかにこの数年間の国民のストレスが大きかったことを表していないだろうか。何でもそうである。長年付き合いが続くとどうして も馴れ合いになるのは当然で、だから官僚支配という言葉ができるのだろう。これから選挙ごとに政党が変わったほうが緊張感があって返って良いのかもしれ ない。いずれにせよ、この便りが届くころに判明している結果が楽しみである。
ある一冊の本をOさんからいただいた。日本の主食である米のルーツを著したものである。一読して感じたのは、知らしめず、寄らしめよ。という言葉がある ように、何も知らされていなかったことの悲痛さである。まだ小学生のころ、脚気の意味も知らず、そのテストと称して、いすに座った友人の片足のひざを空手 チョップして、その足が反射的にピョンと持ち上がるのを見て楽しんだことがある。まさかこの遊びが、何万人という死者を出した脚気という、当時の奇病とは 思いもしなかった。その本は語っている。米の歴史は脚気の歴史といっていいほど密接な関係で、白米まで搗いて食べれた一部の上流階級に起こったといわれる のが奈良時代だそうだ。足の神経が麻痺して歩行困難になり、意識障害、手当てが遅れると死に至るという。生活が向上し、硬い玄米を精米して白米を食べれる ようになればなるほど脚気は増え続け、その白米を採用した明治政府の軍隊に至っては次々に兵士が倒れるので静養のために田舎に帰したほどである。しかしそ こではまだ運良く玄米や雑穀が主食である。そうすると見る見る元気になるから驚いたことだろう。しばらくするとまた軍に復帰するのを繰り返したそうだ。そ の当時、まさか主食の米に原因があるとは思っていなかっただろうが、中には白米に麦を混ぜた麦飯の効用に着目してそれに踏み切り、かなりの成果をあげた師 団もあったため、食が原因で起こるという説が重要視される所まで行ったというが、政府擁護のもとでドイツ医学を取り入れていた東大医学部が、脚気細菌説を 唱え、まったくそれを受け入れなかったそうである。結局、あるはずもない細菌探しに奔走する中、日清戦争のときには何と戦死者の11倍もの死者を脚気で 失っているのだ。この悲惨な状況は、結局昭和になるまで引きづられていくことになる。このあたりの日本の事情は、今も変わらない風景ではないだろうか。人 の命より自分たちのメンツのほうが大事なのである。そんなゴミのようなメンツのために人名が失われ、何の反省や説明もないまま今日に至った証拠が、あの脚 気の遊びにあらわれている気がするのである。そうでなけれは、あれを遊びと今まで思えなかっただろう。
その後、脚気の有効成分が、玄米を精米した米糠の中から発見された。それがビタミンB1である。それとともに、この奇病は終息に向かい、細菌説もどこ吹 く風である。脚気の歴史を見ると日本の歴史が分かるとこの著者は語っているがその意味が良く分かる気がする。ぜひご一読いただきたい本である。
「見直せ!日本型食生活」 食物史研究家 鈴木猛夫

もう一つの選挙2009.08.01

毎日見るブログがある。その中のある記事に目がとまった。今月末の衆議院選挙は言われるまでもないが、同時に行われる最高裁裁判官の国民審査のことだ。国 民審査「?」。言われて気づいたが、投票所ではじめて目にする裁判官の名前である。これは国民が審査するのだそうだ。しかし、良いも悪いも分かるはずがな い。当然ながら空白で出していた。分からないから空白になるのだが、実はこれで任命となるらしい。よくよく考えてみるとおかしなものだ。審査といっても、 国民が審査できる情報はどこに提供されているのだろう。たとえ情報が提供されたとしても、果たして裁判官を審査できるだろうか。最高裁の裁判官といえば、 法の番人のトップである。より公平な法を説ける人がなってくれればそれでいい。なにも一般人が口を挟むことがないはずである。しかし、その記事は語る。今 回ばかりはちょっと様子が変であると。何が変か、その裁判官の中には、イラク派兵を進めた外務行政のトップが含まれているというのだ。てっきり、裁判官 は、現在の裁判官、弁護士や検察などの経験を積んだ人物が評価されるものだと思っていたが、総理大臣が推薦したりもできるらしい。道理で裁判員制度を推し 進めた人物が含まれるなど、天下りのような人事が、こんな所まで計られているような気もしてくる。裁判官は何を基準にして選ばれるのだろうか。
「ただ、皇天后土のわが心を知るあるのみ。(意:天地だけが知っている)」さらし首の刑場にのぞんだとき、こう三度叫んだという。明治維新の中を駆け抜 けた一人、享年41才でこの世を去った江藤新平氏の最後の言葉である。下級武士という身分の低い、非常に貧しい家に生まれ、通常6,7歳で通い出す藩の弘 道館(藩校)にもやっと入学したのが16歳のときだっだそうだ。そんな彼が、勉学に励み、頭角を現していくのはさらに先のことになるのだが、時代の風とは 不思議なものである。維新を迎える中、薩長が利権争いにひしめく新政府にとって、なくてはならない異彩な輝きを放って登場する。今の法務大臣に相当する司 法卿に就任し、司法権の独立、人権擁護と人間解放、法体制構築、警察制度整備など、様々な課題に精力的に挑み、人民の権利を守り、弱き民のために改革する といった仕組みを作りあげた。それまでの日本の歴史上、庶民が「お上」を訴える制度はなかったが、これによって国民が国や政治家、役人を訴えることがで きるようになったのだ。しかし、わが国の近代司法体制の生みの親とまでいわれた経歴の持ち主が、佐賀の乱の首謀者として、自分の作った警察網によって捉え られ、逆に自分の整備した法律にはない旧法で、一方的に「お上」によって裁かれたのは、無念の一言では表せないだろう。時の支配者が法を握るとどうなるか を、最期、自分の身をさらして後世に伝えたと思えはしないか。もう一つの選挙のほうが、いまは大切に思えてくる

参考:歳月:司馬 遼太郎 他
参考ブログ①:http://www.amakiblog.com/archives/2008/11/01/#001213"
参考URL②:http://liveinpeace.jp/kokuminshinsa.html

K氏のその後2009.07.01

早朝、携帯電話の音がけたたましく鳴り響いた。5時ごろだから当然だ。何かと思って表示を確認すると、以前にもご紹介した病気の問屋K氏からである。 ひょっとしてご家族から悲報の連絡かと思って、怖々出てみると、「おい、どういうことや。笑っ笑。」電話口の向こうでゲラゲラ笑っている。心の準備をした のも馬鹿らしくなったが、一体何事か問いただしてみると、どうやら、本当に早起きしてウォーキングをしているのか確かめたのだという。そして畳みかけるよ うに、朝食抜きなど馬鹿げたことを言うな、理由を聞かせろと迫って来たのだ。この当たりの神経は、さすが人のことはお構いなしで、片っ端から情報源を探る 元新聞記者の姿勢そのものである。
大手術をした昨年の10月以降、たまにメールが来ては返信していたが、ひょっこり店に顔を出したのは、つい一週間前のことだった。大柄だった体は、食事 制限もあってかなりほっそりしたが、以前より足の運びが軽いように見えた。会って早々、編集長時代の口癖「何かいい話はないか。」が、第一声だった。あ れほど健康に全く無関心だったのに、健康法についていろいろ聞いてくる。取材でも受けているように付きまとうのだ。その理由は後で分かった。退院後、チャ ンプという名でさまざまなブログに記事を書いているという。つい最近では、戦国時代の武将、竹中半兵衛の史跡めぐりや、名古屋扇子について取材したそうだ (以外にも、名古屋は京都と並んで扇子の産地らしい)。さまざまな地を訪れ、人とふれあい、それをブログに掲載しているらしいが、それが本人曰く大好評だ という。以前の仕事柄、まさに水を得た魚で、週に3回の透析治療以外は、寝る間も惜しんで取材記事や写真を、アップしているそうだ。そして、次の記事の矛 先が、こちらに向けられたのだった。朝食抜きと銘打って書かれた記事は、猛反発のコメントとなって帰ってきたという。反論記事がほしいというが、やっても いない人が書いても説得力がないのは当たり前のことだろう。それより、一連の話しの中で、大切なものを学ばせてもらった気がする。それは、健康とは、食事 も運動も大切なことは勿論だが、その司令塔である精神があってこそうまく機能するようにできているということだ。いくら健康に注意しても、精神が病んでい ては、体は言うことを聞いてくれないだろう。たとえは悪いが、暗雲の中の片肺飛行でも、目標を見定めている見事なK氏の操縦法に心から敬意を表したい。

感染列島2009.06.01

メキシコで発症した豚インフルエンザは、時間とともに過熱な報道となって日本に上陸した。まさしく映画の感染列島前夜である。マスクはすぐさま底をつき、海外からの入国者にはするどい視線が向けられ、風邪症状の患者を受け入れ拒否する病院や、そんな状況を逆にあおるようなCMに総理自ら出演して加担する始末だ。状況が分からないから情報がほしい。それを公表しないで、落ち着けと言って、だれが落ち着けるだろうか。感染とは、まさしく恐怖の感染である。それが先走り、周りを巻き込むのである。何よりあれだけあおったメディアも、その後は知らん顔のようである。メディアの存在価値とは、真実により近い情報を、リアルタイムで知らせることである。一番知りたい情報は後回しにしておきながら、不確定な情報で誘導し、後になって責任を避ける報道がまかり通るなら、存在価値など一利もないのではないだろうか。
 時間の経過とともに、事実がちらほら新聞の小さな紙面に掲載され始めた。ネット上では、より詳細な情報が次々アップされている。それを垣間見るに、今回も狂牛病の時と同じような、多国籍企業によるずさんな衛生管理が問題視されている。生き物を工業化し、糞尿や抗生物質まみれの豚を売りさばく一方で、死骸が放置されるなどの周辺地域の汚染が、今回のインフルエンザの原因となっているというのだ。牛や、鳥に続き、畜産の過度な工業化が公衆衛生にもたらす大きな氷山の、まだほんの一角かもしれない。一方、米疾病対策センターによると、1957年以前に生まれた中高年層が新型への免疫を持つ可能性があるとの見解を明らかにしたようである。いずれにせよ、疾病に負けない抵抗力をつけることが一番の早道であるとともに、当然のことだが、このような会社が生み出す商品には決して手をつけないことである。どうやら、自然豚という文句で国内にも相当輸入されているようなので気をつけたい。そして、病原菌の好物である砂糖を控え、塩気を補うことを忘れないようにしたい。
 話しは少し変わるが、平日の朝4時ごろから東海テレビで放映されている伊勢神宮の四季という番組がある。その時間帯は、モアイ島や名古屋城などの映像と、日替わりで繰り返し放映されている。全国10万の神社の総氏神である伊勢神宮で、1300年にわたって1年に千数百もの神事・祭儀が行われているそうだ。毎日朝夕毎に神饌が奉られ、特別に調製された御飯・御塩や乾鰹などが供される。累々と一日2食であったことが示されていると共に、主食である米を授かったという事実の伝承を、祭事を通して今まで受け継がれていることに、思わず畏敬の念を感じた。そして主食、食べ物の重要性を、改めて感じずにはいられなかった。伝承が途絶えていくなかで、依然と厳かに続く儀式。そこにスポットをあてるのもメディアの仕事である。時間帯はさておき、こんな感染なら一人でも多く広めたいと思う。
参考:伊勢神宮の衣食住 角川ソフィア文庫  インフルエンザA型 Attcフランス農民連盟

過ぎたるは・・・2009.05.01

ずいぶんと前のこと、さぞかし喜ばれるだろうと思い、当時は評判だったパン工房の詰め合わせをお祝いに贈ったことがある。健康に気を使われている方だったので材料も吟味してのことだった。評価は当然のことながら良かったが、最後に言われた一言をこの時期にふと思い出す。「美味しすぎて、ついつい食べすぎちゃうのよ」。健康に携わる者として、あえて苦言をしていただいたのだが、当時はその言葉の意味を深く理解できなかった。その頃はグルメブーム、テレビをつければ、毎日のように美食の映像が映し出されていた。いくらでも食べれる年令だったので、先頭を切って美味しすぎる店を巡っていた。当然、体も不調になるが、それが食べ物が原因であるとは思っても見なかった頃だった。
 朝食抜きにして、かれこれ10年以上になる。よく言われるような脳に血液が回らないなどと言うことはない。体は軽く、程よい空腹感で昼食を迎えられるのが何より心地良い。以前は、空腹すら感じなかった。食事を減らすことで、過ぎることの害を初めて体感したきっかけかもしれない。しかし、過ぎたるものへの誘惑を断ち切るのは難しい。だからせめて体調に不安がある方には、朝食抜きをおすすめしたい。西勝造氏の朝食無用論によると、朝食をとり始めた歴史は世界的にもまだ浅いらしい。それまでは一食、ないしは二食だった訳だ。ではなぜ、朝食抜きがよいのか?この本に分かりやすく書いてあるのでそれを簡単に記したい。午前中は、前日の疲労物質や毒素、就寝中に修繕されて有害な細菌や物質を消毒したもの、食事でとった食物の分解できなかったもの、腸内にある食物の残滓物や毒物などを排泄する時間であるという。朝食をとることによって、せっかく貴重な排泄に使われるエネルギーが、胃などに分散され、排泄されるべき毒素などが体内に残ってしまうというのである。分かっていても、のどもと過ぎれば何とやらが普通だが、一生休みなく働き続けている体のことを考えれば、少しは休息させたいと思うのが人情で、それが自分のことなら尚更やってみる価値があるのではないだろうか。
 今日も毎日のように健康に良いといわれているものが取り上げられ、いろいろな学者がその都度出てきては効能効果を訴える。視聴者はそれを買いあさり、一時的に市場から物がなくなる。では、果たしてそれで効いている人はいたのだろうか。効いていれば毎日のように手を変え品を変え取りあげる必要もないだろう。かえって、むやみにとりすぎたことよって病気になっていることのほうが多いのではないだろうか。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」の言葉通り、何事も過ぎぬようにと教えて頂いた言葉が、ふとよみがえる。
参考著書:二食主義健康法 朝食無用論 西 勝造著

ウサギ(△)とかめ(▽)2009.04.01

毎朝の日課となった約5kmのウォーキングも、早いもので2ヶ月が過ぎた。はじめた当初は体が温まるまでは凍えるような寒さの中だった。意外だったのは、歩くだけとはいえ、なかなか体が言うことを聞かなかったことだ。足の甲やら、股関節が痛くなったり、ふくらはぎが張るなど、長年の運動不足のツケが毎日のように襲ってきた。寒さとこのツケにしばらく苦しめられたが、そのうち少しずつ体調に変化が現れ始めた。歩くことで体は軽くなり、疲れにくくなったのだ。この間特に食事を気をつけていることも大きな要因と思うが、顕著にしたのは、これが原因だろう。
 時間にして約50分ほどのウォーキングの時間は、運動以外に、頭の整理に大いに役立っている。つい先日のこと、ふと頭をよぎったことがある。イソップ童話のウサギとかめの話しだ。この教訓は、ご存知の通り、自信過剰で思い上がり、油断をすると物事を逃してしまう。 また、能力が弱く歩みが遅くとも、脇道に反れず着実に真っ直ぐ進む事で、最終的に大きな成果を得ることができる。という事を著したものだろう。しかし、このウサギとかめを、運動の違いに当てはめると面白いことが浮かんできたのだ。ウサギをジョギング、かめの方をウォーキングとすると、この違いは何か。いつも歩いている横を駆けていくランナーは、大きく息を弾ませている。ジョギングは心臓に負担をかける動脈運動だ。一方のウォーキングは、今日も隣りを鼻歌交じりで歩いているご高齢の方が良い例で、これは心臓に負担をかけない静脈運動になる。だから、鼻歌を歌ったり、世間話をしながらでも余裕で歩けるのだ。しかも、大きな利点として、ふくらはぎの下腿三頭筋などは下肢の筋ポンプ作用といい、心臓に戻る血液を促す働きに大きく作用するのである。
 この二つの運動の特性を陰陽でわかりやすく表したのがこの物語ではないだろうか。陽性が動脈であり、陰性が静脈である。この相反する作用をこの物語りに当てはめると、うさぎ(陽性な運動)は瞬発力がある反面、持続性がない。一方、かめ(陰性な運動)は、瞬発力はないが持続力がある。更に、陰極まって陽転すという言葉が示すとおり、地味なことでも毎日コツコツ積み重ねることが、時には大きな成果を成し遂げることもできるということを暗示したものと感じたのだ。
 絶えることがないダイエットブームも思えば過激な運動が目につく。大きな陽は大きな陰を引き付ける。これは、休息や、継続性の困難を意味する、それに引き換え、教材やジムに行く費用もかけず、しかも穏やかな春の風を感じ、桜のつぼみが一日一日大きくなり、開花していく姿を見る機会に恵まれながら、この2ヶ月間のウォーキングだけで何と4キロも体重が落ちた。これこそ地味だがささやかな陽転のおかげではないだろうか。

キャプテンの悲報2009.03.01

一枚の葉書きが、不意に届いた。それは、悲報を知らせるものだった。新聞等でも連日に渡って掲載されたことでご存知の方も多いと思う。エリカ号で世界一周を果たし、その後、地球冒険塾という更なる夢の実現に思いをはせていた長江裕明さんの悲しい死の知らせだった。
 思い出されるのは出会い当時のこと。その時の飲み仲間というと決まって、今は定年して時折メールのやり取りをするだけとなった病気の問屋?K氏である。そのK氏が、あこがれて止まない人がいるという。その人に会いに行こうといって、連れて行かれたのが、キャプテンズダイナーという飲食店だった。船上を思わせる入口を通って中に入ると、大海原を滑走するヨットが、まるでこちらにせまってくるような臨場感を大型スクリーンが映し出している。大きな丸テーブルには大皿料理が並び、広い店内は、お客であふれていた。まるで船上の大宴会のようだった。その中をかき分けて、ダンディーな男性が近づいてきた。「や~!ようこそ」大柄なK氏が目立ったのだろう、清々しい笑顔で迎えてくれたその人が長江さんだった。食事をしていると、催促するように個室に案内された。地球冒険塾と書かれた部屋の中は、数々の海やヨットの写真、模型や本が点在する異空間だった。時間が経つにつれて、別世界に引き込まれたような、この感覚をあえて例えるならば、ディズニーランドのアドベンチャーランドにでもいるような感じと言ったらいいだろうか。長江さんは、長い航海の話しを時折冗談を交えながら語り続けていた。話題が、次の夢である地球冒険塾に移るとますます話しはヒートアップした。それは、なんと高校生を主体とした若者達が自分達の手でヨットを操船し、世界を航海するという。そして、その様子はドキュメンタリーにして、全国の学校や公共の場で上映し、多くの若者達に夢や勇気、希望を持つ機会にしたい、という壮大なものだった。
 夢の実現に奔走している最中、持病の心臓の患いが悪化し、奇跡的に回復を果たしたが、余命10年を告げられた。しかしそれでも、夢の実現を諦めることなく、4年程前には、海洋ゴミ、漂着ゴミ等の現状調査を目的とした航海に出たのだった。昨年、ひょっこり当店に来たときも、大学生とのプロジェクトが進行中ということで、目が輝いていた。夢に向かって走り続けた60年の人生は、あらゆる逆境をはねのけて進んでいく姿だった。それはどんなに周りの人を勇気づけたかしれない。共感する一人として声を大にして言いたい。
「キャプテン、ありがとう」と。

生きているだけで、いいんじゃない2009.02.05

気温が一気に氷点下となった一月下旬、体を動かしたくなって店を出た。吐く息が、昇る太陽の光で煙のように吹き上がる。ふと名古屋城の外堀まで足を伸ばしてみたくなった。池を眺めながら歩いていると、頭とは裏腹に、慢性的な運動不足を体は知っていて、先へ先へと進みたがる。とうとうお城をぐるっと一周しようとしていた。顔に当たる冷気を感じながら真近になった池に目をやると、薄氷が一面に広がり、一層寒さを演出しているようだった。そばには大小数匹のカモが整然と泳ぎ、空にも凍てつく寒さの中を無数の鳥が縦横に飛んでいる。四季は移り変わるが、これらは変わらぬ毎朝の光景なのだろう。自然界の生き物たちに休みなどないからだ。季節に合わせて身づくろいをしたら、寒暖はげしい中でも着たきりすずめで、風邪で寝込むこともできないのである。このごく自然な視野に、最近読んだ一冊の本は、焦点を合わせてくれたようである。
 その本とは、お客様が借して下さった「生きているだけで、いいんじゃない」である。この題名は著者のお母さんの口癖だったそうだ。何とも心が和む言葉である。20年以上にわたってマクロビオティックを実践してきた著者が、父のお墓の近くに見付けた広大な土地に家族で移り住み、ブラウンズフィールドと名づけ、大自然を舞台に繰り広げる、愛と笑いと涙のエッセイ集である。読みながら、時折子どもの頃に見た「大草原の小さな家」の淡い記憶と重なった。家族協力してのロフト作りから米つくり、毎日そのものがアドベンチャーである。四季の移り変わり、生命の営み、生きるためのエッセンスが至るところに満ち溢れている。自然の中で、生き物が毎日の糧を探すように、健康というごく当たり前なことが大前提で、それから何をするべきか、分かった人だけが持つ本当の自由な姿がここにあった。
 著者は中島デコさんである。大変光栄なことに、当店で2日間、料理教室をしていただくことになった。この便りがつく頃には終わっているころだろうが、岡山や遠方からも駆けつける人もあって、早々に予約でいっぱいになった。料理もさることながら、その人柄にふれることが今、何よりの楽しみである。こんな機会をもっと作っていきたいと思っている。

「生きているだけで、いいんじゃない」中島デコ著

炊煙2009.01.01

 北区から移転してこちらであわただしくオープンしたのが昨年の4月始め。干支(亥)のように猛進して、あっという間に新年を迎えましたが、無事に年越しができたのも、皆さまの日頃の温かいご支援のおかげです。深く御礼申し上げます。そして本年もよろしくお願い申し上げます。
 
 ある番組で、年金や薬害肝炎などの問題に触れ、竹村健一がこんなことを言っていた。今、内閣を襲っているのは国難である。昭和の初期の不況時、公務員の給料を1割のカットして乗り切ったことがある。又、古くは仁徳天皇の時代に、疲弊にあえぐ民に対して、宮中はぜいたくを抑えた。やがて民のかまどから炊煙が上がるようにようになった。政府にも、省庁にも理屈は色々あるだろうが、ごちゃごちゃ言わないで早急に救済すべきだ。といった内容だった。
 禅語に、似た風景を語ったものがある。肝心の言葉が思い出せないが、その言葉の意味は、朝もやの中を、かまどに火を入れ、やがて立ち昇る炊煙が一筋二筋と増えていく。毎日の平和な朝食の風景だ。それは次の日もまた次の日も繰り返される。平穏な静かな一日の始まりを顕し、その日その日の無事を感謝するということだと教えて頂いた。その炊煙が立ち昇っていないことに気づいて租税を免除し、その間は倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えなかったという仁徳天皇の逸話は、時代と風景こそ異なっているが、味わい深い話しではないだろうか。きっと、美しい国というのは、本来そういうものを表すのだろう。
 肝心の禅語の言葉を思い出せずに焦りが出始めた。しかし、いろいろ調べていたら、新年にふさわしい言葉にたどり着いたので、代用して明記させて頂きたい。
 洗心・・心機一転する正月に、洗心し、記憶や思いを投げ捨てれば、心は自ずと新たになる。正月とは、もともと修正する月である。
 今年一年が、いつも平穏な風景でありますよう心からお祈り申し上げます。
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