ヘルシングあい便り

大岩さんの農場へ行きませんか2004.04.01

二十四節気でいう清明 (4/5頃)、万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也(暦便覧)「晴れ渡った空には当に清浄明潔という語ふさわしい。地上に目を移せば、百花が咲き競う季節」を意味する穏やかな気候のこの時期、当店では毎年の恒例として大岩さんの農場見学を行っています。
無農薬、無化学肥料の野菜を作り続けて20数年近くなるという大岩さんの農場は、。山を切り開いてできたもので、南知多の小高い丘の上にあります。起伏のある迷路のような農道を通って、点々とする栽培地を見てまわるのですが、まず先に必ず見てもらうのが、有機肥料を作っている現場です。
鶏糞や米ぬか、わらなどに特殊な酵素を配合して発酵させて有機質の豊富な肥料が作られます。発酵が進んでいる段階では60℃近くまでなるという山のような肥料からゆげがでているのを見て驚かされたこともしばしば。じっくり手間ひまをかけて出来上がった有機肥料は、大岩さんの野菜作りにかけがえのないものです。
野菜畑では、半分以上のキャベツがカラスに突っつかれていたりします。「みんな生きとるからな、おいしいところはよく知っとる」と、大岩さん。無農薬で栽培する大変さを実感しつつ、毎回ですが、新たな発見ができる見学会です。
旬の野菜に出会えることで、自然の流れに触れることができます。野菜に含まれる栄養素は年々減少の一途をたどっているといわれ食事で取れない栄養を摂取するために数え切れないサプリメントが作られています。
昔ながらの農法で、野菜の成分表を上回る野菜作りをしている大岩さんの農場へ皆様も是非行ってみてはいかがですか。
※名古屋栄養専門学校の和泉先生により、大岩さんの野菜の栄養素が成分表と同等、もしくわ上回っていることが認められました。


命はみなつながっている2004.03.01

最近「白い巨塔」を毎週見るのが日課となっている。というより一番はまっていると言ったほうがいいかもしれない。医療過誤をめぐる患者の遺族と医療ミスを犯した大学病院教授との熾烈な医療裁判を扱った内容が、とても三十年ほど前に作られた作品とは思えないほど新鮮な問題として見る側に迫ってくる。近年医療ミスが全国で多発している。その根底にある大きな問題は一体なんだろうか。
数年前、NHK製作「プロジェクトX」で心臓外科医須磨久善氏の「奇跡の心臓手術に挑む」を見たことがある。なんと動いている心臓をメスで切りとる「バチスタ手術」というもの。死を宣告された心臓病の患者に生の希望を与える高度な手術を手がけたことで広く知られているということだった。
ところが、その最初の手術が病気の進行が早く失敗に終わったことで、「手術は時期尚早」と当然のように医学界から批判の声がまき上がった。メスを持つのを絶つことを考えたほど本人も悩み、うちひしがれていたとき、「この手術を続けてほしい」と声を上げたのは、その最初の手術で亡くなった患者の奥さんだったそうだ。その後、二人目の手術希望者の手術が見事に成功し、ようやくこの新しい治療法は広く認められていく。
「医者というのは、患者のためにいるわけで医者としての地位や名誉などどうでもいいことです大切なのは医者が患者から見捨てられないようにすることです」と、熱く語る須磨氏の言葉が、今の医療にもっとも求められていることではないだろうか。
来月の10日に、須磨久善氏の講演会が催されます。熱い思いを聞きにいきませんか。

風邪の効用2004.02.01

1月の中旬に、不覚にも風邪をひいてしまい週末は丸1日床に入ってジッとしていました。普段は寝ているのも疲れるものですが、こういうときは不思議と寝ていられるものです。ただ、体の節々は痛いしのどは乾くので、その都度おきて水を飲んだりアスミンや、SOD様食品、れんこん湯エキス、ローズヒップなど服用し、のどの痛みはビワ種のエキスのシップを患部に張ってしのぎました。
野口晴哉氏の「風邪の効用」の本の中に、風邪は自然の健康法であるとあります。日頃の生活で崩した体のバランスが、風邪を引くことで、体を正し、じっくりと経過を待つことによって、風邪をひいたあとはあたかも蛇が脱皮するような新鮮な体になると説いているのです。一見するとそんなうまい話しがあるかと思いがちですが、経過を考えるとうなずけることも発見できます。今回の風邪は体が冷えて冷えて仕方がありませんでした。空気が凍りつくように感じられたのです。本来ならカーっと熱が出て翌日カラっと回復と思いたかったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。どうやら陰を体にためこんだせいなのでしょう。苦し紛れに普段より熱くしたお風呂で腰湯もじっくりとしました。ようやくその日の夜、ぐっすりと眠ることができ知らずに汗もかいていました。幾分かすっきりとした体に風邪の効用の意味を感じた次第です。
ホメオスターシス(体内恒常性)という言葉があります。自律神経系・内分泌系・免疫系が互いに調節し合い、いつもの心身状態を保とうとすることを意味するのですが、それがバランスを崩すことで病気の原因を呼ぶのでしょう。熱や痛みやだるさは、あらゆる体の機能が元に戻ろうとする信号と捕らえると風邪もまんざら悪いものではないですね。
インフルエンザのシーズンです。くれぐれもお体ご自愛ください。

謹賀新年おめでとうございます2004.01.10

謹賀新年おめでとうございます
旧年中もひとかたならぬご用命を賜り、スタッフ一同心から厚く御礼申し上げます

昨年末にアメリカで狂牛病が発生したというニュースは、飲食業界を驚かせるものでした。それもそのはず各国で狂牛病対策の対応に苦慮する中、いち早くアメリカは肉骨粉を反芻動物に与えてはならないとされる政府規制や、欧州で狂牛病が発生した時点から国家危機管理体制の一環に組み込まれ、非常事態体制プランまで詳細が作成されていたというからです。
しかし、アメリカのドキュメント番組で、「アメリカの牛は肉食になる時でも、ほとんど検査されておらず、アメリカ中で年間2000頭程度しか検査されていない。これはアメリカでは狂牛病が発症していないので、怪しい牛だけを検査している状態とのことである。もちろん解体のしかたも、背骨を抜き取る方法など取っていないとのこと。」など、いつ狂牛病が発症してもおかしくないという報道がなされたといいます。真意のほどは明らかではないにせよ、恐ろしいことは日本に輸入されるアメリカ産の牛肉が全体の半分以上を占めることです。和牛に比べて約6分の1という低価格なため、牛丼やハンバーガーなどファースト・フードや、ファミリーレストランなどで使用されているのはほとんと輸入肉といって間違いないのです。よくよく考えて牛丼一杯よりコーヒーの値段のほうが高いということ自体不自然な話ですね。
申年にちなんで三猿が有名です。“人の非を見ず”“人の非を開かず”“人の過ちを言わず”の意味で一種の戒めと受け止められていますが、これからの時代、「よく見る」「よく聞く」「大声で言う」を表す三猿である「変わり三猿」でありたいものです。

喫茶コーナーでは、今年から毎週土曜日もランチを始めます。当初は限定10食とさせていただきますが、手作りの良さを楽しんでいただけるようなクッキーやケーキなどもご提供していくことができそうですのでご期待ください。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ちょっと一服しましょ2003.12.01

例年より遅い紅葉が、ようやく町を色づきはじめました。陽気は冬を感じさせないのに、年の瀬はゆっくりと近づいてきます。四季を感じることが薄れる分だけ、一年のスピードが速くなっているように感じます。
自分でもよく飽きないなと思いながら見る映画に寅さんがあります。先日もテレビで放映しているのを何気なく見ながらいつもと同じ結末までついつい付き合ってしまうのですが、こういう話しを翌日スタッフにすると決まってバカにされています。
「男はつらいよ」は、1969年のいざなぎ景気の時が第一作目。当時を象徴する日本列島改造論から逆行するように、寅さんのゆったりとした歩幅は長い年月をかけて日本中を駆け巡ったことになります。高度成長から次第に失われていく町並み、下町の人情を映画に刻み込んで言ったことがいまでも多くのファンを釘付けにしているのだと思います。
その時代が抱える問題を織り交ぜながら、それを飲み込んで生き方を通していくというのは本当の意味での自由人なのかもしれません。この正反対の生き方がある種の憧れなのでしょうか。
今の時代、大店舗の波はますます大きくなっています。一日楽しく遊べて買い物ができるレジャー並みの店舗に人の波は吸収されていき、逆に、地域の商店街はどんどん閑散とし、町並みはまったく変わりはて、行き交う人間関係はますます乏しいものとなり、個人はますます孤立化をたどっていきます。孤立化は益々進み、同様に犯罪は増加の一途をたどっていきます。複雑と思われる問題は、一面で監視してくれる周りのやさしい目がなくなったからではないでしょうか。
「おい少年!」暗い影を持つものにやさしく声をかける寅さんのような柴又の町並みが消えていくことで、物の豊かさを得た半面、心の豊かさが失われつつあります。経済大国であり、反面、自殺大国の汚名をきせられているわが国は、今度は、世界で一番安全な国から危険な国へと変貌しています。「時代の波に乗れないことは悪いことではない。本来の人間の姿を見失うことこそ問題」と語る山田洋次さんの思いがこめられた映画「男はつらいよ」を年越しに見て、一息ついてみませんか

『小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず 若草もしくによしなし
しろがねの衾の岡辺 日に溶けて淡雪流る
あたゝかき光はあれど 野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて 麦の色はづかに青し
旅人の群はいくつか 畠中の道を急ぎぬ
暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の 岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて』     島崎 藤村


電子レンジは便利!?2003.10.01

新聞の朝刊に電子レンジの記事が掲載されていた。容器から溶出する危険物質が人体に悪影響するというものだ。今や一家に一台あるのではないかと思われる電子レンジ。コンビニで料理を温めて出すことはよくあることだが、NHKの料理番組でも、料理研究家が不安もなく「チン!」とやる時代だ。簡単便利はいいけれど、ある一方ではこんな記録があることを知っておいていいのでは。(以降記事引用)
アメリカのスタンフォード大の医者と研究者のチームは、電子レンジが免疫に大きなダメージを与えることを確認し、Pediatrics(小児科学)という専門誌に発表しています。以来この研究チームの者は自宅でも電子レンジを使わなくなったといいます。スイスの学者ハンス・ヘルテル博士は、スイス連邦技術研究所や大学の生化学研究所の学者達8人のチームで電子レンジの食物に与える影響を調べ、「電子レンジは食物の栄養成分にダメージを与え、それを食べた人の血液にも悪い影響を与える」と指摘しています。血液中の変化としてはヘモグロビンの減少、悪玉コレステロールの増加などが起きるといいます。電子レンジは1秒間に10~1000億回も電磁波の極を変えることで、食物中の分子を目まぐるしくかき回します。これが超スピード料理の秘密ですが、分子をかき回すことで食物の栄養成分が変化してしまわないわけがなく、それがスタンフォード大チームやヘルテル博士が指摘していることに他なりません。
水と、電子レンジとストーブで沸騰させてから冷ました水とで、モヤシの発芽実験をしたところ、ストーブで沸かして冷ました水も全く沸かさない水も数日で87.5%の発芽率と両者に違いはありませんでした。しかし、電子レンジで沸かして冷ました水は25%しか発芽せず、根と根毛の生え方にも大差が出たといいます。
第二次世界大戦中、ドイツが戦争を有利にするため、調理時間を短縮する事により機動力が増すという目的で研究開発された電子レンジ。それが今や料理の主役になっています。
敵は本能寺にありと唱えた織田信長。病気の原因は、意外にも身近にひそんでいるのかもしれません。食生活を含めて、今一度見直してみたい問題ではないでしょうか。

参考資料:今村光一著「月刊ヘルスレター」


百匹目のサル2003.09.01

百匹目のサル。ある現象が一定量を越えると、一気に他の者たちに広がる現象を言うその言葉は、ライアル・ワトソンという学者が、宮崎県最南部にある幸島のニホンザルがある行動を起こしてその行動が広まったことから名づけられたそうです。その行動を見た第一発見者は、子猿がイモを水辺で転がして遊んでいるのかと思ったといいます。しかしその行動こそ、泥つきの芋を洗って食べる不可思議な行動だったわけですが、その習慣がだんだん広がり、6年たつと島のほとんどのサルたちが芋を洗って食べるようになったというのです。このイモ洗い行動はサルによる文化の創造として世界的に有名になったのですが、もっと驚くことに幸島独自の文化と思われていたイモ洗いは海を越えて大分県の高崎山自然動物園でも自然発生したのです。
一方イギリスのBBC放送は、「クロスワードパズル」の実験でこれと同じような現象を報告しています。一見すると何が描いてあるかわからないな図柄を、見た人々が認識できるかどうかという実験を行ったところ、その正解率は、その絵をテレビで放映し、答えも教えたことで何百万人もの人がこの絵を見た後、まだこの絵を知らない人に絵を認識させると、今度は正答率が上がっていたというものです。
ここで、正解率が高いのは「正解」の意識が解答しようとしている人たちに伝わるからという仮説〔シェルドレイクの仮説〕を立証したものでした。2つの事例は、ある意味で集団の意識が社会を変えるという可能性を含んでいます。世情不安が生み出すテロや犯罪の増加は、そうした不安の連鎖が引き起こしている要因の一つとしてとして考えるなら、その連鎖はエスカレートの一途をたどるように思われます。しかし、逆の意識として世情を捉え、連鎖を断ち切ることも可能なはずです。犯罪を起こす影に潜む食生活。幼児期からジャンクフードに慣れ親しまされ、低血糖症で精神的に混乱をきたす事例が増加の一途をたどっていますが、一方で日本の食文化に光が当てられ、玄米食や郷土料理が復興しつつあります。食生活の改善による意識の更正が大きな変化を与えるかもしれません。
今から三百年前に著された『養生訓』の中で貝原益軒が次のように喝破しています。「飲む水や食物はよく選べ、それによっては人の天性まで変わる」

参考著書:「なぜそれは起こるのか」喰代栄一著


旧友の文壇デビュー2003.08.01

昨年秋のこと。かれこれ中学時代から縁が切れずに親交が続いている友人から1本の電話が来た。普段と違う声のトーンから何事かと思いきや、その内容は出版社に小説を投稿したという話から始まった。そのこと自体はあまり驚かなかった。時折送られてくるメールの表現描写がうらやましいほど的を得ていてよく冗談交じりで小説でも書くよう薦めたことがあるからだ。残念ながら作品は、次点に終わったというのだが、ここまでならよくある話である。声のトーンのはここからの話を意味するものだった。次点からの選考で、出版社に彼の作品が目にとまったというのである。その話がどのくらいのものなのか計り知れないのだが、それにしても自分の作品を認めてくれる出版社がいるということはすごいことなので手放しで賛辞を贈ったのだった。
その友人とは中学時代同じクラスで水泳部、自由形で競い合った仲である。そのころから印象に残っているのは水泳での出来事ではなく、毎年来る年賀状だった。流行映画のパロディーで、正月早々笑わしてくれたからだ。これが将来の文学的才能につながったわけではないだろうが、一体いつからそんな才能が芽生えてきたのやら不思議である。その後、進む道は違ったが、気が合ったせいか何だかんだといって、方々群れをなして遊び回ったものだった。
最近では、釣りが趣味の彼の誘いで毎年の恒例で郡上八幡から富山の県境までルアーフィッシングに引っ張り出されている。夜中に出発して朝方の4時ごろから起きて川に向かう。魚のことなどどうでもいいと思う時間なのだが、急かされて眠い目をこすりながら川の前まで来ると、不思議と心境は変わってくる。川と風の大きな流れが体全体に響き渡り、五感が覚醒してくる。時間と空間が一瞬止まったような感じがしてその間、頭が真っ白になっているのを感じる。釣れる釣れないの問題ではない貴重な時間を毎年共有させてもらっている。
先月、刷り上がった初版本を真っ先に持って来てくれた。100ページちょっとの小説だが、書くのが大変なことだと毎月思い知らされている私にとって、それは長編作品と思えた。会社の慰安旅行で、偶然障害をもった女性と遭遇し、その女性が気丈で明るく振舞っている姿が目に焼きついて、処女作である作品「メタモルフォーゼ」が描けたという。今月の中旬には書店に並ぶその作品を、一冊手にとってご批評いただければ友人の一人としてうれしく思います。

「メタモルフォーゼ」著者:朝野裕之 文芸社(定価1000円)

おかげさまで12周年2003.07.01

ちょうど昨年の今頃から喫茶コーナーのスタイルを変えて、家庭で出来るヘルシーメニューをご提供させていただいてます。今年の始めからは、発芽玄米を週に3回メニューに加えました。ご利用いただいている方々からご好評いただき、このスタイルが定着しつつあります。お客様の中にはご自身で発芽玄米を作られる方も多く、炊飯器で気軽に炊けるとか、家族の方が玄米は嫌がるけど、これなら食べられるというような嬉しいお声もいただきました。つい数年前までは、玄米は特別な人が食べるものという言われ方をしていましたが、今では当たり前になりつつあり、そのスピードの速さに驚くほどです。「粕」という漢字を作られた先人は、お米を白米に精米することの無意味さを知っていたのでしょう。
物販コーナーも、昨年に比べて商品の入れ替わりも多かったこともあり、新しい顔ぶれが多くなってきました。商品アイテムも若干ですが増えましたので、一通りのものが買えるようになったのではと思っています。そのコーナーの隣に小さいですが、癒しスペースを作り、そこで、フットセラピーや、自然療法教室などを開催しています。まだ、落ち着けるスペースとまではいっていませんので、これからより、リラックスして頂けるような空間にしていきたいと思っています。
12周年を迎え、日頃の感謝とともに、皆さまの健康に少しでもお役に立てるようスタッフと力を合わせて精進してまいりたいと思っています。

その後の生き方2003.06.01

90年代、派手なルックスで売り出し、通称ヴィジュアル系のはしりとも言われたロックバンド“X-Japan”。多分、このグループの名前から、元メンバーだったギタリストのhideの事故死や、最近では、Yoshikiが愛知万博の公式イメージソングをプロデュースするなどのニュース、はたまたキンキンの逆立った髪の毛にお化けメイクを思い出した方など、さまざまな記憶が頭の片隅を横切ったと思います。私の場合、意外にも、たった一度だけ偶然見ていたテレビ番組(ミュージックフェアー)で、岩崎宏美と出演していた元ボーカルのToshiを鮮明に思い出します。ハードロックと岩崎宏美では、接点がないのではと思いきや、彼の澄んだ歌声を聴いて描いていた想像は完全に裏切られました。
Toshiは、97年にX-Japanを脱退して99年からソロ活動で全国47都道府県をまわり、今年で3000ヶ所を超えるミニライブやコンサートをしているそうです。先月のこと、これまた偶然に、名古屋でライブが行われるということで、運良く参加することができました。
派手なロックバンド時代とは打って変わって、ラフなシャツ姿は着飾ることもなく、ピアノやギターを弾きながら静かに語りかけてくるような歌声は、先のテレビの映像と重なり、威圧的な張り詰めたものなど微塵も感じられませんでした。
劣等感のかたまりだった少年時代から、人を見返すためにスターを目指し、髪を逆立てて虚勢を張り、地位や名声、圧倒的な人気を得ては見たものの、それとは裏腹に、空しくもがいている自分の心を押し殺しながら、うまくいっているふりや幸せなふりををする演技に疲れ果て、自殺を考えるほど苦しかった当時の心境や、その状態から一枚のCDが救ってくれた話しなどを間に時折織り交ぜながら、あっという間に時間は過ぎました。
他人の顔色や評価ではなく、ありのままの自分を受け入れて、その心境を歌で表すスタイルが自分を癒し、また、同じ境遇の方へのメッセージになればと語った彼のその姿を、今日も全国のどこかで見ることでしょう。


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