ヘルシングあい便り

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新しい年を迎えて2010.01.01

昨年は、50数年ぶり政権交代という大きな政変のあった年でした。早速行われた事業仕分けという言葉が流行語になるくらい、日本の政治も大きく変わるのか という期待をもって新政権を見守り続けているうちに新しい年を迎えることになりましたが、仕分けのしわ寄せは、どうやら国民生活に響くだけになりそうな気 配です。そもそも税収が少ないのなら少ないように、政治家自身が律して自らの所得を見直す姿勢が一番求められてはいないでしょうか。それが国民代表の責任 だと思います。自ら痛い思いをせずに、傍らにある事業の仕分けをいくら注視したとしても、他人の空言にしか聞こえてきません。そこに大きな改革などありえ ないのではないでしょうか。
物価下落と景気悪化がスパイラル的に進展していくことをデフレスパイラルというそうです。その出口は一向に見えそうもないと評論家は口々に語っています が、これもよく考えてみると、物あまりの時代はバブル以降ずっと続いているのです。ほしいものは十分揃っているのです。今さら踊らされて買い直すようなこ とを誰がするでしょうか。一昨年の偽装問題が物語っているように、消費者が品質にこだわるようになったのです。偽装をしてまで売ろうとするわけですから。 その反面、質のよいものを奪い合うために価格が高騰する現象が起こり始めてきました。これは単なるデフレではなく、Y社長が言うように、消費不振(不 信!?)のひと言で表される気がします。
これだけ成熟しきった社会が最後に求めるものは、自らの健康ではないでしょうか。だからこそ少しでもよいものを求めて多くの市場に目が向けられているの だと思います。十数年お店に立ち続けて最近つくづく分かったことは、良いものだからといって、とり過ぎては何もならないといことです。過ぎたるは及ばざる が如しという言葉どおり、良いものでも過ぎてしまえば、体にかえって害になるのです。ましてや嗜好品だったらどうなるでしょうか。私自分でもそうですが、 分かっていても、ついつい過ぎてしまうのが人情なんです。その反動は、必ず自分にかえってきます。さまざまなサプリや、健康食品を使用するより、体の小さ な悲鳴にたえず耳を傾けることが、健康でいられる秘訣のような気がします。
「私は、アメリカでテンポラリーアビリティという言葉を学びました。これは、健康な人もケガをしたり、女性は時には妊娠も経験するので、人生という長い レースの中で考えれば、健康なのはむしろ一時的なことかもしれないという考え方です。誰が、いつ介護される側に回るかもしれないのです。」進行性筋ジスト ロフィー症(筋肉細胞を崩壊させる難病中の難病で、治療法も進行を止める方法も解明されていない病気)に、24才で発症し、首から下の運動機能を失った 春山満氏(当時44才)のこの講演録を聞いたのは、もう十年ほど前になりますが、テンポラリーアビリティ=一時的な健康というこの言葉は、年々重みを持っ て訴えかけてきます。世の中の景気が良かろうと悪かろうと、健康だけは自分の責任で維持できるものです。その健康維持に少しばかり手助けになれるよう、精 進してまいりたいと思います。
本年もよろしくお願い申し上げます。

ブラウンズフィールド2009.12.01

中島デコさんのブラウンズフィールドで行われる収穫祭へ参加するために、夜通し車を走らせた。仮眠をしたため、さほど眠気にも襲われなかった。朝方、よう やく近くまでくると、かわいらしい看板がひっそり立ってる。それが示す方向へ狭い路地を曲がってゆっくり進むと、あたり一面に田畑が広がった。奥にはヤギ もいる。そして手前にはとなりのトトロの世界に出てくるような建物が並んで建って出迎えてくれた。まさしく故郷の原風景である。
ブラウンズフィールドとは、デコさんがちょうど10年前に、世田谷から家族で移り住んだ広大なこの土地を名づけたものだ。国内や世界各国から集まる若者 達と一緒に、合鴨農法による古代米作り、オーガニックな野菜つくり、マクロビオティックな食事を通して、持続可能なシンプルライフをめざして実践する場で あり、生活の場である。そして毎年、その大地からいただいた実りに感謝する収穫祭が開かれている。そこに今回、スタッフとともに参加させていただいた。
何を隠そう私自身、今年の一月に料理教室にお越しいただいて以来、デコさんのファンになった一人である。それは、自由という何かを掴んだ人の持つ魅力に ひかれているのだろう。そう言いながら自由という表現ほど難しいものはない。それでもひと言で言い表すとすると、空を飛ぶ鳥である。大空を羽ばたきながら 自由な空をどこへでも飛んでいけるが、その日の糧は、自分の力で摘み取らなければならない。雨が降ろうが、嵐が来ようが止む間もなく続けられる営みであ る。それを成し遂げていることに大きな生命力を感じるのである。
祭時後にはご苦労さん会が催された。一つの長いテーブルを囲んでの食事会である。大人から子供まで40人ほどがひしめくなか、盛られた馳走めがけて箸が 飛ぶ。大家族の食卓だ。不思議と食欲がでて負けじと一緒になって箸をすすめていた。メールをしたり、ゲームで遊んでいたりする子供は一人もいない。まして や大きな液晶テレビを見たいと泣き叫ぶこともなかった。それほど豊かな時間を皆で共有させていただいたということだろう。心から感謝申し上げるとともに、 是非、いのちの洗濯に、足を運んでみることをおすすめしたい。

正義のゆくえ2009.11.01

脚本とテーマにほれ込んで、俳優のハリソンフォードが初めてメジャースタジオ以外と契約したというふれこみの映画紹介を目にしたのは9月ごろだった。それ からというもの、思い出しては気にするが、日ごろの雑務に追われて忘れかけていた。そんなある日、急に思い立って上映しているところを調べてみると、これ が意外にも愛知県ではたった一ヶ所しか上映されていない。全国的に見ても各県に一ヶ所あるかどうかだ。これがメジャーとマイナーの違いなのか。拍子抜けし たが、これが返って見る気を煽ることになった。上映最終日に開始から遅れること15分、念願の映画「正義のゆくえ」に間に合った。
それまで映画といえば、行くのは決まって大型店の中にある映画館である。そこで話題作の中から、俳優などを選んで見るのが今までのスタイルだった。しか し最近のハリウッド映画といえば、最新鋭の特撮技術や大規模なセットが売り物なだけで、その中身は期待はずれのものが多い。挙句の果て、ネタに困ったのか ハチ公物語まで出てくる始末である。しかしその中で彼の出演する作品は、唯一自分にとってははずれがないので優先順位が常に上だった。その人物がほれ込ん だという言葉が引き金となって、上映一ヶ所しかない映画館に行くこととになったのだが、これが幸い自分の価値観を変えてくれることになった。
その映画の内容は、人種のるつぼといわれるアメリカにおいて1,100万人いると言われる不法滞在者の問題を取り扱ったものである。自由の国アメリカの 光と影を、移民という角度で見事にあぶり出している。アメリカは日本と違って出生地主義らしい。たとえ違法移民であろうとアメリカで子供を生めばその子は 自動的にアメリカ人になれるが、そのため移民一家で子供だけがアメリカ人だったりする矛盾を抱えている。また国籍とは違うが永住権(グリーンカード)と いうものもあり、米国人と結婚するとか、宗教関係者であるとか、高額な投資や事業で貢献したとか、スポーツや芸術の才能があるとか、あるいは抽選に応募す るといったやり方など、いかにも犯罪を生みそうな怪しい方法もあるため、この映画でもいくつか取り上げられていた。自由を謳歌するためというが、危険を冒 し、しかも国を捨ててまでして移り住んだ人々の境遇がどのようなものかを、この映画で少しだけ垣間見た気がする。自由という光、そのこぼれる光を求めてさ まようほどの深い闇が、悲しみや怒りとともに果てしなく広がっているようである。その国で、人種を超えて大統領となったオバマ氏を支援する人々の絶叫する 声が、その闇を切り裂いて聞こえた気がした。
ハリウッドの映画産業を作り上げたのは主にユダヤ人の移民だったそうである。ユダヤ人は他の仕事には迫害を受けていたため、映画という新しい娯楽ビジネ スに注目したからだそうだ。近年、映画の制作費は高騰し、映画1本の制作に50億、100億円とかかるものも珍しくないという。移民としてアメリカに渡っ て成功と自由を勝ち取り、輝く光となった彼らは、果たしてその大きな闇を照らそうとするだろうか。マイナーで低予算といわれながら、良きアメリカといわれ た時代を匂わせるこの作品こそ、映画を単なる娯楽としてでなく、闇を照らす一筋の光に思えた。

参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

AM I(アミ)2009.10.01

9月は、デコさんと平田シェフの料理教室が重なったこともあって、あっという間に一ヶ月が過ぎた気がする。そして、いつの間にやらシルバーウィークと名づ けられた連休が、そのスピードをさらに加速させたようである。と、こういう書き出しから始まるというのも、書く材料に事欠き、月末が迫ってくる例えようも ない焦りからである。毎月のことだから、もっと早く仕上げるよう周りに促されるのだが、そう簡単につらつら沸いてくるように書けるものでもない。結局、い つも泡食って印刷にかけているのが常である。
そういえばデコさんから、子供に読み聞かせていたらいつのまにか自分がはまり込んでしまったという話しを聞いて、早速取り寄せた本がある。『アミ 小さ な宇宙人』である。1986年にチリで出版されたというから、20年以上も前のことだ。たちまちベストセラーとなり、11ヶ国語に翻訳され、続編として 『もどってきたアミ 小さな宇宙人』『アミ3度目の約束 愛はすべてをこえて』がある。時間の関係でまだ続編は読んでいないが、読みやすいのも手伝って、一部はあっという間に読み終えた。不思議なことに読む前か ら、おおよその内容が分かっていた気がするし、読み進めていくうちに、過去に何度となく似たような物語を聞いたか、読んだ覚えがあるのだ。ひょっとした ら、潜在的に誰もが共有している情報(アカシックレコード)なのかもしれない。ただその時々の表現方法や、タイミングの違いで、見過ごしてしまっただけな のではないだろうか。そういう意味ではタイミングよく、自分という視点で向き合って読み進めていくと、この本に託された思いがよく分かった気がしたのであ る。本の内容は、聖書や、ありがたい教典、お経などに書かれている言葉を、大人から子供まで分かりやすいようにと、宇宙人アミが、翻訳でもするように読者 に紐解いて聞かせているようである。
若い頃・・という言葉を使わないといけない年齢になってしまったが、自分の内臓の存在を意識したことがある人が何人いるだろうか。食べ過ぎの腹痛以外 に、少々無理をしたくらいでは、自分の体なのに、それらの存在すら感じなかったのではないか。そのためついつい無理を重ねてしまう。その無理が慢性化して くると、今度は麻痺に変わる。そのうち、自分をおろそかにした代償は、あらゆる病いの表現となって現れる。そんな誤りに気づき、自分をいとおしく思い、大 切にすることができてはじめて、周りを大切にすることに繋がり、広い意味で世界をも一つにすることができるのだとアミは、少年に伝えている気がしたのであ る。少年が見た宇宙人アミ。実は、もう一人の自分自身ではないだろうか。
AM I?そう、自分自身に違いない。

「アミ 小さな宇宙人」 徳間書店

遊びが語る秘話2009.09.01

長雨がようやくおさまったと思ったらもう秋の空である。せみの声は、コオロギやキリギリスなどの涼しい音色に変わろうとしている。そしてもう一つ大きく変 わっただろうと思うのは、選挙結果である。民主党の圧倒的な勝利で終わっていることだろう。小泉劇場が一転、次の選挙では民主党の独壇場になろうとはだれ が予想しただろう。これは、いかにこの数年間の国民のストレスが大きかったことを表していないだろうか。何でもそうである。長年付き合いが続くとどうして も馴れ合いになるのは当然で、だから官僚支配という言葉ができるのだろう。これから選挙ごとに政党が変わったほうが緊張感があって返って良いのかもしれ ない。いずれにせよ、この便りが届くころに判明している結果が楽しみである。
ある一冊の本をOさんからいただいた。日本の主食である米のルーツを著したものである。一読して感じたのは、知らしめず、寄らしめよ。という言葉がある ように、何も知らされていなかったことの悲痛さである。まだ小学生のころ、脚気の意味も知らず、そのテストと称して、いすに座った友人の片足のひざを空手 チョップして、その足が反射的にピョンと持ち上がるのを見て楽しんだことがある。まさかこの遊びが、何万人という死者を出した脚気という、当時の奇病とは 思いもしなかった。その本は語っている。米の歴史は脚気の歴史といっていいほど密接な関係で、白米まで搗いて食べれた一部の上流階級に起こったといわれる のが奈良時代だそうだ。足の神経が麻痺して歩行困難になり、意識障害、手当てが遅れると死に至るという。生活が向上し、硬い玄米を精米して白米を食べれる ようになればなるほど脚気は増え続け、その白米を採用した明治政府の軍隊に至っては次々に兵士が倒れるので静養のために田舎に帰したほどである。しかしそ こではまだ運良く玄米や雑穀が主食である。そうすると見る見る元気になるから驚いたことだろう。しばらくするとまた軍に復帰するのを繰り返したそうだ。そ の当時、まさか主食の米に原因があるとは思っていなかっただろうが、中には白米に麦を混ぜた麦飯の効用に着目してそれに踏み切り、かなりの成果をあげた師 団もあったため、食が原因で起こるという説が重要視される所まで行ったというが、政府擁護のもとでドイツ医学を取り入れていた東大医学部が、脚気細菌説を 唱え、まったくそれを受け入れなかったそうである。結局、あるはずもない細菌探しに奔走する中、日清戦争のときには何と戦死者の11倍もの死者を脚気で 失っているのだ。この悲惨な状況は、結局昭和になるまで引きづられていくことになる。このあたりの日本の事情は、今も変わらない風景ではないだろうか。人 の命より自分たちのメンツのほうが大事なのである。そんなゴミのようなメンツのために人名が失われ、何の反省や説明もないまま今日に至った証拠が、あの脚 気の遊びにあらわれている気がするのである。そうでなけれは、あれを遊びと今まで思えなかっただろう。
その後、脚気の有効成分が、玄米を精米した米糠の中から発見された。それがビタミンB1である。それとともに、この奇病は終息に向かい、細菌説もどこ吹 く風である。脚気の歴史を見ると日本の歴史が分かるとこの著者は語っているがその意味が良く分かる気がする。ぜひご一読いただきたい本である。
「見直せ!日本型食生活」 食物史研究家 鈴木猛夫

もう一つの選挙2009.08.01

毎日見るブログがある。その中のある記事に目がとまった。今月末の衆議院選挙は言われるまでもないが、同時に行われる最高裁裁判官の国民審査のことだ。国 民審査「?」。言われて気づいたが、投票所ではじめて目にする裁判官の名前である。これは国民が審査するのだそうだ。しかし、良いも悪いも分かるはずがな い。当然ながら空白で出していた。分からないから空白になるのだが、実はこれで任命となるらしい。よくよく考えてみるとおかしなものだ。審査といっても、 国民が審査できる情報はどこに提供されているのだろう。たとえ情報が提供されたとしても、果たして裁判官を審査できるだろうか。最高裁の裁判官といえば、 法の番人のトップである。より公平な法を説ける人がなってくれればそれでいい。なにも一般人が口を挟むことがないはずである。しかし、その記事は語る。今 回ばかりはちょっと様子が変であると。何が変か、その裁判官の中には、イラク派兵を進めた外務行政のトップが含まれているというのだ。てっきり、裁判官 は、現在の裁判官、弁護士や検察などの経験を積んだ人物が評価されるものだと思っていたが、総理大臣が推薦したりもできるらしい。道理で裁判員制度を推し 進めた人物が含まれるなど、天下りのような人事が、こんな所まで計られているような気もしてくる。裁判官は何を基準にして選ばれるのだろうか。
「ただ、皇天后土のわが心を知るあるのみ。(意:天地だけが知っている)」さらし首の刑場にのぞんだとき、こう三度叫んだという。明治維新の中を駆け抜 けた一人、享年41才でこの世を去った江藤新平氏の最後の言葉である。下級武士という身分の低い、非常に貧しい家に生まれ、通常6,7歳で通い出す藩の弘 道館(藩校)にもやっと入学したのが16歳のときだっだそうだ。そんな彼が、勉学に励み、頭角を現していくのはさらに先のことになるのだが、時代の風とは 不思議なものである。維新を迎える中、薩長が利権争いにひしめく新政府にとって、なくてはならない異彩な輝きを放って登場する。今の法務大臣に相当する司 法卿に就任し、司法権の独立、人権擁護と人間解放、法体制構築、警察制度整備など、様々な課題に精力的に挑み、人民の権利を守り、弱き民のために改革する といった仕組みを作りあげた。それまでの日本の歴史上、庶民が「お上」を訴える制度はなかったが、これによって国民が国や政治家、役人を訴えることがで きるようになったのだ。しかし、わが国の近代司法体制の生みの親とまでいわれた経歴の持ち主が、佐賀の乱の首謀者として、自分の作った警察網によって捉え られ、逆に自分の整備した法律にはない旧法で、一方的に「お上」によって裁かれたのは、無念の一言では表せないだろう。時の支配者が法を握るとどうなるか を、最期、自分の身をさらして後世に伝えたと思えはしないか。もう一つの選挙のほうが、いまは大切に思えてくる

参考:歳月:司馬 遼太郎 他
参考ブログ①:http://www.amakiblog.com/archives/2008/11/01/#001213"
参考URL②:http://liveinpeace.jp/kokuminshinsa.html

K氏のその後2009.07.01

早朝、携帯電話の音がけたたましく鳴り響いた。5時ごろだから当然だ。何かと思って表示を確認すると、以前にもご紹介した病気の問屋K氏からである。 ひょっとしてご家族から悲報の連絡かと思って、怖々出てみると、「おい、どういうことや。笑っ笑。」電話口の向こうでゲラゲラ笑っている。心の準備をした のも馬鹿らしくなったが、一体何事か問いただしてみると、どうやら、本当に早起きしてウォーキングをしているのか確かめたのだという。そして畳みかけるよ うに、朝食抜きなど馬鹿げたことを言うな、理由を聞かせろと迫って来たのだ。この当たりの神経は、さすが人のことはお構いなしで、片っ端から情報源を探る 元新聞記者の姿勢そのものである。
大手術をした昨年の10月以降、たまにメールが来ては返信していたが、ひょっこり店に顔を出したのは、つい一週間前のことだった。大柄だった体は、食事 制限もあってかなりほっそりしたが、以前より足の運びが軽いように見えた。会って早々、編集長時代の口癖「何かいい話はないか。」が、第一声だった。あ れほど健康に全く無関心だったのに、健康法についていろいろ聞いてくる。取材でも受けているように付きまとうのだ。その理由は後で分かった。退院後、チャ ンプという名でさまざまなブログに記事を書いているという。つい最近では、戦国時代の武将、竹中半兵衛の史跡めぐりや、名古屋扇子について取材したそうだ (以外にも、名古屋は京都と並んで扇子の産地らしい)。さまざまな地を訪れ、人とふれあい、それをブログに掲載しているらしいが、それが本人曰く大好評だ という。以前の仕事柄、まさに水を得た魚で、週に3回の透析治療以外は、寝る間も惜しんで取材記事や写真を、アップしているそうだ。そして、次の記事の矛 先が、こちらに向けられたのだった。朝食抜きと銘打って書かれた記事は、猛反発のコメントとなって帰ってきたという。反論記事がほしいというが、やっても いない人が書いても説得力がないのは当たり前のことだろう。それより、一連の話しの中で、大切なものを学ばせてもらった気がする。それは、健康とは、食事 も運動も大切なことは勿論だが、その司令塔である精神があってこそうまく機能するようにできているということだ。いくら健康に注意しても、精神が病んでい ては、体は言うことを聞いてくれないだろう。たとえは悪いが、暗雲の中の片肺飛行でも、目標を見定めている見事なK氏の操縦法に心から敬意を表したい。

感染列島2009.06.01

メキシコで発症した豚インフルエンザは、時間とともに過熱な報道となって日本に上陸した。まさしく映画の感染列島前夜である。マスクはすぐさま底をつき、海外からの入国者にはするどい視線が向けられ、風邪症状の患者を受け入れ拒否する病院や、そんな状況を逆にあおるようなCMに総理自ら出演して加担する始末だ。状況が分からないから情報がほしい。それを公表しないで、落ち着けと言って、だれが落ち着けるだろうか。感染とは、まさしく恐怖の感染である。それが先走り、周りを巻き込むのである。何よりあれだけあおったメディアも、その後は知らん顔のようである。メディアの存在価値とは、真実により近い情報を、リアルタイムで知らせることである。一番知りたい情報は後回しにしておきながら、不確定な情報で誘導し、後になって責任を避ける報道がまかり通るなら、存在価値など一利もないのではないだろうか。
 時間の経過とともに、事実がちらほら新聞の小さな紙面に掲載され始めた。ネット上では、より詳細な情報が次々アップされている。それを垣間見るに、今回も狂牛病の時と同じような、多国籍企業によるずさんな衛生管理が問題視されている。生き物を工業化し、糞尿や抗生物質まみれの豚を売りさばく一方で、死骸が放置されるなどの周辺地域の汚染が、今回のインフルエンザの原因となっているというのだ。牛や、鳥に続き、畜産の過度な工業化が公衆衛生にもたらす大きな氷山の、まだほんの一角かもしれない。一方、米疾病対策センターによると、1957年以前に生まれた中高年層が新型への免疫を持つ可能性があるとの見解を明らかにしたようである。いずれにせよ、疾病に負けない抵抗力をつけることが一番の早道であるとともに、当然のことだが、このような会社が生み出す商品には決して手をつけないことである。どうやら、自然豚という文句で国内にも相当輸入されているようなので気をつけたい。そして、病原菌の好物である砂糖を控え、塩気を補うことを忘れないようにしたい。
 話しは少し変わるが、平日の朝4時ごろから東海テレビで放映されている伊勢神宮の四季という番組がある。その時間帯は、モアイ島や名古屋城などの映像と、日替わりで繰り返し放映されている。全国10万の神社の総氏神である伊勢神宮で、1300年にわたって1年に千数百もの神事・祭儀が行われているそうだ。毎日朝夕毎に神饌が奉られ、特別に調製された御飯・御塩や乾鰹などが供される。累々と一日2食であったことが示されていると共に、主食である米を授かったという事実の伝承を、祭事を通して今まで受け継がれていることに、思わず畏敬の念を感じた。そして主食、食べ物の重要性を、改めて感じずにはいられなかった。伝承が途絶えていくなかで、依然と厳かに続く儀式。そこにスポットをあてるのもメディアの仕事である。時間帯はさておき、こんな感染なら一人でも多く広めたいと思う。
参考:伊勢神宮の衣食住 角川ソフィア文庫  インフルエンザA型 Attcフランス農民連盟

過ぎたるは・・・2009.05.01

ずいぶんと前のこと、さぞかし喜ばれるだろうと思い、当時は評判だったパン工房の詰め合わせをお祝いに贈ったことがある。健康に気を使われている方だったので材料も吟味してのことだった。評価は当然のことながら良かったが、最後に言われた一言をこの時期にふと思い出す。「美味しすぎて、ついつい食べすぎちゃうのよ」。健康に携わる者として、あえて苦言をしていただいたのだが、当時はその言葉の意味を深く理解できなかった。その頃はグルメブーム、テレビをつければ、毎日のように美食の映像が映し出されていた。いくらでも食べれる年令だったので、先頭を切って美味しすぎる店を巡っていた。当然、体も不調になるが、それが食べ物が原因であるとは思っても見なかった頃だった。
 朝食抜きにして、かれこれ10年以上になる。よく言われるような脳に血液が回らないなどと言うことはない。体は軽く、程よい空腹感で昼食を迎えられるのが何より心地良い。以前は、空腹すら感じなかった。食事を減らすことで、過ぎることの害を初めて体感したきっかけかもしれない。しかし、過ぎたるものへの誘惑を断ち切るのは難しい。だからせめて体調に不安がある方には、朝食抜きをおすすめしたい。西勝造氏の朝食無用論によると、朝食をとり始めた歴史は世界的にもまだ浅いらしい。それまでは一食、ないしは二食だった訳だ。ではなぜ、朝食抜きがよいのか?この本に分かりやすく書いてあるのでそれを簡単に記したい。午前中は、前日の疲労物質や毒素、就寝中に修繕されて有害な細菌や物質を消毒したもの、食事でとった食物の分解できなかったもの、腸内にある食物の残滓物や毒物などを排泄する時間であるという。朝食をとることによって、せっかく貴重な排泄に使われるエネルギーが、胃などに分散され、排泄されるべき毒素などが体内に残ってしまうというのである。分かっていても、のどもと過ぎれば何とやらが普通だが、一生休みなく働き続けている体のことを考えれば、少しは休息させたいと思うのが人情で、それが自分のことなら尚更やってみる価値があるのではないだろうか。
 今日も毎日のように健康に良いといわれているものが取り上げられ、いろいろな学者がその都度出てきては効能効果を訴える。視聴者はそれを買いあさり、一時的に市場から物がなくなる。では、果たしてそれで効いている人はいたのだろうか。効いていれば毎日のように手を変え品を変え取りあげる必要もないだろう。かえって、むやみにとりすぎたことよって病気になっていることのほうが多いのではないだろうか。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」の言葉通り、何事も過ぎぬようにと教えて頂いた言葉が、ふとよみがえる。
参考著書:二食主義健康法 朝食無用論 西 勝造著

ウサギ(△)とかめ(▽)2009.04.01

毎朝の日課となった約5kmのウォーキングも、早いもので2ヶ月が過ぎた。はじめた当初は体が温まるまでは凍えるような寒さの中だった。意外だったのは、歩くだけとはいえ、なかなか体が言うことを聞かなかったことだ。足の甲やら、股関節が痛くなったり、ふくらはぎが張るなど、長年の運動不足のツケが毎日のように襲ってきた。寒さとこのツケにしばらく苦しめられたが、そのうち少しずつ体調に変化が現れ始めた。歩くことで体は軽くなり、疲れにくくなったのだ。この間特に食事を気をつけていることも大きな要因と思うが、顕著にしたのは、これが原因だろう。
 時間にして約50分ほどのウォーキングの時間は、運動以外に、頭の整理に大いに役立っている。つい先日のこと、ふと頭をよぎったことがある。イソップ童話のウサギとかめの話しだ。この教訓は、ご存知の通り、自信過剰で思い上がり、油断をすると物事を逃してしまう。 また、能力が弱く歩みが遅くとも、脇道に反れず着実に真っ直ぐ進む事で、最終的に大きな成果を得ることができる。という事を著したものだろう。しかし、このウサギとかめを、運動の違いに当てはめると面白いことが浮かんできたのだ。ウサギをジョギング、かめの方をウォーキングとすると、この違いは何か。いつも歩いている横を駆けていくランナーは、大きく息を弾ませている。ジョギングは心臓に負担をかける動脈運動だ。一方のウォーキングは、今日も隣りを鼻歌交じりで歩いているご高齢の方が良い例で、これは心臓に負担をかけない静脈運動になる。だから、鼻歌を歌ったり、世間話をしながらでも余裕で歩けるのだ。しかも、大きな利点として、ふくらはぎの下腿三頭筋などは下肢の筋ポンプ作用といい、心臓に戻る血液を促す働きに大きく作用するのである。
 この二つの運動の特性を陰陽でわかりやすく表したのがこの物語ではないだろうか。陽性が動脈であり、陰性が静脈である。この相反する作用をこの物語りに当てはめると、うさぎ(陽性な運動)は瞬発力がある反面、持続性がない。一方、かめ(陰性な運動)は、瞬発力はないが持続力がある。更に、陰極まって陽転すという言葉が示すとおり、地味なことでも毎日コツコツ積み重ねることが、時には大きな成果を成し遂げることもできるということを暗示したものと感じたのだ。
 絶えることがないダイエットブームも思えば過激な運動が目につく。大きな陽は大きな陰を引き付ける。これは、休息や、継続性の困難を意味する、それに引き換え、教材やジムに行く費用もかけず、しかも穏やかな春の風を感じ、桜のつぼみが一日一日大きくなり、開花していく姿を見る機会に恵まれながら、この2ヶ月間のウォーキングだけで何と4キロも体重が落ちた。これこそ地味だがささやかな陽転のおかげではないだろうか。
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