ヘルシングあい便り

設楽ダムの連続公開講座に行きませんか(今回で第8回目)2013.11.25

  初回の講座は逃したものの、それ以降の6回は全部受講している。年内最後の今回が8回目で、そろそろ議論を尽くしたという口実になるだろう。設楽ダムがテーマのため、会場が豊川流域で行われることも多い。そのため行って帰ってくると半日がかりである。しかし、そうしてまでして参加する価値は十分ある。公共工事のあり方が、この設楽ダムを通して身近になったこと。誰もが決して他人ごとではない。いつ自分の身に降り掛かってくるか分からないからだ。建て前では国民の安全や安心などと軽々しく口に出しながら、裏では大きな利権が絡んでいる。そのために今でも家や故郷を追われる人たちがいるのである。その一つがダム建設だということを受講して学んだ。今現在でも見直し対象となっているダムが全国に143カ所もあるというから驚きだが、過去の検証もせずにどんどん建設が進められているところもきっとあるにちがいない。いまやダムは治水や利水といった本来の目的から離れ、結局は自民党の得意とする道路建設や箱物事業なのである。国借金が1000兆円もありながら、こんな不合理なことが日本全国で行われている。これを我々は日本国民の一人としてどう考えるか。
 設楽ダムは、昭和46年に建設計画が持ち上がって以来42年のあいだ本体工事の建設は始まっていない。その間、確かに流域の方々は川の氾濫や渇水に悩まされてきたのである。しかしそこに住む人たちは創意工夫を持って今までそれに対処してきた。さらに豊川総合用水「地区内貯水池」の運用が平成14年に始まって以来、節水を行うことなく水不足が解消されている。講座最後のディスカッションで、流域に住む一人の農業を営む方が声を大にして言った「何を今さらになってダムが必要なのか!」と。
 民主党政権になって建設工事は一旦凍結されたものの、自民党政権に戻ってその行方はまた不透明になった。公共事業という名ばかりな怪しい事業こそ、我々の無関心が招いたものなのかもしれない。その無関心とは、身に危険が迫りながらもそれでもなお人任せにしている神経のことだと思う。そしてそんな人間に限って、何か問題が起こりようものなら先頭に立って人のせいにする。 原発事故で、我々は無関心だった過ちを痛いほど学んだはずである。脱原発を広めることも大切なことに違いない。しかし今から起きようとしている第二、第三と続く果てしない公共事業に目を瞑っていてい
いのだろうか。いかに我々がここに暮らす地域のことに無関心で、そして何気なく食べている食物のことに対してなど全く考えが及んでいないという事になりはしないだろうか。そんな自分をさておいて、偽装表示のことなどいまさら騒いでどうなるだろう。この国は年間5500万トンの食糧を輸入しながら、その1/3に及ぶ1800万トンを廃棄しているのだ。(※食糧の廃棄率では世界一の消費大国アメリカを上回り、廃棄量は世界の食料援助総量600万トン(WFP)をはるかに上回り、3000万人分(途上国の5000万人分)の年間食料に匹敵。・・政府広報オンラインより)しかも一般家庭からも1000万トンもの残飯が捨てられているのである。こんな国民がまともな食にありつこうなど虫のいい話しと違うだろうか。今一度、自分の血となり肉や骨となるありがたい食物ともっと真剣に向き合えば、それを取り巻く環境にもより関心が向くはずである。環境の破壊は、我々のからだの破壊。それを知るためにも、生命の源である水を育む地域に建設予定の設楽ダム公開講座に足を運んでもらいたい。

稲刈りを終えて・22013.10.31

 なぜか先月の続きが書きたい気分。そのため脱穀から玄米になるまでの過程を報告させていただこう。脱穀は稲刈りから約1ヶ月たった10月中旬に予定されていた。幸い台風の強い風による被害は少なく、稲架掛けから多少稲が落ちた程度で済んだ。藁で括ってあるだけなのに、稲架掛けにしても強風でもビクともしていなかった。生きていく知恵が随所に見られる。
 脱穀は、NPO法人「田舎暮らし支援センター」の石黒さんから脱穀機をお借りして行われた。幸い小池先生のゼミの学生も数名いたために作業が非常に捗った。昔は「みんなが食べるお米だから」という意識で近所の人も手伝うのが当たり前だったのも、食べるまでの工程の大変さを分かち合うところからき
たのだろう。そんな心の豊かさが、今まで日本人の文化を支えてきたと感じる。

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この写真は私が刈った稲を穀脱するところ。歩行型自走式の脱穀機のため、稲架掛けの近くまで脱穀機ごと移動できるため大変便利。乗って作業するわけではないのに運転するには特殊自動車の免許がいるらしい。一人その免許を持った学生さんが運転しながら作業が進められた。稲を回収するのも結構な重労働。その稲から籾だけが剥ぎ取られ、機械に装着されている袋に貯まっていく。たくさんの稲を吸い込んでいく割にはその袋に籾は意外と貯まらない。

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藁がどんどんと積もっていく。それを学生さんたちが結っているところ。この藁は、畑に撒いたり来年の作業に使ったりするため捨てるところがない。結局米作りは廃棄物ゼロという循環型社会の源だということが分かる。
 「手を掛けた田んぼと手を掛けなかった田んぼでは、収穫の差にどれくらいの違いがあったか」がゼミの課題だと小池先生が教えて下さった。先生が育てられた田んぼで比較したところ、手を掛けなかった方は、不良が多く、収穫量では手を掛けた方の約半分だったそうだ。

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脱穀が終わったら、今度は籾摺りである。脱穀機をお借りした石黒さんのご自宅にある籾摺り機をお借りした。私の米作りは周りの方々にお世話になりっぱなしである。しかしそれに気付かせてくれたのが米作り。自分一人は所詮一馬力でしかない。
あれだけあった稲から約80kgの玄米が収穫できた。ささやかながら自給自足への第一歩である。

稲刈りを終えて2013.10.01

 今年の4月から始めた米作りも、あっという間に収穫の時期をむかえた。台風の直撃を受けたものの、倒れた稲穂は水に浸かることなく水面上でこらえていた。山からの湧き水が絶えることなく田んぼに注がれているために、深いところでは膝下まで沈む。そんな足場を気にしながら、稲の束を一つ一つ手作業で刈り取っていく作業は正直身にこたえた。しかも稲架掛けするためにワラでその稲束を括らなければいけないからさらに一手間だ。高齢になると厳しい。だから機械化されるわけである。コンバインで刈り取るほど楽なことはない。そのため人間中心の機械に合わせた田んぼが作られ、そに農薬や化学肥料を使えば、雑草の心配はいらないし、収穫まで眺めていればすむ。そんな田園風景が日本全国に広がっている。
 米作りをして痛感したのが、田んぼというのは生命の宝庫と感じたこと。どんどん生命が溢れてくる。蜘蛛やカマキリ、ザリガニ、トンボやアメンボにキリギリス、カエルやカメやカニまでいる。自然の中で人間が仲介となり、生命の源を作るのが米作りと感じた。生き物が次々に生まれるということは、それだけ環境の浄化に繋がっている。重労働な田起しや田植え、雑草取りや稲刈などの作業は毎日続くわけではない。私などは一週間に一回田んぼに通っていたに過ぎない。それでも、稲がしっかり成長してくれて、一粒万倍の穂をこしらえてくれるのである。さて一体何キロのお米が取れるか見当もつかないが、そんな収穫のことより大切なことをたくさん気づかせてもらった気がする。 田植えをするころになって水草が大発生した。稲がまだ小さいためにその水草に埋もれてしまっては成長できないと不安に思っていた。ところがその水草は絶滅危惧種のものだと教えられた。農薬や化学肥料を使用せずに今年で3年目というこの田んぼで、見事今年その水草が復活したのだ。それは稲の周りを一面被ってしまうため、太陽の光が遮られ、雑草が生えにくくなるそうである。病気が発生するのを気にしながら、薬を撒くが良いか、自然に任せてその恩恵に浸るのがいいか、そう考えると我々のカラダの関係と根は同じである。
 日本人が古くから大切にしてきたものが米作り。そのためそれにまつわる宮中行事や各地の祭り事が多いのも当然のこと。本来は五穀の収穫を祝う新嘗祭である11月23日の祝日も、その名称を勤労感謝の日に改称されたに過ぎない。今年行われる式年遷宮、1300年続く歴史は米作りを継承したといっても過言ではないだろう。そんな我が国が誇れることが、こんな手近にある。
 「米を粗末にすると目が潰れる」と言われたのは子供の頃のことだった。しかしそれからたった数十年でわが国も様変わりしようとしている。本当に大切なもの、その本質を忘れた今の日本人のことを、この言葉は予見していたのではないだろうか。物を粗末にしたものは、命の大切さなどわからないのである。しかし、どんどん再生する自然の息吹を見て、それでもまだこの国は見捨てられていない気もしている。この場所を提供してくださった澤田さんと、休耕田を復活させた名城大学の小池先生に、この場を借りて御礼と感謝を申し上げたい。

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体幹呼吸法クラス5回目に参加して2013.08.31

 福島の汚染水問題が、BBCをはじめ世界各国のニュースになっている一方で、総理自ら原発の販売に世界を飛び回っている。各国に詫びを入れるのが普通だろうに、こんな馬鹿げた芝居をよく出来るものだ。しかもメディアは、それに異を唱えないどころかトピックにしている。どう見ても経済オンリーのイエローモンキーで、我が国の信用は地に落ちたと言っていい。もはや日本の生産品は手にとってもらえなくなる日が近いのかもしれない。世界は3・11という惨劇から復興努力をしている日本を、原発事故という問題はあるにせよ、はじめは温かい目で見てくれていたに違いない。しかし蓋を開けてみれば一度は収束宣言をしたはずの原発がその間でも問題をくすぶり続けていた。しかも今では手に負えない状態になっている。一体この2年以上何をしていたのだろうか。政権の争奪戦に、予算の分捕りあい。この期に及んでも金に目が眩んだサルにしか見えないだろう。しかもその間に、この大きな問題が茶の間でメディアに取り上げられたことがあるだろうか。くだらない番組を流し続け、臭い物には蓋をするという過去にしてきた過ちを今でも繰り返し続けている。そんなメディアを日本人は6割以上が信用しているのだから滑稽である。
 こんなことを書くはずではなかった。毎月やり始めた体幹呼吸法の講座について書くつもりだった。今年の4月から、体幹呼吸法という講座が新たに仲間入りした。体幹呼吸法とは、骨盤や背骨の歪みをなくし、体の幹を養う。健やかな体を保つのに大切なのは、骨盤や背骨の歪みをなくすこと。"体の幹"をしっかりと安定させること。そうすることによって心地よい身体の使い方を身に付けるのが目的。昨年の今頃、この講座があるというのを聞いて参加したのがきっかけで通い続け、最近当店でも開催していただけることになった。
 はじめて参加した時は、体が硬いのは自負していたが、ここまで硬いとは思わなかった。少しの屈伸などの動きで体が悲鳴をあげた。特に一番苦手な股関節を弛めるポーズが多いため、自分の体でも全然言うことを聞かない。簡単にいえば、縦に動いていたものを横に動かせというだけのこと。しかし、それの苦痛なことといったら言葉にならない。動かせる部分だけで不足なく生活ができるため、動かさない部分はどんどん退化していく。それがやがて歪となって骨盤や背骨に支障をきたす。姿勢はどんどん悪くなる。血液循環が悪くなり、やがて病魔が入り込む。
 長い人生だから、せめて心地よい体の使い方をしておきたいものである。そのためには、やはり苦手な部分の克服がいつかは必要になる。しかしどんな苦手なことも、毎日のささやかな努力でだんだんと変化していくものである。そのうち出来なかった姿勢が出来るようになる。毎日配達される新聞を積み上げていくと、一ヶ月もすると膨大な高さになるように、その努力ははじめ目に見えなくても大きな根となり体を支えていくことになる。
 体幹呼吸法5回目のクラスに今回ようやく参加できた。そうしたら皆勤賞の方々の体の柔軟なことに驚いた。姿勢が良くなったら表情まで変わってきたというから不思議である。こうした健康の輪を広げることが、当店の存在意義だとつくづく感じた。だれでも最初はゼロからのスタートであって、一歩足を踏み出す気持ちを持ちたいものである。これは決して若いからとか年寄りだからとかいう年令の問題ではない。自分自身の心の問題である。
一人ひとりが、自分自身に労りを持てば、福島の今のような問題は決して起きないはずである。

参院選結果が語ること2013.08.02

ちょうど4年前の衆議院選挙で歴史的な政権交代が起きた。長年与党だった自民党の大敗北だった。これからようやく民意が反映されるという期待に胸が膨らんだ。しかし早々から鳩山元首相、小沢氏の献金問題をマスコミは連日あげつらえた。小沢氏に対しては検察も調査に入り、長い裁判の末の結果はご存知の通り無罪で幕を閉じた。あらゆる手を使って政権交代の立役者である二人を攻撃し、民主党の看板を地に落としたのは一体誰か。
 翌年は未曾有の東日本大震災に見舞われた。地震による津波の被害で福島の第一原子力発電所で事故が起こり、今になっても自己の収拾さえついていない。
 思い起こせば阪神淡路大震災、これも政変後の社会党の村山氏が首相の時にこの大地震は起きている。野党をまとめて政変を実行した立役者にその時も小沢一郎氏がいた。政府の対応の遅さが批判されて内閣支持率が急落し、野党はその時も結局バラバラとなった。かつてない大災害の時に限って自民党が政権にいないという不思議な状況で、自民党政権は生き長らえたといってもいいだろう。誰がやっても満足行く結果などあるはずない。だから未曾有の災害なのだ。しかし今回の原発問題に関しては自民党が長年続けてきた電力政策にある。安全で安心な原子力を謳いながら、この小さな島国に54基も原発が作られていたのだ。しかもその安全基準も曖昧なまま事故に至ったのである。この責任こそ国会で追求されなければならない問題だ。それによって被害が拡大したのは誰の目にも明らかである。
 4年前の政権交代だけではこの日本が抱えているダーティーな深い構図が見えなかった。しかし原発事故が起きてすべてが白日の前にさらされた。電力を中心とした日本の歪な権力の構図である。そしてそれらや財界がこの国を主導していたということである。あれだけの事故を起こしながらも警察不介入の場所がある。そしてマスコミや経済団体からも異論の声が起きない。電力という経済の武器を使って権力を欲しいままにしてきた。それこそが自民党の政策だったはずだ。原子力政策はまさに権力だった。その権力で長年票を獲得してきたのだ。選挙は有権者の得票数である。経済団体、労働組合、その他大きな団体が数多くある。教育関係しかり、宗教団体もその一つだ。それらの有効得票数を掴んでおけば選挙ほど楽なものはない。あらゆるところまで原子力政策の金はばら撒かれ、それに税金が当てられていたのだ。そのため金がものを言う選挙が今まで続けられてきた。志や政策が評価されて当選する人物像とは無縁の選挙、そしてそれら団体の代弁者にしか過ぎない政治家がぞくぞくと誕生したはすである。民意など聞くはずがない。震災を機に電力という利権にいよいよ問題が着火した。そのため泡食って各団体が死に物狂いになって与党に加勢したに過ぎない。
 参院選が語る選挙結果は、民意がさらに程遠いものになった。しかし浮動票とされた新しい民衆の声が芽を出そうとしていた。この大きな二つを感じた選挙だった。バラバラにされた民意をまた盛り上げていくのは相当な苦労が必要だ。演歌歌手のドサ周り。それこそが候補者はじめ我々一人一人に一番必要なときなのかもしれない。

ハイオクのすすめ2013.07.03

 新車で購入して今年で10年目、最近23万キロを超えてもまだ順調に走行してくれているわが愛車に先月からハイオクを入れている。これについては数年前に技術系に明るい取引先の方からススメらた。燃費は向上するしエンジン内部の懸濁物も減少するからレギュラーに比べて値段が多少高くても損することはないという話しだった。その方と最近また会っため、またその話しになり、以前はレギュラーとの価格差があったために断念したが、今ではその差も10円程度のため早速実験することにした。
 レギュラーガソリンがまだタンクに残っていた中に、早速ハイオクを満タンにして実験開始。開始早々走りの快適なことに驚いた。トルクが上がったのかアクセルを踏みこまなくてもスムーズに進む。以前なら運転開始時や、エアコンをかける時などすぐノッキングのような現象がおきてアクセルを踏んでもなかなかスピードが乗らなかったが、ハイオクでは全く普通に走れてしまう。結果、給油までの走行距離は564km。給油ランプが点灯する480km前後を大幅に上回り、リッター12kmをゆうに超えた。2度目では何と618kmでリッター13.8kmを記録。南知多へ行くために長距離を走ったり、高速道路を頻繁に走ったにしても今まではありえない数字だ。今も3度目の実験中だが、3回とも普通にエアコンを付けて走っている。今までだったら大幅に燃費は下がるはずが今回もどうやら走行距離は前回に近い値が出そうである。
 そこでハイオクについて調べてみた----- 高オクタン価ガソリン(こうオクタンかガソリン)とは、レギュラーガソリンより高いオクタン価を持つガソリンのことである。このガソリンは、「ハイオク」、「プレミアムガソリン」などいくつかの異なる名称で呼ばれ、ガソリンスタンドでも独自の商品名で呼ばれることが多い。高オクタン価とは、石油燃料を内燃機関で燃やしたときにノッキングと呼ばれる障害の起こしにくさ(アンチノッキング性)の度合いが高いことを示しており、揮発性の有無や燃焼カロリーとは関係がない。一般的に高性能エンジンはハイオクガソリン仕様である上に、かつて盛んに行われたハイオクガソリンの広告宣伝活動の影響もあり、レギュラーガソリン仕様でもハイオクガソリンを入れれば出力が向上すると思っている消費者は多いが、それは正しいとはいえない。ハイオクガソリンは燃料そのものの熱量がわずかながら高いだけであり、高出力を得るために圧縮比を高く設定したエンジンにおいて、高温になり自然発火(ノッキング)することを防ぐためにオクタン価を高めた燃料だからである。もともとレギュラーガソリンを使用する前提のエンジンは、レギュラーガソリンでノッキングが起こらない設計になっており、更に2000年以降の多くのエンジンはノッキングの発生を感知し、それを最小限に抑えるように補正する装置が装備されているためハイオクガソリンを入れることはほとんどなく、燃費が2-5%向上することも考えられるがハイオクガソリン自体がそれ以上に割高であったり無意味のケースが多い。[ウィキペディア]。
 ネット上ではネガティブな意見が多く見られた。しかし実際にこれだけ変わったのだから一理はあるはず。燃費が向上し、使用燃料が減り、しかもよりクリーンな排ガスになれば地球環境にも言うこと
ない。是非試してみる価値あり。えっもともとハイオク?失礼しました。

参考資料:ウィキペディア(フリー百科事典)http://ja.wikipedia.org/wiki/

革命家に触れて2013.05.30

  世の中にはすごい人がいる。しかもそれをこんなに間近で感じたのは初めてだった。先月始めに行われた南山大学での講演会「アフリカ独立革命~援助に頼らない自立と真の独立を目指して~」と題した島岡強氏の話しに、かつてない衝撃を覚えた。誘っていただいた方にあらためてお礼をいいたい。 
 両親から革命家になるよう育てられた。そして17歳の高校生の時に自分の生きる志を証明をするために、登山経験もないのに一人で八甲田山に登ったという。死にふさわしい場所を探して実行したのだ。行きこそ天候にも恵まれて頂上までたどり着けたが、下山するときになって猛吹雪となり、動くことも困難になったため雪洞を掘ってその中で何日もじっと耐え、猛烈な睡魔に襲われるのを自分の腕にナイフを突き立てて何度もえぐることで意識を繋ぎ止めたというから壮絶である。これらは講演の話しではなく、その時購入した本の中から抜粋している。9日目にようやく生還した彼が語った言葉を、当時の救助隊員が覚えているのでご紹介したい。
  「俺は、自分がこれから本物の革命家として生きていくんためには、一度死に行かねばならない。それで死ねば、天が俺を必要としないということであり、生きて帰れたなら、天が俺を革命家として生きろと言っているのだと思いそれを八甲田山にかけたのです。八甲田山を心から愛する皆さんにとって、自分の存在意義を天に問うために、死を覚悟して山に登るというのは、山を冒涜していると思われるかもしれませんが、自分としてはこれしかやり方が見つかりませんでした。天と皆様によって生かされたこの新しい俺の命を、必ず世界中の人々のために生かすことを誓います。(1980年1月のこと)」 
 その志が、その時からアフリカ独立革命にあったことに何よりも驚かされる。そして 生まれ変わってからの考え方がまたユニークで筋が通っている。好物や肉食も一切やめ、嫌いな野菜だけをそれも一日一食と決めたこと。その理由こそこれからアフリカに渡って飢えた十億の民を何とかしようと志しているものが飽食に慣れてはならないということからきている。
 島岡さんの講演は、何も後ろ盾のない一人の男が、ただ志があるというだけで物事は必ず動いていくという実話の発表の場だった。アフリカに渡って間もなく、タンザニアのザンジバルに腰をすえたが早いかそこで最初に出会った元漁師の人物と意気投合し、懇願されて船を作ることになる。全くやったことのない漁業に乗り出すが困難の連続。その一つがビザで、社会主義のザンジバルで労働ビザがおりるのは当時考えられなかったことらしい。しかし彼の熱意に市長まで彼の後見人になって後押ししたことや、周りの協力があってようやく1年4ヶ月後に発給されることになる。しかしその間にもスパイ容疑をかけられて国外追放になったり、4年もの間秘密警察が近辺を張り付いていたそうである。悪いことを一つもしてないんだからどうこうしようがない。いつしかそんな警察もいなくなっていたそうだ。その後も物資を運ぶために必要になって運送業をおこした。またある時日本で学んだ柔道を教えてほしいと懇願されて作った彼の道場は、今では国際試合で活躍するまで発展している。そして今回来日したのは毎年行われているアフリカの現代アート「ティンガティンガ」の原画展のためだ。これにしても全く絵に興味はないが、絵を世界に紹介ればこれも彼らの収入源になる。だから貿易を始めた。
 「どんなそんな境遇の中でも、金のために仕事をした事など一度もない。人のために真剣にやっていれば周りがほっておかなくなるものだ」と淡々と話すその言葉に重みがあった。金のためにやるのか人様の役にたつと思ってやるのか、心持ちで仕事は大きく変わる。確かにそのとおりである。
 「皆さんも志をもって生きて下さい。政治や国のせい、人のせいにしても何も変わりません。自分一人からまわりを変えてやろうという意気込みで取り組んでください」・締めの言葉が心に響いた。
 志とは、心に決めた目標、目的、信念。相手を思う気持ち。人に対する厚意(語源由来辞典より)
我が国で死後になりつつある「志」という言葉。その言葉をこの日ほど新鮮に聞けたことはない。
33年も前の八甲田山で語った島岡さんの言葉は今も生き続け、より光り輝いていたに違いない。

参考著書「我が志アフリカにあり」島岡由美子著 

米作りに挑戦2013.04.30

 昨年の秋ごろ、身近な方のお声かけから米作りの現場を見てきた。その場所はすでに放置されて何年にもなるとのことだったが、4年ほど前から名城大学の農学部の先生が生徒と米作りをしているため、一緒にやられたらどうかという話しだった。これは渡りに船ということで、早速訪ねたのがちょうど収穫が終わった頃だった。稲架掛けがすんで藁を近所の人達がもらいに来ていた。この辺り土地は窒素成分も十分あるので、農薬も化学肥料も一切使用することなく作ることができるというお話しをその先生に伺い、来年はお手伝いさせてもらいたいとお願いしたところ、二つ返事で了解いただいた。
 4月の中旬に、草取りと代掻きをする連絡をいただき、いよいよ田植えの準備がはじまった。昨夜から降り続いていた雨も、田んぼについた時にはすっかり晴れて気分も上々。山に囲まれた静かな場所で、時折聞こえてくるうぐいすの鳴き声が何とも心を癒してくれる。人間は、ないものに憧れると言ったのは綾小路きみまろだったか?「一人の人は結婚に憧れ、結婚すれば一人に憧れる。小さいものは大きなものに、大きなものは小さなものに憧れ...結局ないものねだりなんです。」というセリフだったような。
 この土地の方とのお話しの中で、今ではこの辺りの人が誰もやりたがらない場所に、わざわざ遠くから来ていただいて有難いという言葉を頂いたことで、きみまろではないが、世の中は難しいと感じた。
 先生から任された田んぼは2枚。もう4年も収穫しているため、本当に雑草取りと田起しをすればすぐ田植えが出来るそうだ。田んぼと戯れて下さいという激励の言葉をかけられて、早速作業にとりかかった。足を田んぼに入れるとひざ下近くまでズッポリ。戯れるという意味がすぐ分かった。バランスを崩したら、すぐにでも泥遊びに早変わりである。しっかり重心をきめて作業していると、結構体に堪えた。これは機械でやりたくなるのも当然である。きつい作業だ。それでも次第に重心移動に慣れてきて、今月中旬の田植えまでには終えることが出来る気がした。今後の経過はブログで細かく報告して行きたいと思っている。
 なぜ米作りかと言えば、日本人がその気になれば、米くらいは自給自足でやっていけるはずである。それを自分でも体験し実践したいからだ。これから幾多の困難が待ち構えている。そんな気がしてならない。
脅かすつもりではないが、今の政治を見ていても、国家はもはや一個人を守ってくれない。汗水流して働いた年金は、訳の分からないことに使われる。福島の現状を見てもそうである。復興を優先するのが当然だろうに、全国各地の公共事業に多額の税金が投じられ、後は野となれ山となれだ。アベノミクスというくだらない経済用語を誰がつけたか知らないが、金さえあればなんとかなるという旧態然としたやり方を、メディアは寄ってたかって持ち上げる。こんな馬鹿らしいことが現実に行われているのだ。
 3.11で我が国は一体何を学んだのだろうか。
せめて一人一人が土地を耕すことからはじめなければ、この国は不毛な地になる気がしてならない。

下記は、伊勢神宮のHPより引用させていただきます。
 古来、日本は稲作を中心に発展し、瑞々しい稲穂がたわわに実る「瑞穂の国」と称されてきました。お米は日本の気候風土でよく育ち、栄養価が高く保存もできるため、日本人にとってはまさに「命の根」(稲の語源)だったのです。日本人がいかにお米を大切にしてきたかは、日本の神話からも紐解くことができます。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から天降(あまくだ)る際、天照大御神(あまてらすおおみかみ)は天上の田で育てた稲穂を授け、「地上で大切に育て継承しなさい」と命じました(斎庭〈ゆにわ〉の稲穂の神勅)。つまりお米は、神から授かった聖なる食べ物であるのです

ホリエモンの仮釈放に思う2013.03.31

 21ヶ月ぶりに仮釈放された堀江氏の人相は別人のように変わっていた。体重が30kg近く落ちたという。時代の寵児と呼ばれたその頃よりも、より若々しくなって帰ってきたように感じられる。無理もない、寄って集ってマスコミに袋叩きにされ、それでは飽きたらず検察が動いて証券取引法容疑だ。学校のイジメより質が悪い。では大手オリンパスの粉飾決算の時はどうだったか、お伺いを立てるような検察の動きとはえらい違いだった。しかも東京地検特捜部の指摘によると、「ライブドアが実質的に支配する投資事業組合が既にマネーライフ社を買収していたにもかかわらず、増資や架空売り上げを計上するなどし、ライブドアマーケティング社(現:メディアイノベーション)が、それら事実を偽って公表したとするもの。しかし偽計取引については公判の末、シロ(無罪)となり、風説の流布のみでの実刑判決となった。なお、風説の流布のみでの実刑判決は過去に例がない」(ウィキペディアより)。メディアと検察が架空の事件を作って、罪のない人間を社会から引きずり下ろす昨今の事件が頭をよぎる。権力を盾にされればだれだって抵抗できっこない。しかしさんざん悪者にされて、それでもなお注目されるというのは、よっぽど彼の手腕と才能を世間が認めているからだろう。
 堀江氏が東京大学在学中に会社を設立したのは、私がヘルシングあいを引き継いだ年と同じ1996年。その頃はまだインターネットが普及しはじめたばかりだった。ウィンドウズ95のパソコンをはじめて買って使い方がわからない当初はゲームばかりしていたのが懐かしい。そんな黎明期に、いち早くホームページ制作・管理運営を行う会社として注目を集め、小室哲哉やglobe等のオフィシャルサイト製作で一躍ウェブ業界ではオン・ザ・エッヂの名を轟かせた。それからも躍進が目覚ましい。経営不振だったプロ野球の近鉄買収に名乗りを上げてメディアを騒がせた。結局球団は手に入らなかったが、その後はニッポン放送の株を取得、筆頭株主となってその子会社であるフジテレビとの騒動が勃発した。そもそもこのニッポン放送は、当時の財界がマスコミ対策を意図して設立したラジオ局だという。そんな小さな会社の子会社にフジテレビがあるという歪な状態が明るみになって、問題の根深さが一層事態を混迷させた。そんな社会現象は、一人の青年が大立ち回りをして日本中を引っ掻き回していたのだ。先手先手で先を越され、王が詰まれそうになったら、若いくせに生意気だ!それにやり方が卑怯だと居直って円卓をひっくり返し、無効試合にしたのが逮捕なら、これほど情けない国はない。 
 きっとメディアの買収劇で彼は権力者の尻尾を踏んだのだろう。しかしあえて彼は踏んだのだと思う。こんな連中に支配されていては浮かばれないという思いがあったに違いない。そうでなければ政界にまで進出しなかったはずだ。だからこそインターネットとメディアとの融合を目指したに違いない。起業して10年足らずでこれだけのことを成し得た人物が少し前に日本にいたのである。
 今後のホリエモンに期待しつつ、一部彼の記者会見の内容をご紹介したい。
「最近だと皆さんも当事者だと思うんですけど、遠隔操作ウィルス事件、これは警察ですが、警察は本来、捜査機関が分離をして、警察が暴走しても検察が止めるもの。人間のやることなので絶対に暴走するし、絶対の正義なんてあり得ない。そこに対してもうちょっと謙虚になった方がいいのでは。私は事件で断罪されて自分なりに謙虚に反省してきたつもりですが、検察は検察で自分がやってきたことが正義なのか、足元をみて自分の正義が正しいのかを常に考えて、自分たちの持っている権力がいかに強いかを自覚してやっていってほしいです。」