ヘルシングあい便り

ちょい太? がいい2006.12.01

車で移動中、ラジオから聞こえてきた話しだった。ちょい太がいい?何のことかと思い耳を傾けた。そう提唱していたのは、後で調べて分かったのだが、諏訪中央病医院の院長鎌田實氏の話しだった。その内容は興味深いものだった。30年ほど前、その病院に赴任してきた時の長野県は、脳卒中死亡率が秋田に次いで全国2位の高さ、平均寿命が全国平均以下だったそうだ。その長野県が、鎌田氏が取り組んだといってもいい医療改革により、いまや男女合わせて日本一の長寿県となり、しかも老人医療費が全国一位の低さになったという。一体何がそうさせたのだろうか。疑問だけが頭に持ちあがるが話しは続いていた。長野と代わるように、沖縄が長寿日本一から脱落したという。原因は、日本一多いファーストフードの数だというから驚いた。当然、肉類の消費量は第一位だそうだ。その一方で四方海に囲まれながら、全国で最も魚を食べなくなったという。気候に恵まれているので年中豊富な野菜や果物が手に入るが、これらも一番食べない所となってしまったらしい。ちょっと前まで、沖縄の伝統食が長寿の秘訣にあるといい、ゴーヤなどの野菜や豚肉を使った料理、魚、海藻、大豆製品をバランスよく使ったメニューが番組を飾っていた。その長寿一沖縄が、一昨年には肥満度全国一へと変貌してしまったというのだ。
 ちょい太という言葉を頼りに調べると、意外や簡単に検索できた。「ちょい太でだいじょうぶ」という本が出版されていて、先の内容は著者が語ったものだった。その本を取り寄せて読むと、疑問だった改革のなぞが解けた。保健婦さんや地域のヘルスボランティアと共に生活指導に出かけていっては、野菜(食物繊維)や魚を多く、海藻ときのこ、大豆をとって、肉や塩を少し減らして、運動をすることを丁寧に指導したという。なるべく薬を出さず、生活習慣を代えることによって病気を治す。病気にならない体にすることに重点を置き、医療に頼らないようにするための「健康づくり運動」の取り組みが、やがて大きな実を結んだのだった。30年前といえば栄養重視で肥満児もよしとしたような当時の風潮の中である。このような運動を根付かせることは並大抵の苦労ではなかっただろう。そのおかげでこの長野と沖縄の例は、食生活の大切さのみならず、偏った食生活がやがて訪れる行く末を示してくれているのだ。
 気になる「ちょい太」という言葉だが、年末年始の暴飲暴食シーズンにはちょいと嬉しい話かもしれない。厚生労働省の10年間の追跡調査の結果、もっとも長生きできるのは、BMI(体脂肪を表す指数で体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で表された数値)は、23.0~24.9であるという。ちなみに私の場合は、67÷1.73÷1.73=22.38で、若干低いくらいだ。もう少し太っていたほうが長生きできる数値となる。死亡率の高い数値は、BMIが18.9よりも低い「やせ」ている人で、肥満の人よりも死亡率が高いらしい。筆者はさまざまな調査を考え合わせると、男女ともBMI24~26くらいが、病気にならない健康なちょい太と語っている。ダイエットブームで健康や美容のためなら死んでもいいという言葉が作られるくらい世間はどうかしているが、長い目で見ると、健康で長生きとは「健康づくり運動」が示すとおり、至ってシンプルで当たり前のところに落ち着くようである。年の瀬に迎い、先の健康づくりと、BMIの数値を見ながら健康管理してみてはいかがだろう。

新庄劇場2006.11.01

 52年ぶりの日本一に、今年ほど期待のかかる年はなかった。ナゴヤドームでの初戦を制し、これは楽勝かと思いきや、予想外の4連敗で、地元名古屋に帰る間もなくあっけなく日本シリーズは終わった。それを応援したラジオ放送では、3連敗して日本ハムに大手がかかっていても、「ハムカツサンド?」ハム勝つ三度!と洒落をいって笑わす余裕があった。3勝はしても4勝は出来ないということだ。思わずしきりにうなずいて中日のうっちゃりに期待したのだが、結局勢いは止められなかった。
 今年のプロ野球を振り返れば、まさに新庄劇場と言わざるを得ない。ペナントレースが始まったばかりの4月に突然の今年限りの引退発表をした。監督やチームメイトにも寝耳に水の話だったそうだ。レースも序盤、チームのことを考えると悪影響が出たりするのだが、逆に日本ハムは快進撃を進める。中盤では破竹の11連勝(球団最多タイ記録)を記録、終盤になってもその勢いは衰えず、堂々のリーグ優勝。日本シリーズに乗り込んできた。そしてそのシリーズにおいても大きな存在感となって中日を圧倒したのである。
 5年前、新庄は、阪神の提示した5年12億年(推定)という破格な年棒を蹴って、2200万円(推定)の大減俸となってメジャーリーグに挑戦する。金額の桁を間違えて契約をしてしまったと語っていたのが印象的だが、ここでも新庄劇場の断片は存在する。メジャーリーグのスタメンで4番を打つ日本人初の選手となり、さらには優勝争いにまで浮上したメッツで4番を張りつづける新庄の勝負強さにあやかろうと、メッツのロッカールームではナインが試合前に新庄の椅子に手を当ててからグランドに出る光景が見られたそうだ。メジャーでもそのパフォーマンスぶりをあげたらきりがないだろう。あるインタビューで「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボクにまかせて」と言った言葉はまんざらでもない。
 過去、メジャーリーグに挑戦した日本人投手が、試合の中でピンチを招いたとき、ピッチングコーチが駆け寄り、一声「楽しんでるか?」とその投手に問いかけたそうだ。普通ならこの大変なときに何を言ってやがると言うことになるだろう。しかし、その時日本とメジャーの気持ちの置き方の違いにハッと気づき、だから自分は、遠くからこの場に臨んでやってきたんだと後年語っている。
 「楽しむ」この簡単そうで難しい言葉の響きが、今年の日本シリーズの明暗を分けたことは、だれの目から見ても明らかだろう。楽しむというあたかも神秘的な響きが、新庄からチームへ、そしてファンへと大きなうねりになって一つの劇場を作り上げ、最後まで演じきってしまったのではないだろうか。
 話しは変わるが、好きな言葉の一つに塞翁が馬という言葉がある。人生の吉凶禍福は転変が激しく予測ができないということだ。何事も自分の思った方向には決してすんなり行くものではない。すんなり行くどころか、自分の意思とは正反対のことでもしなければならないときがある。ところが存外、そのことが後で役立ったりするものだ。予測できないことだから不安があり、反面楽しみもある。後で考えてみればその一瞬を、楽しむ心持で接することが出来たら、一層豊かな生き方ができるのではないか。夜長の大敗を引きずって飲み続けているほろ酔い時に、ふと思ったのだった。

2006.10.01

 秋の夜長、晩の心地よい涼風にうとうとしていたところを、役所広司がしきりに語りかけてくる。思わずハッとすると、それは時々見る番組「ガイアの夜明け」(テレビ愛知)が始まるところだった。「なぜ買収は失敗したのか?~独占取材!敵対的買収の裏側~」というテーマに、寝むけがまた襲ってきたのだが、その買収が、製紙業界1位の王子製紙が仕掛けた業界6位・北越製紙への敵対的買収と分かったため、体は休息に向かいつつも、頭だけが画面に向かって覚醒していた。別段、大きな関心があったわけではない。ただ、どうしてメディアにあれほど騒がれたのかを知りたかったからだ。
 製紙業界は、この10年間に人口減少に伴う紙の需要の低下や、輸入紙の流入など、安穏としてはいられない状況が続いているそうだ。その危機感の表れが、大がかりな企業統合、事業再編といった動きにつながっているらしい。業界1位の王子製紙が買収しようとした理由も、北越製紙が持つ最新技術の工場に魅力を感じたからだという。しかしその一方で、業界が混沌とする中においても、高い技術で自主独立を守りたいと考えた北越製紙は、その要請を跳ね除けたのだ。地域(新潟県)に根ざした企業の存続が問われる中、地元の商工会をはじめとした地元企業が呼応するように北越株の買い増しに動いた。いくら儲かったという資本主義的な企業の価値感で売り買いをするという考えではなく、言うなら企業の志が、資本の論理を打ち砕いだことになるのだろう。そんな内容を見ながら、長岡という地名もあってか、司馬遼太郎の「峠」という明治維新の動乱期、長岡藩の舵取りをした河井継之助を描いた長編小説の記憶が重なった。
 その当時の日本は、各藩が幕府を核としてそれぞれの国家を形成していたと思ったほうが分かりやすい。新しい時代への期待と同時に、核が分裂するように、尊皇攘夷を掲げる新政府軍となる国家軍と、徳川旧幕府軍を支える国家軍との国内戦争(戊辰戦争)が勃発する。海外の列強諸国は、武器の調達に協力しながら内戦により国力の衰えを首を長くして待っている状況に、日本の未来に危惧を抱いた継之助は殺される覚悟で朝廷に内戦回避の建言書を提出する。しかし、受け入れられることはなかった。時代は継之助を孤立へと追いやっていく。戦乱へ突入していく中、旧幕府勢力が次々と寝返るのを見た継之助は、江戸の藩邸全財産を処分し、その金で暴落した米を買って函館へ運んで売り、また新潟との為替差益にも目をつけ軍資金を増やした。それを当時の日本には3機しか輸入されていなかったガトリング砲2機、フランス製の2,000挺の最新式銃などの最新兵器を購入し、長岡藩を武装中立という永世中立を国是とするスイスのような国にしようと決意した。軍備を充実させる一方で、継之助は事を平和に解決しようと東奔西走し、小千谷にかまえた西軍の軍監岩村精一郎と慈眼寺において談判する(小千谷談判)のだが決裂し、ここにおいて長岡藩は参戦に踏み切ることになる。結果は歴史が示すとおり、当初は最新兵器の武装と、巧みな用兵により新政府軍の大軍と互角に戦ったが、絶対的な兵力に劣る長岡軍は次第に劣勢となり敗戦に追いやられ、左膝に流れ弾を受け重傷を負った継之助も、破傷風により死去(享年42歳)する。
 武装による永世中立という高い志を目指したが、結果として長岡を焼け野原にした責任は賛否両論あってしかりだ。しかし、だれもがいつも明るい道を歩き続けて目的地にたどり着けるとは限らない。一寸先は闇の暗い峠のような道を進まなければならないときもある。一つの時代に志という明かりを頼りに進み続けた河井継之助という人物に光を当てた司馬遼太郎の小説と、今回の買収劇が妙に重なり合って、思わずあっぱれ長岡藩と、小躍りしたい気持ちに駆られた。
 敗戦後、復興を目指す長岡藩から新しい息吹が生まれる。国がおこるのも、ほろびるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。目先のことばかりにとらわれず、明日をよくしようとした米百俵の精神である。それは今回の出来事にも感じられたのではないだろうか。

参考著書:「峠」司馬遼太郎  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

秋の七草2006.09.01


肌を刺すような日差しも徐々に秋の気配に移り変わろうとしている。例年通りの暑い夏だったのだが
、ほっと一息ついたこれからのほうが体調を崩しやすいので気をつけなくてはならない。長く続いた暑
さのせいで胃の消化機能が低下して、食欲不振の人も多かっただろう。栄養の吸収が悪くなり、ビタミ
ン、ミネラル、たんぱく質といった、身体に必要な栄養素が不足し、夏バテ特有の症状が出やすくなる
のはこれからだ。その上、ビールやジュースなど冷たい飲み物をとりすぎて、胃腸が冷えてしまい、胃
の働きが低下し、ますます食欲がなくなってしまう。そのうち乾燥した秋の冷たい空気に覆われるから
体もたまったものではない。
 今年は、プール熱が流行したようだ(一昨年から患者数が大きく増加した)。原因は、主にアデノウ
イルスという。症状は39℃前後の発熱、咽頭痛、結膜炎、嘔吐や下痢を伴うこともあり、発熱は3~
7日間程度続く。特別治療法はないそうだ。さらに休む暇もなく、O-157でご承知の腸管出血性大
腸菌感染症が増えるというので感染症センターなどの機関が注意を呼びかけている。今までウイルスや
感染症といっても怖いのは冬場のインフルエンザくらいだったのにいつの間にか、年中何者かによる感
染の恐怖にさらされるようになってしまった。
 それらの犠牲にならないためにも、弱った体に、抵抗力を取り戻すことが重要だ。抵抗力は、腸内細
菌の働きが大きく関係している。以下は、保健学博士の菅原明子氏の言葉を引用させていただく。
「腸内は酸性だとビタミン、ミネラルの吸収が良いため、ビフィズス菌などの善玉菌が自ら酢酸を生産
して、腸を酸性に保つ。逆に、腸が腐敗してアンモニアが増えれば腸はアルカリ性になり、悪玉菌が増
え、活性酸素を多く発生させる。・・ 腸内細菌を活発にするために、食物繊維などのセルローズ系の
ものは、乳酸菌などの善玉菌の繁殖条件になるので努めて摂取したい。」
 腸内が常に酸性に保たれていれば、感染症の阻止に大きく働くということは、きちんとした食生活が
ウイルスや感染症から少なからず身の危険を守ってくれるということだ。
 「やまはぎ、すすき、くず、なでしこ、おみなえし、ふじばかま、ききょう」と秋の七草に挙げられ
る野草は、整腸剤としての春の七草に対し、体を温め風邪を予防する意味があるという。季節の変わり
を敏感に感じた先人の養生訓に従い、七草とはいわないまでも、ゴボウなどの食物繊維をたっぷり含ん
だ旬の献立で、食卓をにぎわせてはいかがだろうか。

参考著書:「ウイルスの時代がやってくる」保健学博士・菅原明子著 出版社:第二海援隊

インターシップ2006.08.01

 4年ほど前からだろうか、商業高校の学生の就業体験(インターシップ・・学生が在学中に自らの専攻将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと)を受け入れている。全国の高校や大学に広まりつつあるその制度は、日本では1997年ごろから始まったばかりで、インターシップ先進国であるアメリカ合衆国では、20世紀初頭からいくつかの大学が導入を開始し、1950年代から本格化しはじめてたとのことだ。1980年代後半においては、全米の90%の大学がインターンシップをカリキュラムに取り入れ、70%の学生が卒業までにインターンシップを経験するにいたっているそうで、企業と学生にとっては相互にお見合いが出来る利点があり、就職後に「こんなはずではなかった!」とお互いの思惑がはずれないためにも良い制度であるらしい。
 毎年、高校2年生の2名が2日間夏休みに体験にやってくる。今年も行われた。ただ、まだ2年生いうから進路も定まっていないだろう。いや自分のことを例にとれば一番高校生活で遊んだ思い出のある学年だ。進学するにも時間のゆとりがある。就職しようにも何をしたいか分からない。とりあえず、遊ぶために学校の目を忍んではアルバイトをしていた。こんな不届きな学生ばかりではないと思うが、今考えてみるとその経験も結構役に立ったと思っている。当時のアルバイトといえば、手っ取り早いのがレストランの皿洗い。自分の部屋の掃除も儘ならぬものが、残飯から、床掃除、油の清掃まで、キレイといわれる仕事には縁がなく、ひたすらキレイにする仕事をし続けた。その分、初めてお金を得た喜びは大きかったし、そのアルバイトを通じて知り合った年齢差のある方々との交流も高校を卒業した後も続いたのだった。
 話しは横道にそれたが、今年就業体験した生徒の感想を読んでいて、初めて受け入れて良かったと感じた内容を目にした。毎年、感想といえば、疲れたとか、緊張した、楽しかったという自分が体験した感情を書く生徒が多い。それは体験して学ぼうというよりは、受身でやらされている感情のほうが強いからだろう。無理もないことだとは思うが、それでは肉体的な疲労感だけで終わってしまう。何年続けても意味がない。むしろ積極的にアルバイトでもして世間の風に当たったほうが何倍も本人の役に立つのではないだろうかと、ふとそう思ってしまうのである。ところが先の一人の生徒の感想は、その日は、商品棚の掃除をしてもらったのだが、それをしながら商品のポップを一枚一枚読んでいったとある。この商品はどういうものなのかを掃除をしながら読み続けたらしい。そしてそのポップを作るまでの手間暇の大変さも付け加えられていた。たった2日間の体験で、山積する雑用が仕事という物事を成り立たせているということを感じとってくれたことに思わず嬉しさがこみ上げてきたのだ。きっとその生徒は、どんな職業に就いてもその仕事に価値を見出すだろう。その生徒の担任の先生にでもなった気分がしたのだった。

経皮毒2006.07.01

 ヘルシングあいを加藤ヒロ子先生から引き継いで10年が経った。この間、日本経済といえばバブルの後遺症でデフレ不況真っ只中だった。作っても作っても生産が追いつかない右肩上がりの成長から、一転、作っても物が売れない時代へと移行してしまったのである。失業者が増加し、リストラという言葉は、毎日のように紙面を賑わした。景気回復の兆しといわれるようになったのもようやく最近になってのことである。そんな中を通り抜け、今日を向かえることが出来たのは、多くの会員の皆様や、ご利用下さった方々のおかげであり、また良きスタッフに恵まれたことに深く感謝したい。
 先月、東京で行われた勉強会に参加した。その主なテーマは、「経皮毒」について山下玲夜さんがご自身の体験(子宮内膜症などを患った際に、シャンプーを変えたら治ってしまった)を元に、各方面の専門家の意見をまとめ、皮膚から浸透する有害物質の危険性を語ったものだった。その話しを聞きながら、ふと20年近く前の学生時代にタイムスリップした。というのも、その時分に読んだ本を思い出したのだ。それは郡司篤孝氏が書かれた“怖い食品と化粧品1000種”の二冊である。豆腐やハム・ソーセージにつかわれていた防腐剤のAF2に発ガン性を指摘し、全面使用禁止にいたる運動を担った氏の著書だった。日頃何気なく食べている食品に多くの食品添加物が含まれている。皮膚に塗る軟膏にステロイドが使われている。化粧品を使用して皮膚が黒ずむ黒皮症で苦しんでいる多くの女性がいる。それらを作ったメーカーを名指しで堂々と批判を浴びせている内容を読みながら、何も知らなかった当時の私は体中が震えるような衝動を受けた。食品や化粧品に使われている添加物を素人にもわかりやすく説明されてあったので、粗悪な商品を安易に生産するメーカーや販売会社の姿勢を正すのに大きな影響を与えたに違いない。この衝動は、著者に会いたいという行動に結びつくのに時間がかからなかった。著者が名古屋で講演する機会を捉えては、何回も足を運んでは聞き入ったのだった。
 時代は変わっても現状は決して良くなっていないようである。最近の経皮毒の顕著な例として夏の必需品である虫よけスプレーで事故がおきている。それに使用されている昆虫忌避剤(DEET)は、経口吸収の毒性は弱いのだが、経皮吸収が早い化学物質で神経毒性があるといわれている。安易に使えるため、小さいお子様がそのスプレーなどを継続使用して脳障害を引き起こしたそうだ。身近でも、先述した山下氏のシャンプーと子宮内膜症の例がある。子宮内膜症の一因として合成界面活性剤が水道水中の塩素と反応して、その生成化合物ダイオキシンの発生が、頭皮などから吸収されてエストロゲン(女性ホルモンのひとつで卵胞ホルモンとも呼ばれるもの)の働きをかく乱して起こると考えられているのだ。驚くほど危険な因子は、身の周りにあふれている。しかも知らずに使っていることに問題の根深さを感じる。その根深さは20年経ってもそう変わっていないのである。
 経皮毒から身を守るためにも、周りを総点検して、安全性の高いものに切り替えることはいうまでもないが、見識を持って、自信を持っておすすめできる商品をご案内したいと心新たにしたのだった。と、同時に、日頃から有害なものを取り込んでも対応できる健康な体を維持する情報もしかりである。

参考資料:経皮毒!? 皮膚からあなたの体は冒されている 女性を悩ませる経皮毒 日東書院

Iさんからのプレゼント2006.06.01

 雨が続いた先月中旬のこと、その日もあいかわずの雨模様だった。そんな中をバスを乗り継いで?さんが来てくださった。当店の会員様の中で最高齢の方だ。私はお会いする度に、田舎の祖母を思い出す。私の母の実家は長野の善光寺から車で北に30分ほど走った山あいにある。周り一面をリンゴ畑に囲まれたのどかな風景は今もさほど変わりはない。変わったといえば、オリンピックが行われたことで道がきれいになったぐらいだ。実家も広い運動場くらいあるリンゴ畑を営んでいる。幼いころの記憶は不思議なくらいその風景で覆いつくされる。昆虫図鑑でしか見たことのなかったオニヤンマやミヤマクワガタを捕まえては友人に自慢していた。子供にとって宝の宝庫だったかもしれない自然に惹かれて、時には一人で電車に乗って遊びに行ったこともあったそうだ。元気すぎたのか横着かったのか、祖母にお仕置きとばかりよく物置に閉じもめられたことも淡い思い出となって残っている。
 いつもお土産話をお聞きするのだが、その日はIさんから一冊の本を頂いた。読むだけで運がついてくるという。といっても宗教的なものではなく、さまざまな思想の垣根を越えて気軽に読めるとのことだった。祖母のようなIさんから言われる言葉はすんなり体に溶け込んでいった。50ページほどの小冊子だったが、読み終えたあと、しばらく不思議な感覚になった。
 その本は、紛争耐えない中東に興味を持った一人の青年が、湾岸戦争の年の末にイスラエルへ単身旅行へ出かけた時に、不思議なおばあさんに出会ったことから始まる。そのおばあさんは、「これさえ唱えていれば、誰でもツキっぱなしになる」といいツキを呼ぶ魔法の言葉を彼に二つ伝える。どんな言葉と思いきや、「ありがとう」と、「感謝します」というごく普通に使われている言葉だった。いやなことがあったら「ありがとう」。逆に、良いことがあったら「感謝します」何度も繰り返し繰り返し言うようにすると自然とツイてくるのだと。この出会いで、彼の人生はガラリと好転する。詳細内容は是非、ご一読いただくまでの楽しみにとっておきたいと思う。
 有り難いとは、「有」ることが「難しい」と書く。私たちが普段なにげなく使っている言葉に福を呼ぶ言葉と、不幸を呼ぶ言葉があるとしたら、当然福を呼ぶありがたい言葉を選びたい。そうすると心の動きも変わってくるだろう。笑うことは「ハハハ」と、息を吐き出すことで、新鮮な酸素が体をめぐる。そして13の神経が動き、ホルモンが分泌されて積極性が出る。それに対しイライラしたりくよくよ心配しすぎると47本の神経が動き、アドレナリンが分泌され、しわがよって厳しい顔つきになり、やがて自律神経失調症になるそうだ。ツキも心の持ち方で変わってしまうのは当然であろう。
 遺伝子の研究で有名な村上和雄氏は、地球に最初の生命が誕生した38億年前にあった遺伝子が、途切れることなく現在まで生き続けいること自体が、有り難いことと語っている。今日存在している私たちはどの人もみな38億年間勝ち続けてきたエリート中のエリートの遺伝子を持っているらしいのだが、その確率は何と、一億円の宝くじに百万回連続で当選することを狙うと同じようなものらしい。そう思うと今生きてここにいること自体が最高に有り難く、ツイているのだと思えてくる。
 さらに村上氏は「真理はとてもシンプルですから私は、あまりゴテゴテ理屈をいう人の説明は聞かないでおこうかとも思っています。それは、真理から最も遠いことかもしれませんので・・」と語っている。
シンプルな中に深い真理を感じたプレゼントに祖母?へ感謝したい。
参考著書:ツキを呼ぶ魔法の言葉 五日市剛氏講演筆録 
発行者 ソーシャルデザイン21 石川県金沢市八日市3-604 TEL:076-240-6060
宇宙のリズムで暮らしたい 吉丸房江著 地湧社 
つつしみの法則 村上和雄&中野良子対談 万葉舎

よみがえる千島学説2006.05.01

書店で並ぶ書籍や、メディア等でよく目にするデトックスという言葉。デトックスとは-de(排除)tox(毒)という単語で、体にたまった毒素を取り除くといった意味だ。今や、デトックスに結びつくものが盛んである。岩盤浴を併設した施設もその一つだろう。また、驚くことに家庭で簡単に出来る腸内洗浄の利用者は、全国に10万人を越えるという。スーパーモデルやマドンナ、ジャネットジャクソンもやっているといった噂が、その利用に拍車を掛けているのだろうか。便秘で悩む若年層の支持も強いようだ。食物繊維を豊富に含む食品や玄米菜食も当然のことながら注目をされている。食養の大家がかつて延々と唱えていたことが、今や当然のように語られるようになってきた。しかも最も重要とされる腸への関心は、その後の医学を変える力となるかもしれない。
今でも思い出されるのが、20年近く前、友人の誘いで中学校の恩師と会う機会があった。久しぶりの再開に積もる話も一段落した後、なぜか話題は健康論に、そこで血液はどこで作られるのかという話になった。当然習った通り骨髄で作られるのでは?と問い返したところ、その恩師は、腸で血液が作られる腸造血説を信じています。と強い口調で話されたのだった。何のことかさっぱり分からなかったが、その言葉だけは脳裏に焼きついた。時間とともにその言葉も忘れそうになったある日の東京でのこと、ふらっと立ち寄った書店で目に飛び込んできた一冊の本が、腸造血説を説いた千島学説入門だった。
血液学の定説によると、赤血球は毎日二千億個の赤血球が消滅し、誕生する(赤血球がその寿命をおよそ115日としていることから逆算したもの)。その働きを、酸素の供給と二酸化炭素の排出を行っているとしかみていない。それは赤血球が核を持たないために細胞とは別個の存在とみなしているためだ。これに対し千島教授は、赤血球は、生殖細胞や他の細胞に分化していくという生物学の常識を破った事実を発見し、さらに、食物の消化産物(食物モネラ)から腸の絨毛組織で赤血球が造血されるという「腸造血説」を唱えたのだ。血液学に関する定説に疑問を投げかけ、その実証に力を注いだ千島教授の画期的な論文は、定説を根底から覆すものであったため、黙殺されることになるのだが、今日になってその説の輝きは新しい息吹となって到来する予感を感じさせる。デトックスが重要なのは、単なる排泄する器官としか思っていなかった腸の働きが生命を生み出すもとであり、食物が私たちの体を流れる血液を造っていることに少なからず気づかされたことではないだろうか。
食事をしながらふとテレビに目をやると、大騒ぎの取材陣が一人の男性を囲んでいる。保釈された堀江被告である。その顔は腫れ物でも取れたようなすがすがしい青年の顔だった。拘置所内での粗食のおかげか、約3ヶ月で8キロ痩せたそうだ。(米7:麦3のご飯に魚等のおかずが一品ほどらしい)
食養の先駆者である水野南北は語る。食物は生命なり”“運、不運はことごとく食物からおこる”“腹八分に禍なし”と。人の運命は、食生活で変わる。いま、運命が順境であっても、美食、大食におぼれれば傲慢となり、性格も粗野に走りがちになる。やがて運命にも行き詰ることになる。逆に、いま逆境であっても粗食に甘んじれば忍耐強くなり、性格も温厚になり、やがて運命も開くと。
そんな言葉を自ら戒めながら、時代の風雲児のすがすがしい顔つきは、私たちに何かを語っているような気がしたのである。

参考著書:千島学説入門 忰山紀一著  名人たちの東洋医学 忰山紀一著
※当店でも購入可能です。

三枚おろし2006.04.01

いつ頃からか毎日聞くのが日課となった朝のラジオ番組に、武田鉄矢の「今朝の三枚おろし」がある。武田鉄矢といえばご存知、母にささげるバラード、最近では功名が辻に出演中、ひと昔前では3年B組金八先生だ。どうも私は金八先生のイメージが強いせいか、時代劇の役で鎧をまとっていてもそれをイメージしてしまう。この「今朝の三枚おろし」は、武田鉄矢が毎朝ほんの5分間に、毎週あるテーマをもってさまざまな語りを展開する番組だ。その独特の先生口調でテーマ(ネタ)を見事にさばいていくから、私を含め聴者はどんどんそのまな板にのったネタの行方に引き込まれていく。そんな中、昨年末ごろの話になるが、「健全な肉体に狂気は宿る」という本を読んだ感想が、まな板の上にのったことがあった。そのネタに思わず始めは耳を疑った。「健全な肉体に健全な精神は宿る」ではなかったかと。興味津々聞き入ると、なぜ人に狂気が宿るのか、なぜ生きづらいのか、次々とその正体を見事におろしていったのだ。その手さばきに感化されたことや、その題名に興味がつのり、早速手元にその本を取り寄せた。
仏文学教授で武道家という内田樹氏と、都立病院精神科医の春日武彦氏という一面異色とも思われる二人の対談がまとめられたその本に早速答えを探した。なぜ、狂気は宿るのか。ところが次第に、本の内容よりも、読んでも見逃すような行間を、武田鉄矢が分かりやすく言葉にしていることに改めて先生と呼びたくなった。それはむずかしい仏教書物や聖書などをひも解いて語るのに似ている。どんな素晴らしい真言や書物を見聞きしたとしても、その身の丈までしか理解できず、頭で理解しても体感しなければ、その深みに入っていくことは出来ない。その深みが、分かりやすい言葉となって、周りに共鳴を与えるものになるのだろう。当然私の身の丈で解釈させて頂くのだが、共感した部分を記すことをお許し願いたい。
その書物の中で、人間が精神的に健康でいられるためには、自分を客観的にみられること、中腰の姿勢で耐えられること(ちょっと待ってみるということができる)、自分だけの世界を持てたかどうか、未来に対する取り越し苦労をしないこと、あたまに聞くのではなく、からだに聴くこと、などが大切だと語っている。では狂気が示す意味を私なりに結論付けると、体感せずに頭を通して理解しようとするその理屈が、肉体の信号を無視して暴走することをいうではないだろうか。あらゆる情報が無尽蔵に流れる中、私たちはついつい頭ばかり大きくなって、その道の専門家ほどの知識を持つようになっている。その知識や理屈が邪魔をし、肉体とのバランスを崩したとき、そこに狂気は宿ると感じたのである。
時代のスピードはますます速度を増している。ゆとり教育とはいうが、受験戦争も今や中学から始まるときく。企業も即戦力を必要としている。競争が激化する中で、さらに精神と肉体のバランスを保つのは難しい。中腰の姿勢は、つからいかもしれないが、ちょっと待ってみる心のゆとりは持っていたいものだ。
ふと目を留めると、いつしか桜が春を告げている。木々が茂った小さな庭にひっそりとつくばいが腰掛けている。竹から落ちる雫が四角にえぐられた石の中心に吸い込まれていく。銭型水鉢には四文字刻まれている。「吾唯足知」。ささやかな空間にもゆとりを残した過去の精神は、中腰の姿勢の大切さを説いていたのかもしれない。

「健全な肉体に狂気は宿る」内田樹氏、春日武彦氏 角川書店


温冷浴その後2006.03.01

昨年の11月下旬から再開した温冷浴。冬の寒さが厳しかったので何度となくやめたくなった日もあるが、その寒さも峠を越し、3ヶ月たった今では欠かせない日課となった。日課となるには理由がある。第一に、冷たさに耐える以上の気持ちよさがある。3回目以降は冷水も気持ちよく感じる。第二に、視力が良くなった気がする。温冷浴をした後は目がすっきりする。第三に、体重が自然に減少するなどだ。温冷浴をご存じない方に補足させていただくが、温冷浴とは、水浴と温浴を交互に1分ずつ繰り返すことで皮膚を鍛え、血液循環を促進し、新陳代謝を活発にする健康法で、故西勝造氏の発案した西式健康法の中の一つである。血管と血管をつなぐバイパス「グローミュ」が再生するともいわれ、自分の健康管理としても欠かすことが出来ない日課となったわけである。
グローミューは、動脈と静脈をつなぐ毛細血管のバイパスの役割をする徴小な血管で、フランスの解剖学者レアリスによってl707年に発見されたそうだ。現在までの研究で、体内の血管のあるところすべてに存在することがわかってきている。たとえば、急激に寒気にさらされたり、恐怖におそわれたりすると、顔面は蒼白になるが、これは、その部分の毛細血管が急激に収縮して、毛細血管に血液が流れなくなるためだ。このようなときに、血液はグローミューを通って、小動脈から直接小静脈に流れる。ところがこのグローミューは、非常に徴小な血管なので、体調や老化などの影響を受けやすく、食生活の乱れやストレスの多い生活などで健康管埋がおろそかになって体調が乱れてくると、グローミューはすぐ消滅し、バイパス機能が低下してしまうらしい。
東条百合子氏の本にも記載されているが、ビワの葉温灸療法の温熱作用も全身にあるこの「グローミユー」(動静脈吻合血管)を強化再生させて、血液の循環をよくするという働きを指摘している。さまざまな健康法がある中で、その人に合うものもあれば合わないこともあるだろう。しかし、この温冷浴をしたおかげで、体をさび付かせないためにも、日頃、何かを実践することが大切なことだと思い知らされた気がする。