ヘルシングあい便り

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田植えを終えて2017.06.01

   米作りをはじめて5年目の今年は、何時になく賑やかな田植えとなりました。田んぼを起こすことから始めたご家族と、そのお友達も田植え初参加、そしてハワイからお越しの菅原真樹さんは、午後からのお話し会前にも関わらず、田植えは神事ですからと言って前日入りしてご参加下さいました。そして、もともと耕作放棄地だったこの場所を、里山を蘇らしたいとも思いから開墾された名城大学の小池先生のゼミの生徒もかけつけました。私たちの主食であるお米、そのお米が長い年月を経て私たちの肉体と精神を形つくってきました。そしてそのお米を取り巻く環境に、大きな自然の恩恵を感じます。その目に見えない力が、私たちを引きつけているような気がします。
   昨年は、田起しの最中に腰を痛め、2枚の田んぼをやっとの思いで仕上げたのですが、今年はまだ済んでない方々の田んぼまで手伝うほど体調はよい状態をキープしています。腰を痛めた後、夏には膝を痛め、肉体的には反省の一年でした。そこで、一体自分に何が不足しているのかをずっと考えながら、時にはメンズヨガに通い、ジョギングを無理のないウォーキングに変えたりするなど試行錯誤を繰り返していた時、お客様から教えていただいたのがバレエ。まさかこの年令でしかも男でバレエ?と思っては見たものの、先入観で判断せず、せめて体験だけでもと行ってみました。そうしたらこれが見てる世界とは真逆な世界。全身の骨格、特に骨盤から足の爪先を動かすのに、自分の体でも言う事聞かない。息は上がってくるし筋肉の疲労感は全身を覆ってきます。とてもじゃないけど笑って演技なんてできることがアンビリーバブル。その上先生からは、「あなたは扁平足ね。このままだと前に重心が偏るから怪我をしますよ。」と言われて、そのための靴を履いて更生してるつもりなんですが、と返すと、「頼っちゃダメ!そこに意識して足全体に重心がかかるように心がけなさい。」健康のために依存はいけないとはいつも自分が言ってること。そんな自分が頼ってたことに気付かされた一日となりました。それからはや数ヶ月経ち、扁平足の感覚は感じなくなるくらい小指まで力が入りだしました。何よりスタッフからは姿勢が良くなったと評価され、これほど嬉しいことはないくらい。そう言われてみると、田起こししている時も、姿勢を気にしている。気にすることを意識できるようになったというのが大きな収穫のようです。
 今回のバレエの貴重な体験で、20代の頃に糸川英夫さんの講演を聞きに三重県まで行ったことを思い出しました。なぜなら、糸川英夫さんも60歳でバレエを初めて70歳の時に舞台に上がったのです。その時の印象に残った言葉は、今でも忘れません。それは次のような内容でした。
 「誰もはじめっから天才なんていません。新聞紙一枚一枚の毎日の努力の積み重ねです。その一枚一枚の努力が積み重なって、いつの日か、頭よりも上に足をあげられるようになるんです。」

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タマシイノヒトシズク2017.05.01

 今朝の朝刊で、リニアの南アルプストンネル工事が始まったことを知りました。いよいよJRによる自然破壊工事が本格化したことを意味します。単なる自然破壊では収まりません。過去数億年続いてきた自然の営みを断ち切ることを意味します。地下には無数の水脈が走っています。その水脈から無数の毛細血管のような植物の根が何千メートルも命の水を吸い上げています。天からの雨と地下水が混ざりあったヒトシズクがやがて大きな川になります。私たちをはじめ多くの生物がその命の恵みをいただいています。そんな大きな営みを東西に渡って無残にも断ち切るものです。
 虚脱感を感じながら店に着くと、ポストに頼んであった一冊の本が届いていました。今年の1月に豊川で行われたイベントでお話しをされた菅原真樹さんの写真集「タマシイノヒトシズク」でした。海の生物たちに脅威を与えないよう写真はすべて素潜りで撮影するそうです。何と水深100mでの撮影さえあります。水泳部だった私ですが、瑞穂競技場で5メートル潜るだけでも水圧で耳や頭が痛くなって大変でしたし、呼吸が続きません。100m泳ぐだけでも息が上がるのに、それを潜って上がってくると倍の200mです。まさに写真一枚一枚に生物の呼吸を感じ、圧倒されてしまいました。その菅原真樹さんが今月の28日に、当店にもお越しくだって、お話会をさせていただくことになっています。ハワイ王族の代々大切にしてきたKalokoの森が別荘地として注目され、森林が伐採されて行く中で、Kaloko森トラストプロジェクトを立ち上げ、銀行からの融資を受けるために何軒も頼みにまわり、そしてついにその森の買収の3日前に融資をする銀行が現れ、森の土地の売買、破壊から守った方です。一人一人がやれることがある。それを前回のお話会で教えていただいた気がします。カフェスペースでのお話会を予定しています。人数に限りがありますので、お早目のご予約をお願い致します。

「ハワイの海岸に、アジアから大量に押し寄せる不法投棄のゴミの山。
人並みごとに砕かれた色とりどりのプラスチックが砂浜に運ばれ、
カニや小魚の命を奪う。ゴニを飲み込んだ親鳥が、産まれたばかり
の雛の前で、力なく倒れて空を見つめる。
彼らが未来に子孫を出来るかどうかは、我々人間の心次第である。」
           ~写真集・タマシイノヒトシズクより~

菅原真樹さんプロフィール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
琉球空手を小学二年より学ぶ。武道から潜在能力を引き出すトレーニングメソッドで日本フリーダイビング女子チャンピオンを育てる。その後、日本ナショナルチーム監督就任、2002年世界選手権でアジア初の男女共総合銅、銀に貢献する。2004年、ハワイ島のフアラライ山麓のカロコの森と関わる。森の土地の売買、破壊からまもり、この森をハワイの土地に戻すことを目標とした、森や海の力に触れて静養、リハビリができる宿泊施設「Kaloko House」を主宰。

森 in 森 イベントを終えて2017.04.01

 季節はゆっくりと春めいてきました。三寒四温の緩やかな移り変わりは、人間の症状に例えると、瞑眩反応(不要なものが排出され、それに伴う様々な症状。 一見副作用と思われる不快な症状のこと。好転反応)のように、体の毒出しをしながら徐々に回復する様子にも思えてきます。そんな季節の移ろいは、私たちが自然と切り離せない存在であることを感じさせるとともに、普段、その自然の呼吸を感じながら生活していることを実感させてくれます。大きな視野で見れば、大気の循環が巡り巡って幾千年の時を経ながら、この地球上に生存を許されている貴重な一瞬を謳歌しているのかもしれません。
 その大自然から学び、敬い、生活を営んできたのがこの国の生業だったはずです。それを証拠に、私たちの周りには、今でも千年以上にも渡って神社等で続けられている行事が数多く残っています。しかし、それがたった百年という人の一生ほどの短いスパンで、大きく生活が様変わりしました。経済が一点に集中し、人の流れもそれに伴い各都心に流出しました。大きな経済の波は、日本中を飲み込んで行ったのです。その結果、山間部や不便な地域の過疎化や高齢化で、山は荒れ、田畑等の耕作放棄地は全国で27万ha。何と東京都をはるかに超える面積に匹敵します。我が国を支えてきた第一次産業である農業・林業・水産業の衰退、担い手不足により、その土地や権利の所有者の多くが、それを手放さなくてはならなくなりました。その結果、生命を産み出す貴重な山々や海が、公共事業という名の下に、道路や橋、ダムへと変貌を遂げつつあります。
 私たちは毎日、誰もが水や食べ物をとって生命を維持しています。その水や食べ物とは一体どこから来るのでしょうか。水は上水道から運ばれてくるわけではありません。山に降った雨が多くの樹木の保水力によって徐々に地下深く浸透し、鉱物やさまざまな地層を通る間に自然ろ過され、その間に多くのミネラル分を含んだ生きた水となり、それが河川へと流れ、その恩恵を頂いているのです。魚にしても工場で作られて運ばれてくるわけではありませんね。かけがえのない海や川に生息しているのです。お米や野菜にしても同じことです。その土壌や川や海が、農薬や廃棄物、建設による影響で汚染されてしまえば、私たちの身に返ってくるのです。どこのスーパーや百貨店に行っても沢山の食材や惣菜が所狭しと山積みされています。無尽蔵に食物が手に入るような錯覚を起こしがちです。しかし、それらの食物の大半が海外から輸入されているのです。しかも、せっかく輸入までした食物を含めて1900万トンを廃棄しているのです。これは世界の7000万人が1年間食べていける量だといいます。これだけ豊かな環境で暮らしながら、未来を産み出す第一次産業を衰退させている国民のやることでしょうか。ちょっと立ち止まって考える時期ではないでしょうか。ひょっとするともう遅すぎるかもしれません。
 これ以上、無益な環境を破壊しては私たちも、共存できなくなるでしょう。それにはやはり、自然に触れる機会を作らないといけません。そんな思いから今回のイベントを開催させていただきました。日程の変更等があって、先月のお便りで十分なご案内ができなかったことをご容赦下さい。
 設楽ダムの立木トラストも引き続き継続しています。当店で事務手続きの代行をしていますので、お気軽にお声掛け下さい。なお、設楽ダム建設事業からの撤退を求める署名も同封しました。是非、皆さまのお声を県に届けてくださいますようお願い致します。

小さな一人でも2017.02.01

 ある女性がフェイスブック上にアップしたイベント「ハワイの森を守った菅原真樹さんと。設楽ダム、私達に参加できる立木トラストって」が気になって、先月の中頃、豊川まで行ってきました。
 そこで話されたのがハワイ島に住むプロの写真家で潜水プロガイドの菅原真樹さんという男性でした。ハワイ王族の代々大切にしてきたKalokoの森が別荘地として注目され、森林が伐採されて行く中で、Kaloko森トラストプロジェクトを立ち上げ、銀行からの融資を受けるために何軒も頼みにまわったそうです。そしてついにその森の買収の3日前に融資をする銀行が現れ、森の土地の売買、破壊からまもることができたそうです。(その森をハワイの土地に戻すことを目標とした、森や海の力に触れて静養、リハビリができる宿泊施設「Kaloko House」を現在主宰している。)
 もう4年ほど前になりますが、設楽ダム公開講座が愛知県の主催で開かれ、全然9回のうち、7回参加しました。そこで分かったことが、設楽ダムとは水道用水と農業用水の治水目的で40年ほど前に建設計画が持ち上がったものの、2002年に豊川総合用水事業が完成して、それらの目的が必要なくなってしまい、用途を「流水の正常な機能の維持」目的?に変更したのです。簡単に言えば、川が渇れないためにダムに水を貯めておくということです。9800万m3という膨大な量の水を山の上に蓄え、しかもそのために3000億円が使われるのです。必要のない事業に、それだけのお金が使われるだけではありません。上流の自然が破壊されるのです。しかも設楽ダムができれば、その下流域には六条潟という世界でも有数な数少ない干潟があります。国産のあさりの大半を占める稚貝が育つ場所が、ダムで堰き止められて土砂の供給が減るために大きな影響が出るでしょう。二枚貝は、有害なバクテリアや有毒な化学物質などの汚染物を濾過してくれる自然界の浄水器のような存在です。そんな貴重な種を絶滅させれば、私たちの生活環境はますます厳しくなることでしょう。2年前に、ダムの現状を下流域に住んでいる私たちも考える機会を作れないかと思い、不必要なダムを取り壊しているアメリカで作成された映画「ダムネーション」を主催しました。実際に設楽町に住んでいる方にもお越しいただき、生の声を聞くことができました。しかしそれを次に続けていくことができませんでした。
 今回、このイベントに参加させていただき、一人は小さな力ですが、出来ることがあることに改めて気付かせてもらいました。たった一人からでも始められること。それはダムに反対している周辺の山主さんの立木トラストに参加することです。今までに3500ほどの賛同者が集まっているそうです。これを今年5000という数字にのせたい。この数字自体が大きな声になると弁護士さんにもうかがいました。今回のお便りに、立木トラストへの参加呼びかけの用紙4枚同封させていただきました。賛同いただける方は、是非署名いただき、お申し込み下さい。
 当店では、この申込書をまとめて事務局へ送付する作業と、代金の振込みを代行いたします。ご希望の方は当店まで、書類とトラストにかかる費用、およびカンパ等をお持ち下さい。
 「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」という清水義晴氏の書籍があります。社会の小さな一人という一つの点、どこにでもありそうな点でも、そんな点から変革は始まったと言います。まだまだ小さな点が点在しているだけかもしれませんが、それが線になり、面になることを祈念しています。

少食こそ正食2017.01.01

 ここ数年、鼻炎の相談を持ちかけられることが多くなった。若い方から高齢の方まで、その症状はさまざまである。しかしそれらの原因は、自分の体験上、パン食、甘いものや乳製品、お菓子などといった高カロリーなものを間食していて、しかも運動不足な方に多いと思っている。そういうものを食べていた頃はよく耳鼻咽喉科に通った記憶がある。体質なのかと思っていたが、水泳をやるようになってからは全く症状がなくなった。運動するから腹が空く。毎朝のパン食からご飯になったのがその頃だった。しかし今でも食べ過ぎたり飲み過ぎると鼻の通りが悪くなる。そんな体験を説明しながら、とりあえず朝食だけでも抜いてみたらどうかと都度お伝えしてきた。中には実行したらすぐ良くなったとご報告に来てくださるお客様や便通まで良くなったと言う方までいた。乳製品を極力やめて朝食抜きにした方は蓄膿症さえ改善されたそうだ。いかに日頃のちょっとした食生活が、私たちの体に絶えず影響を与えているかがわかる。ちなみに鼻という漢字、もともと自分の「自」だったとか。「目」の「ノ」が先を表しているとのこと。なるほど匂いは敏感に脳に影響を与える。目で見ているより匂いのほうが本能的なことは確かだ。自分を守るために絶えずセンサーを働かせているのが鼻の役割とすれば、鼻炎とは何らかの原因で起こった症状である。それを対症療法で楽して治そうと思っても所詮無理な相談なのだ。
 西式健康法では、症状即療法という言葉がある。今の話しでいえば、鼻炎により鼻水が止まらないなどの症状は、からだが不必要なものを排泄しようとする働きであると捉える。だから、その症状を感じて身体の手助けをしてあげること。つまり朝食を抜いたことで、過剰に体に入っていたものがストップし、その症状が改善されたということになる。自分自身の体の声をもっと聞いて、その手助けさえすれば、健やかな体を維持できるということを教えてくれる格言的な言葉である。
 少食というと、腹8分目に病なし。そんなことは分かっていても中々実行に移すのは難しい。しかしいつまでも若々しく健やかでいたいのは誰もが考える事。それを毎日の少しの努力で可能にすることができる。英語でbreakfastといえば「断食」の状態を「破る」という意味。3食きっちり食べだしたのはまだまだここ最近のことである。食事の量のとり過ぎに、意識を傾けてみては如何だろうか。朝食抜きにすれば、一回の量は同じでも、一食分少なくなるのでこれもまた少食には違いない。
午前4時~正午 排泄のサイクル(体内の老廃物と食物カスの排出の時間帯)
正午~午後8時 摂取と消化のサイクル(食べることと消化の時間帯)
午後8時~午前4時 吸収と利用のサイクル(からだへの同化の時間帯)
つまり食事は、正午から午後8時までの間に2食摂るのが理想である。
 酉年の酉は、ニワトリを指す言葉。人に時を報せる動物。酉の本来の読み方は「ゆう」と読み、口の細い酒壺を描いたもの。収穫した作物から酒を抽出するという意味や、熟した果実を収穫できる状態である事から「実る」を表す。
良いことも悪いことも、実り成就する年のようです。
新しい年を迎えるにあたり、皆様のますますのご健康をお祈りの申し上げます。

参考著書:西勝造著「二食主義健康法」

ケヤキ並木2016.12.01

 店の前に、北は弁天通から南は国道22号線に至る道路沿いの約1kmにわたって100本ほどの大きく延びるケヤキの木がある。樹齢は約42年だそうだ。新緑の季節には葉を大いに茂らせるため、街の景観を美しくさせる。日中は散歩する方や、園児や子供たちの通学路として地元の方々に愛されている。真夏の日差しも、どれだけこのケヤキのおかげでクールダウンされていることだろう。その反面、初冬にもなると、たくさんの落ち葉が路上一面絨毯のようになるため、それをかき集める作業が翌年の1月後半まで続く。竹箒片手に朝から落ち葉拾い、ちょうど今の時期の日課である。
 この場所に移転しようと気持ちが動いたのもこの並木道が少なからず関係している。というのも、以前の店舗は41号線に面したビルの2階だったため、見上げれば名古屋高速道路で空を塞がれ、下を見れば車が頻繁に往来しているというあまり落ち着きのない場所だった。移転を考えながらこの場所に向かうのに、弁天通から浄心東の交差点を南に並木通りを車で何度も行き来した。南に真っ直ぐ続くケヤキは移転に後押ししてくれた気がしている。同様にこの並木道が気に入って転居してきたという声を、何人もの方から耳にしてきた。ところが、そんなケヤキ並木を伐採して手入れのし易いものを植え変えるという意見があがっていることを聞いたのは昨年のちょうど今頃だった。ケヤキを維持するための費用や、定期的な剪定作業、落ち葉の掃除、なかには根が成長しすぎて一般家屋に被害が出たケースなどがその理由に挙げられていた。被害が出るのは問題にせよ、それ以外のことは、木を植えるときから分かってるはずのことだ。まず伐採するという前に何ができるかを考えるのが先ではないのか。移転してきて間もないものには、そのような情報すら疎遠のまま物事が進んでいくことに、違和感を持った。
 その場所に根ざしてきたものが、そこに住む人の手によっていとも簡単に断ち切られてしまう。日本のいたるところで懐かしい景観が失われていくのが、きっと今回起きているような理由なのだろう。人間の身勝手な理由で、いとも簡単に命を奪ってしまう。あまりにも短絡的過ぎではないか。その命の計りを軽くしてきたのは、高度経済成長とともに、何の苦労もなく育った我々世代の人間であり、責任である。その長い間のツケが、命の繋がりを軽くし、この国の病根として蔓延している。
 ここ城西地区を中心として、今年行われた住民への意見収集の結果、ケヤキ並木の存続が決まった。ケヤキ並木の存続に大きな影響を与えたのが、この並木道通りに住む人たちではなく、その周りから離れて住んでいる人だった。存続させるにあたって、この並木道を守る会が結成され、ケヤキ通りを消防団の方から、子供会、近隣住民の方みんなで掃除をするということが決められたそうだ。
 日曜日の早朝、元気な声が聞こえてきたと思ったら、大勢の子どもたちが店の前を歩いていった。外に出てみるとご高齢の方と混ざって落ち葉拾いを手伝っていた。ここ城西地区は、高齢化が進む街として近い将来の日本の縮図ともいわれている。冬の期間限定とはいえ、ケヤキを通して様々な年齢の人達の交流が始まった。バラバラになっていたものが、いつも変わらず佇んでいるものによって一つになれた。冠婚葬祭時には親戚一同が集う皆の故郷のようなものではないか。そんな心の故郷を、決してなくしてはいけない。

鼠径ヘルニア2016.11.01

 米作り4年目の今年は、おかげ様で台風などの風雨にさらされることなく、無事に収穫を終えることができた。9月中頃から続いた長雨の影響で、出来具合を心配したが、昨年より籾の膨らみも収穫も多かった。その理由は出穂の時期に日照時間が多かったためらしい。お天道さまに感謝、そして手伝ってもらったスタッフ、そして一緒に米作りをしてくれた皆さまに感謝である。ここ数年の米作りを通して、この作業は一人では無理。皆さんと一緒になって、時には手を借りて、おかげおかげで収穫があるということを学ばせてもらった。そしてそれが本来の日本人の姿であることも感じた。だから大家族での生活スタイルが最近まで残ってきたのだろう。米作りから離れたことで助け合いの精神が失われた。核家族となって孤立が深まり、横のつながりも希薄になったのが我が国の現状ではないだろうか。
 昨年の12月に突然倒れて意識を失った父親も、その後毎週月曜日の断食と青汁、そして毎朝のウォーキングと順調な回復をみせていた。しかし、夏ごろから禁酒が解禁となり、晩酌にビール一本が通例となった。ちょうどそれと時同じくして下腹部に時折痛みを訴えるようになったため、再度長寿医療センターへ診察に行ったのが2ヶ月ほど前。鼠径ヘルニアと診断され、簡単な手術で治ると言い渡された。後は本人の希望待ち。9月の末頃から痛みの症状が頻繁になったため、先月はじめに手術をした。手術の前日に入院し、その日は絶食、翌日が手術。その手術に立ち会った。50才前後の先生から手術の内容について話しがあり、あとは控室で待つこと2時間。手術は問題なく終わり、再び先生からの説明があった。驚いたのは、先天的に脱腸の傾向があったということだ。それが肥大していたため半分ほど切除し、網で腸が飛び出す部分を塞いだそうだ。その部分は10年ほどまえに受けた前立腺肥大の手術が原因か、筋肉の衰えかは不明だが、そこから腸が飛び出すようになったということらしい。話しを聞いていて思ったのが先天的という言葉。ということは自分にも可能性がある。ふとよぎったのが、過去に時折襲った不明な痛み。太ももの付け根あたりに鈍痛が走るものだった。早速ネットで調べてみると、どうも私にもその毛があるようだ。症状が一致している。かれこれ4~5年ほど前から続けている体幹呼吸法をするようになってからはメッキリなくなった。他人の振り見て我が振り直せとは、まさしく他人様に起こることは自分自身にも往々にしてあるもので心せよということだと妙に納得した。
 鼠径ヘルニアになる人は年々増加中で、手術に訪れる患者数は年間14~16万人にのぼるという。先天的なものと、加齢によるもの、仕事環境で起きるものなどに別れるらしい。男女比率で表すと、若年層では比率にあまり差はなく、50代以降では圧倒的に男性が多いという。しかし近年は女性も増える傾向にあるそうだ。 そうだ、忘れていたことがあった。4年前から米作りも始めていた。休耕田となっていた田んぼは、深田のために機械が使えない。膝下まで足が沈むためにしっかり重心を落とさないとバランスを崩して作業もままならない。正直辛い。しかしこれも知らず知らずのうちに今流行のインナーマッスル(体幹)トレーニングをやっていたことになる。これも幸いしたのかもしれない。そしてもう一つ思い出したことある。それは両親の希望で和式のトイレを洋式に変えたのがちょうど3年前。これにはかなり反対したが、母親が腰痛を患っていた時期だったため仕方がなかった。和式のトイレは下半身を鍛え、骨盤の弾力を保つ優れた日本の生活様式だった。無意識に身体を使うトレーニングだったからだ。身体に楽を覚えさせればきりがない。そうした身体のツケが、形を変えて私たちに襲ってきているのではないだろうか。身体に起こる異変は、絶えず私たちに原点に立ち返ることを教えてくれていると感じた。

千年の森2016.10.01

 原田さとみさんから設楽ダムの是非をめぐる公開講座があることを教えていただき、その講座に足を運んでからすでに4年が経った。その間、民主党から自民党に政権が入れ替わり、公共事業が息を吹き返した。アベノミクスなどというあやふやな言葉をひとり歩きさせたことにより、一極集中が加速し、都会への人口の流出が地方をどんどん疲弊させている。田んぼや畑を管理する人達の高齢化もあって、耕作放棄地は平成17年には東京都の1.8倍に相当する何と38.6万ha(平成19年農林水産省調べ)と、増加の一途をたどっている。誰が見ても将来の我が国の行く末が見える数字ではないだろうか。食糧や水資源の危機が叫ばれる中でも、緑の山々をコンクリートで覆い尽くす事業は全国各地で止まない。最近の台風では、ライフラインや設備の老朽化のためか、少し荒れた程度の風雨で鉄道は止まる。公道に水は溢れ出して渋滞を引き起こしている。持続可能な社会を作らなければならいないはずが、開発という経済効果の名の下、多くの借金をこしらえながら反省もなしに作ることばかりにやっ気になっている。そして誰も責任をとろうとしない。まったく大人社会の体をなしていない。
 先月、ダムネーションという映画を主催したことでご縁ができた方から、その設楽町へ来ないかというお誘いをいただいた。何でも千年の森という場所で、間伐などの作業を手伝うということだった。昨年、四谷千枚田で米作りをした以来一年ぶりとなる。店から車で一時間ほどで足助を通過し、それからは深い山道を延々と走ること一時間、ようやくその方との待ち合わせ場所に到着して北へと向かった。途中、名倉という町中を通った時、日本でも有数な美味しいお米が取れる場所だと教えていただいた。周りは山に囲われ、その湧き水でお米を作っているというから合点がいった。そこからさらに20分、険しいな山道を進んだ段戸山辺りにその森はあった。この一帯はブナの原生林など樹齢200年超えの巨木が残る貴重な森だそうだ。そこでお会いさせていただいたのが加藤ご夫妻。このご夫妻は測量設計士の顔以外に、地域のボランティアガイドとして段戸裏谷原生林(きららの森)、津具地区の面ノ木園地などを案内したり、「奥三河の自然と歴史にふれあう会」の会員として自然保護活動に尽力されている方で、お二人だけで20年かけて針葉樹の山を切り開き、ブナの植樹をするなど大切な森が次世代を超えて千年続くように願いを込めて作られたのがこの千年の森だった。最近では、近隣の小学生に、加藤さん自ら、そこに自生しているブナからどんぐりを拾って育てた苗木を卒業記念植樹として山の至る所に植える活動もしているという。まだ小さい植樹された木に目をやると、一本一本に、卒業生の名前が掛けられていた。一人一人をその木の所有者として登録してるため、勝手に本人以外が木を切ることができないそうだ。その子どもたちともに苗木が育つ。きっと自然や環境に関心を持つ心が芽生えていくにちがいない。
 ダムの標的となった町では、二度と戻らない自然環境とそこに生活する人達がいる。その一方で、自然と共生する活動は、ひっそりと、確実に行われていた。そんなご縁をいただいた設楽の明日を考える会の中沢さんに感謝するとともに、下流域に生活する私たち一人一人は、ただその恩恵を水道料金というお金で済ますのではなく、ダムによって犠牲になる人達や失われる多くの生物や環境のために何が出来るかを強く感じる一日になった。

参考記事 キラッと奥三河「「きららの森」大きくなーれ 加藤博俊さん

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続けること 52016.09.01

 今年に入って書き始めた「続けること」が、今回で5回目になる。新年早々長い年月休んでいた青汁作りを始めたことがきっかけとなって、思わぬ体験をした。それがこの連載に繋がっているが、今回でラストになるかと思う。すでに7ヶ月が経ち、毎朝の日課となったその青汁が、体に微妙な変化を与えていることを自覚し始めた。そのことを書き残しておきたい。
 最近ようやく朝夕に秋の風を感じるようになって、寝苦しさに夜中に目を覚ますこともなくなった。年々暑さが体に響くようになって、ここ数年は夏嫌いが固定化していた。その理由として、毎日の日課である温冷浴が、その温度差がなくなり効果が薄い。かと言って、やらなければ熱が体内にこもって夜中の寝苦しさに繋がるためにほとんどその解消のためにやっている程度で、本来の効果である血液のアルカリと酸性のバランスを保つこと、それが難しい季節のためだ。そして仕事中ほとんどエアコンにあたっているために疲れやすい。もう一つは、夏になるとよく毛が抜ける。このまま無くなるのではないかというほど頭を洗うと側溝に毛がたまる。今年もそんな夏の嫌悪感を思い出しながら、すでに秋を迎えつつある。
 今年の初夏は、涼しい日が多くて過ごしやすかった。7月中旬でも、例年ほどの暑さではなかった気がする。湿気がなかったせいだろう。それが下旬頃から一転して、湿度が高いうっとおしい夜が連日続いた。昨年までだったら、熱帯夜の時くらいエアコンを使っていたが、今年は使っても一時間程度と扇風機を低速で数時間回すだけで我慢ができた。我慢というか、確かに寝苦しさはあったが、これまでほど苦にはならなかった。実際に計っていないが自分の体温は、昨年より低くなっている気がする。青汁の効果の一つが体温を下げることにある。体温が下がれば病気やウイルスに感染しやすいじゃないか。それは効果じゃなく、逆効果じゃないかという声が聞こえてきそうだが、この逆説は体験しているものでないと分からないかもしれない。
 体温が高くなることで、体にとって良いことも多々あるはずだが、欠点としては、その高い体温を維持するために、エネルギーが必要になる。しかも水分とビタミンCは高温下では多量に使われることだ。そのため、それらを補給する必要も欠かせなくなる。エネルギー効率から見ると、決して体温を高くすることが健康に繋がるとは思えない。高くなる一方でそれを維持する面も見過ごせないのではないだろうか。かと言って逆に体温が低すぎるのは、それなりの原因があるため確かに問題だ。結論として、自分自身の体温が、自分の健康にとって相応しい体温かどうかということを見つけ出すことではないだろうか。平熱、脈拍、血圧、これらが十把一絡上げで他人様の平均と同じであること自体がおかしい。一人ひとりがそれらの環境や食べ物などの志向が違うのだから人と違って当たり前のはず。意外と世間が当たり前と思っていることが、当たり前でないことの方が多いと思う。
 夏場に入って自分の体温を意識しだしたのは、普段なら下着だけで寝ることが多かったのが、寝間着を着ることが当たり前になった。エアコンの冷気が気になる。体が冷えることに敏感になった。これらのことは、ともすれば体調が悪いからだと思われがちだが、体の異変に気づくということが、健康を維持することに一番必要だと思う。
 夏になると気になる抜け毛は、昨年と比べ物にならないくらいほど少なくなった。猫毛が幾分太くなったような気すらする。一方、冷えが原因で、土用の日を境に2週間程度、夏風邪を引いた。一週間はほぼ一食で過ごしたため、一週間で体重は3kg程度落ちた。食べなくても体調は軽い。アルコールや珈琲などの嗜好品もうけつけなかったから相当なデトックスになった。日頃、ついつい食べ過ぎたり飲み過ぎたりして内蔵は弱り勝ちになる。そんなことを年4回ある土用の習慣は、私たちに足るを知ることを気づかせてくれるんです。ということをスタッフから諭されて、ひたすら自分を戒め、反省しつつ、青汁一杯の効用を書きとめておきたい。

サクラダコミンカ in ブラウンズフィールド2016.08.01

  クラウドファンディング(不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す)で、「本気で遊ぶ仲間募集!素敵な古民家を、中島デコ、エバレットブラウンと一緒に創りませんか!?」というメール通知が届いたのが今から3年ほど前のこと。また何かはじまるのかと興味を持って読み進めると、あのサスティナブル(持続可能であるさま)なブラウンズフィールドに危機が訪れていた。その内容は、お隣のおばあちゃんが高齢のために、都内のご家族の元に行くことになった。そのおばあちゃんの家が、なんと築200年、2000坪という広大な敷地だったため、大きな資材用倉庫を建て、その後、たくさんある木々を伐採し、その古民家を取り壊し、整地し建て売り住宅を建てる目的で不動産屋兼土建屋が買い取ったという。
 デコさんが営むブラウンズフィールド周辺は、昔ながらの里山が残る美しい景観が広がっている。もし開発など始まれば、守り続けてきた持続可能な生活さえ脅かされてしまうことになっただろう。「なんとか資金を集めて、昔ながらの美しい日本の景観を守りたい。でも、ただ守っていくだけでは面白くありませんし、活用してこそ古民家も輝くはず。本気で遊ぶ仲間募集!素敵な古民家を、中島デコ、エバレットブラウンと一緒に創りませんか!?」というデコさんのメッセージに居ても立ってもいられなくなり、そのプロジェクトの仲間になりたくて手を揚げた。
 限りある期間に目標額を達成され、無事契約を交わして、その古民家が守られたとのメッセージを受け取ったのは10ヶ月後のこと。大きな安堵とともに、重い荷物にもなる古民家の買い取りに、人事ながら不安も感じていた。そんな気持ちを払拭してくれたのが昨年の9月、いよいよ古民家修復が始まるということで、土壁作りのイベントに参加した。それがまたスゴイ。昔ながらの工法で、竹を割って、竹小舞を編み、その上に、前もって崩しておいた古民家の壁の土を練りなおして、塗っていくというもの。まさに本気で遊んで古民家を修復していくというデコさん流。しかも参加している人達を見て、いかにブラウンズフィールドが愛されているかを実感した。
 先月末、古民家オープニングパーティーのお誘いを受けて車を走らせた。自分たちが関わった土壁は綺麗に形つくられていた。その上に更に漆喰を塗っていくという。それだけでも3年近くかかるとのこと。やってもやっても終りが見えないからサグラダファミリアならず、サクラダコミンカと自ら命名したデコさん。一連の流れの中に身をおかせていただいたことで、生きる力強さというものを肌で感じた。
 生きるっていうことは、大切なモノを守り続けていくことなんだろう。大変だからといってやめることは簡単かもしれない。しかし連綿と続いてきたものをやめてしまえば、後世に一体何が残るのだろうか。ブラウンズフィールドは、常にその挑戦者なのかもしれない。
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